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【追悼 イビチャ・オシム】 日本を愛し愛された元日本代表監督が遺した言葉

■進歩とは何か


〝つねに野心的であるのはいい。しかし、野心が大きすぎるのは良くないことだ。病気になってしまう。
 すべての分野で最高である必要はない。
 あなた方はすでに進んでいるではないか。
 日本人は日本人でしかないこともまた、自覚すべきだ。
 ものごとは別の方面からも見るべきで、そのときに日本人であることは決してコンプレックスにはならない。
 日本人には日本人の特質があるのだから。〟


■日本人は病気にかかっている

 人生が進化していくように、サッカーもまた進化していく。
 毎日が異なるし、それぞれの瞬間が異なる。ひとつとして試合は同じではない。
 だから、毎日一歩ずつ先に進めると信じるために少しオプティミストになる必要がある。日常生活では実際にそうしているのだから、サッカーでも同じことができるはずだ。サッカーは、科学ではなく人間の生活に属していて、同時に日々進化していく。

 日本はサッカーにとても多くを投資している。指導者や選手に対して、またスポーツという分野全体に対して。それで進歩がなかったら本当に残念だ。あまりそうは思われてはいないが、日本は本当に多くを投資している。
 日本は国が膨大なサポートを行い、それが進歩を促進している。
 選手の流出は問題だが、日本人は今やヨーロッパのどこにもいるし、それぞれの国でそれぞれが力を発揮している。しかも一人ひとりが才能に溢れ、野心的でアグレッシブだ。彼らは他人から学び、進歩を好む。それはとても大きな資質だ。

 あなた方は世界の大国のひとつだ。だからあまり多くを望み過ぎてはいけない。
 つねに野心的であるのはいいが、野心が大きすぎるのも良くないことだ。病気になってしまう。
 またすべての分野で最高である必要はない。
 政治や経済などの分野で……。何かひとつ良ければそれでいい。あなた方はすでに進んでいるではないか。すべての面で優れていたら、あまりに完璧すぎて後を追うのは難しい。
 サッカーはもちろんバスケットボールでもあなた方は完璧を求める。どうすればアメリカに勝てるのか。2m を超す選手がいないときに。2m を超す選手を見いだすこと自体がすでに奇跡だというのに。

 あなた方は病気にかかっている。
 バスケットボールでアメリカに勝とうと本気になっているからだ。野球ではすでに何度かアメリカを破った。だがそれで満足する気はあなた方にはない。しばしばそれ以上を求める。だがそこはもっと冷静になるべきだ。あなた方自身の人生を、より良く生きるために。

■コンプレックスを解放しなければならない

 もうひとつの日本の病気はコンプレックスだ。
 他人のほうが自分たちよりも優れている。
 他人のほうが自分たちよりもずっと多くを投資している。
 最高級と言える選手が何人かいる。
 自分たちにはそんな選手はいない。
 だから彼らは自分たちよりも優れている。
 そう思い込む。これこそがコンプレックスで、自分自身をこのコンプレックスから解放しなければならない。

 ワールドカップ(2014年ブラジル大会)にしてもそうで、あなた方は大会が始まる前から敗北を話題にしている。
 どうして敗北なのか?
 大会に出場すること自体が勝利だ。まずそれを祝うべきで、ものごとを正しい場所に置かねばならない。
 大事なのは予選を突破することか、それとも何かを成し遂げることなのか。最初は対戦相手が誰になるかもわからない。そして実際に対戦した後で、もっといろいろなことができたと理解する。いつもそうだ。試合の後になって、ようやくこうやるべきだったと気付く。
 それこそが治さねばならないコンプレックスだ。

 リスクを冒すのが若さの特権だが、日本はそうではなかった。大会前のいくつかの試合では、彼らはそれができることを示したにもかかわらず、本大会ではそうではなかった。
 どうしてできなかったのか。それこそが、日本が突きつめていくべき課題だ。
 もちろん次の予選を突破すればまた機会を得られる。しかし突破はそう簡単ではない。これだけの機会を得たことがどれほど大きなチャンスであったかを、誰も選手に説明しなかった。だからこそ何かを成すべきであることを。そのためにどうすればいいかを。

 彼らはすでに人々に優れた印象を与えていた。機動性に富み、高い技術を持つアグレッシブなそのプレースタイルで。何人かの選手たちは、世界中の注目を浴びてもおかしくはなかった。対戦相手もあなた方に大きな敬意を払っていたように見えた。
 距離を置いて客観的に見たときに、あらゆることが可能だった。対戦相手が自分たちよりも優れていたわけではなかった。
 しかしすべてがもう遅い。
 やるべきことをやらずに、日本は終わりを迎えてしまった。これは一生悔やまれることかも知れない。ブラジル大会に参加した日本の選手すべてにとって。

 何かを成し遂げるまたとないチャンスだった。日本のサッカーを変え、良くしていくための絶好の機会だった。日本は時間をかけてあるレベルまで到達したのに、さらなる一歩を踏み出せずにそこから後退した。君らは踏み出そうとさえしなかった。それが悲しい。 
 試合に負けたことが悲劇でもカタストロフィでもない。悲劇的なのは、チャレンジしなかったことだ。あえて試みなかったことだ。

■1、2歩であっても後ろであることに変わりはない

 日本人は日本人でしかない。そのこと自体はプラスでもマイナスでもない。ものごとはさまざまな方面から見るべきで、そのときに日本人であることは決してコンプレックスにはならない。日本人には日本人の特質がある。むやみなアメリカ化には歯止めをかけるべきだ。
「スターマニア」(特定の個人を過度に持ち上げ、評価し話題にすること。最大の問題は、日本人自身が自分たちがスターマニアであることに気付いていないことだ)もそうで、自分たちのことをもっと考えるべきだ。自分に自信を持つ。そうしないと、つねに誰かの少し後を追いかけることになる。たとえ1、2歩に過ぎなくとも、後ろであるのは変わりない。

 紙の上で模倣しても意味はない。日本は多くを作り出し、それを他の人々が利用してきた。今度は日本人が自分たちのために何かをすべきだ。
 自分自身の考えを生かす。他人の考えではなく、あなた方日本人の考え方・アイディアだ。そこから完璧にしていくことで、何かに到達できるだろう。他に頼らない、日本独自のやり方だ。
 そして少し先のことをつねに考えておく。われわれは明日があることを忘れがちだが、明日は必ずやって来る。今日、これから数時間かけて、明日になるまで議論ができるが、そこにはまた明日がある。

 働くことそれ自体は日本では何ら問題ではない。
 問題は本物のアイディアを持った人間を、然るべき立場に就けて働かせることだ。新しいアイディアを持った人間を。少しずつ進化していくために。
 決して急いてはならない。
 何かに優れている人間は、すぐに潰されてしまう。それが世界のモードでもある。素晴らしい何かを見せた人間は、即座に叩かれて退けられる。

 

■余地がある以上それを利用することを試みるべきだ

 私はグローバリズムには反対ではないが、追求していくのは難しい。ひとつの国が、世界のあらゆる国の後を追うのは大変であるからだ。さまざまなことを創造しなければならないし、追いつくために膨大な努力を強いられる。生活はつねに進化し続けているし、技術も進化している。
 私は日本を称賛する。日本はヨーロッパのようにサッカーを発展させたばかりではない。日本にはまだまだ進化の余地がある。努力する余地がある。それがなければ新しい何かを見いだすのは難しいが……。その余地がある以上、誰かがそれをうまく利用することを試みるべきだ。その余地を、まったく新しい何かで埋める。興味深い何かで。

 先日、私はある医者と話をした。彼が言うには、医学の中でまだまだ未知の領域であるのが頭脳だそうだ。余地とはつまりは頭脳のようなものだ。その余地において、人は何かを成し遂げうる。誰かがそれを実現したとすれば、それは世界的な奇跡だ。
 私は言いたい。
 あなた方が問題にし、私に問うている日本の停滞は、存在しないと私は思っている。

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