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Scene.20 世紀末を駆け抜けろ!

高円寺文庫センター物語⑳

年末の高円寺は、いささか寂しくなる。

「本屋さん。クニに帰る途中、列車で読む文庫を買いに寄りました」

本を選んでいる間に、コーヒーを入れてあげて。来年も、よろしくね! と、見送った景色もいまは昔・・・・。

野村克也の「生涯一捕手」じゃないけれど、「店長であることはレジの最前線に居ること」はなかなかできなくなった。レジ前線はバイトくんに任せてデスクワークという、野球選手でもプレイを退いてコーチに転身などと直面する管理職的悲哀。

明らかに帰省客だけど、クールに文庫を買って立ち去って行く。刻々と、容赦なく時代は変わる。

「入荷もないし、版元さんも来ないだろうからさ。休憩時間はゆっくり本を読んでくるから、頼むよな」

今年は内山くん、金もなくて佐世保に帰れんっていうのでシフトが助かった。

「よかよ、版元さんも来んじゃろね」

さっさと歩いて、中央線の高架下ミスドを過ぎればアーケードがあるPAL商店街。成り立っているのかな、という煎餅屋を気にしつつ緩やかな坂を下って行く。この辺りは、深夜になると明日への夢を紡ぐストリート・ミュージシャンが歌っている。

つい先日、撮影したものです。外観も内装もママさんも当時と変わらず、ここだけは時が止まったようでした

たまに出会うのが、高円寺のおヤクザさん。3・4人、いつも横一列にニコニコと歩いてくる。かかわりもなく、やり過ごせば右に曲がって長仙寺が右手に見えてくる。と、左手に隠れるように佇んでいる風情の喫茶店がネルケン。

神保町時代に行きつけの喫茶店、ラドリオ・ミロンガ・きゃんどるを上まわる愉悦が「ネルケン」にはあった。

女優の岸田今日子を想わせるママさんの存在が、立ち居振る舞いを通して異空間へと誘ってくれる。

テレビドラマ『傷だらけの天使』で、主役の萩原健一に向けた岸田今日子の印象的な台詞「修ちゃん!」が甦る夢想も含めて、珈琲と煙草と読書に耽溺するひと時。

高円寺の行動範囲には、自然がない・・・・蚊に刺されるということもあったが、ささやかながらドアを覆う草木が極私的空間と時間をもたらしてくれた。

静寂を嗜みたい店であるが故に、お連れした版元さんは数えるほどだった。

 

アタマの中には、Carole Kingの「So Far Way」が流れる。

Scene.20 世紀末を駆け抜けろ!

 

本屋仲間と、珍しく評価の合った作家の話をしていた。久々の酒を酌み交わせば、文学談義。本の話が、酒の肴。

お互いにヘソがまがっているので気が合ったが、文学に関しては世に出きっていない作家を見つけて先んじて披露してやろうと思っていた節もある。

「大塚銀悦、だよ!」

「そうだ、初の単行本だな『濁世』」

「出版した文春も、偉い! 売れているのか?」

「やっぱり、売れない!」

本屋仲間は、おなじ中央線でも大手書店の新刊担当というエース。こちらが『散歩の達人』で紹介されて500冊突破と喜んでいれば、2万・3万と桁違い。

それでもボクが書泉時代に、すべてのジャンルを担当したことを尊重してくれていた。旧来の書店人意識に潜む、文芸・人文書偏重。実用書・雑誌・文庫などを軽視する風潮を快く思っていなかった意識も分かち合えていた。

「平積み、していてもか?」

「文学賞、三島賞、芥川賞。すべて候補作じゃだめか」

「そりゃぁ~高校中退、再度入り直しての高卒。土木作業員や販売員って、ルンペンプロレタリアートだろ。

芥川賞選考委員の石原慎太郎なんて、ボロクソに言ってたって言うじゃないか」

「湘南のお坊ちゃまくんが『川向うが、こっちに来たらなにも書けない』とか、言っていたそうじゃないの」

「車谷長吉を引き合いに出してさ、物語があるかないかだってよ!」

「車谷は作家になりたくて、なりたくて。物語を巧緻に計算して書いているだろ」

「そうよ、大塚銀悦はパンク! ロック! 書かずにいられない溢れ出る天賦の才があるんだよ、な!」

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のがわ かずお

1951年 東京生まれ。書泉を経て、高円寺文庫センター店長。その後、出版社のアートン・ゴマブックス・亜紀書房顧問。本屋B&B、西日本出版社などにかかわる。 温泉とプラモデルと映画を、こよなく愛する妖怪マニア。共著『現代子育て考5.男の子育て』(現代書館)、『独断批評』(第三書館)。


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