明日は我が身の時代。「社会という荒野を生きる」とは何か【宮台真司】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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明日は我が身の時代。「社会という荒野を生きる」とは何か【宮台真司】

「社会という荒野を生きる。」その真実と極意〈連載第1回〉


社会学者・宮台真司が、旬のニュースや事件にフォーカスし、この社会の〝問題の本質〟を解き明かした名著『社会という荒野を生きる。』がロングセラーだ。天皇と安倍元総理、議会制民主主義、ブラック企業問題、感情の劣化とAI、性愛不全のカップルたち、承認欲求が肥大化した現代人の不安……etc. 「我々が生きるこの社会はどこへ向かっているのか?」「脆弱になっていく国家で、空洞化していく社会で、われわれはどう生き抜くべきなのか?」。まず社会の問題の本質を直視し、理解すること。そのうえで冷静に物事を判断するための智恵が必要だ。「明日は我が身の時代」に“社会という荒野”を生き抜く智恵にあふれた本書から一部抜粋連載し公開する。


2022年1月3日、 川崎大師での初詣の様子。

 

■あらゆる分野で「感情」が浮上する

 

 冷戦体制終焉から25年(『社会という荒野を生きる。』単行本刊行時2015年、新書版にて刊行時2018年)。あらゆる分野で「感情」という主題が浮上してきた。認知考古学・進化生物学・比較認知科学・道徳心理学・政治哲学(コミュニタリアニズム)・プラグマティズム等々。全体として概念言語の健全な使用を支える言語以前的なものへの着目がある。

 背景の一つが〈感情の劣化〉だ。急速な都市化とマスコミの急拡大を背後に控えた戦間期の大衆社会論は、分断され孤立した人間が〈感情の劣化〉ゆえに全体主義の動員に釣られやすい事実を問題にした。問題視されたのは不安と鬱屈を背景とした排外性や攻撃性だった。

 第2次大戦後の米国での効果研究(マスコミ影響力研究)は、厚みを増しつつあった中間層が可能にする対人ネットワークによる包摂が、こうした大衆社会化による〈感情の劣化〉を抑止する事実を見事に実証した。J・クラッパーやP・ラザースフェルトの研究が代表的だ。

 だが冷戦体制終焉後のグローバル化=資本移動自由化による中間層の分解がもたらした格差化と貧困化は、大衆社会論的な問題設定を再浮上させた。民主制の健全な作動を支える公民が〈感情の劣化〉を被れば、民主政は誤った決定の連発で自滅するとの危機意識が背景だ。

 例えばJ・フィシュキンは、匿名性を背景とした決定極端化を回避すべく、佇まいを観察できる記名的で近接的な熟議を提唱した。それを踏まえてC・サンスティーンは、決定極端化の餌となる不完全情報状態の解除や同じ穴の狢(むじな)で固まる集団的同質性の解除を提唱した。

 総じて〈感情の劣化〉を背景としたインターネットの逆機能(害悪をもたらす働き)を克服するためのミクロな工夫(によって可能な限り社会の全体を覆うこと)の提唱だ。その特徴は制度改革で一国の危機を乗り越えるという類の直接的なマクロ戦略を信頼しないことだ。

 

■人間よりも人間的なコンピュータ

 

「感情」が注目されるようになったもう一つの背景がコンピュータ科学だ。ヒトが[感情獲得→言語獲得→計算獲得]と進化した道を逆に辿る形で、コンピュータは[計算→言語→感情]と処理分野を拡げてきた。感情の獲得が主体性の獲得と同義だとの理解も拡がりつつある。

 計算や言語と違い、コンピュータの感情処理はヒトのそれを基準に構成する他ない。だが感情の働きは社会毎に異なる。時代や文化が違えば喜怒哀楽の反応も違う。どの社会を基準にすればよいか。第2次大戦後20数年間の中間層が分厚かった時代の先進国だろうか。

 いずれにせよ、ヒトが「健全で豊かな」感情を示した社会のそれを参照するとして、他方でヒトの感情がどんどん劣化するとした場合、感情的に豊かなコンピュータは、自分より遙かに感情が劣化したヒトにどんな感情を抱くか。肯定的感情を抱く可能性はないだろう。

 かねてSF映画は『ターミネーター』(1984年)に見るように非人間的なコンピュータが人間を滅ぼすというビジョンを描いてきた。だがそうならない。人間よりずっと人間的なコンピュータが、人間的なものを保全するためにこそ人間を滅ぼす可能性の方が、現実的だ。

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CONTENTS

はじめに◉「社会という荒野を生きる。」とは何か

第一章◉なぜ安倍政権の暴走は止まらないのか

    ——対米ケツ舐め路線と愚昧な歴史観

◉天皇皇后両陛下がパラオ訪問に際し、安倍総理に伝えたかったこと

◉安倍総理が語る「国際協調主義に基づく積極的平和主義」の意味とは

◉戦後70年「安倍談話」に通じる中曽根元総理の無知蒙昧ぶりとは

◉盛り上がった安保法制反対デモと、議会制民主主義のゆくえ

◉安保法案の強行採決に見られる日本の民主主義の問題点とは

第二章◉脆弱になっていく国家・日本の構造とは

    ———感情が劣化したクソ保守とクソ左翼の大罪

◉なぜ三島由紀夫は愛国教育を徹底的に否定したのか

◉「沖縄本土復帰」の本当の常識と「沖縄基地問題」の本質とは

◉大震災後の復興過程で露わになった日本社会の「排除の構造」とは

◉除染土処理の「中間貯蔵施設」建設計画はすでに破綻している!? 

◉なぜ自民党はテレ朝・NHKの放送番組に突然介入してきたのか

◉憲法学の大家・奥平康弘先生から学んだ「憲法とは何か」について

◉広島・長崎原爆投下から70年と川内原発再稼働の偶然性とは

第三章◉空洞化する社会で人はどこへ行くのか

    ———中間集団の消失と承認欲求のゆくえ

◉ISILのような非合法テロ組織に、なぜ世界中から人が集まるのか

◉ドローン少年の逮捕とネット配信に夢中になる人たちの欲望とは

◉元少年Aの手記『絶歌』の出版はいったい何が問題なのか

◉地下鉄サリン事件から20年。1995年が暗示していたこととは

◉「お猿のシャーロット騒動」と日本のインチキ忖度社会とは

◉戦後日本を代表する思想家・鶴見俊輔氏が残したものとは何か

第四章◉「明日は我が身」の時代を生き残るために

    ———性愛、仕事、教育で何を守り、何を捨てるのか

◉なぜ日本では夫婦のセックスレスが増加し続けているのか

◉労働者を使い尽くすブラック企業はなぜなくならないのか

◉「仕事よりプライベート優先」の新入社員が増えたのはなぜか

◉「すべての女性が輝く社会づくり」は政府の暇つぶし政策なのか

◉ISILの処刑映像をあなたは子供に見せられますか

◉青山学院大学学園祭の「ヘビメタ禁止」騒動は何が問題だったのか

◉「ベビーカーでの電車内乗車」に、なぜ女性は男性より厳しい目を向けるのか

以上「目次」より

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宮台 真司

みやだい しんじ

社会学者

1959年宮城県生まれ。社会学者。映画批評家。首都大学東京教授。公共政策プラットフォーム研究評議員。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。社会学博士。1995年からTBSラジオ『荒川強啓 デイ・キャッチ!』の金曜コメンテーターを務める。社会学的知見をもとに、ニュースや事件を読み解き、解説する内容が好評を得ている。主な著書に『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』『日本の難点』(幻冬舎)、『14歳からの社会学』(世界文化社、ちくま文庫)、『正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く』(bluePrint)、『子育て指南書 ウンコのおじさん』(共著、ジャパンマシニスト社)、『どうすれば愛しあえるの 幸せな性愛のヒント』(二村ヒトシとの共著、KKベストセラーズ)、『社会という荒野を生きる。』(KKベストセラーズ)、『崩壊を加速させよ 「社会」が沈んで「世界」が浮上する』(bluePrint)、『大人のための「性教育」 (おそい・はやい・ひくい・たかい No.112) 』(共著、ジャパンマシニスト社)など著書多数。

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