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日本でもイスラーム世界の理解が深かった時代【中田考×内田樹対談:質疑応答編】

中村哲医師

■故・中村哲医師はどう評価されているか

 

質問者3:中田先生の『タリバン復権の真実』第Ⅱ部に、彼らの政治理念が要約されています。「クルアーンとスンナに依拠した体制」ということですが、私の認識からすると、そうなると「徴税もしないだろう」と思いますが、その場合、当然インフラ面で弱いですよね。タリバンは今後その辺りの問題をどう対処していくのでしょうか?

 またアフガニスタンには、トルコからは民間のお金が入ってきていると聞きますが、トルコからのお金が入ってくる理由はなんでしょうか?

 

中田:徴税に関してお答えしますと、アフガニスタンは基本的に農業国です。そして農業に関しては「ザカー」があります。「ザカー」はイスラーム版の「喜捨」であると訳されていますけれども、実際はイスラーム教徒に対する税金になります。天水農業で灌漑農業で税率が異なり、灌漑しなくていい天水農業のほうが税率10%と高く、灌漑した場合は5%が税金になります。商売の場合にもザカートとして2.5%の税金を徴収できます。

 また、今現在アフガニスタン政府のものになっている公共財はタリバンが管理権を持ち、その利用からもお金を取れます。それらの収入でなんとかやってはいけるはずです。

 また、トルコからのお金が入っている話ですが、実はトルコとアフガニスタンは関係が深いのです。20世紀の初め、イラン、トルコそしてアフガニスタンなどで西洋から独立するために近代化が進みましたが、当時近代化を進めたアフガニスタンの王様のアマーヌッラー・ハーンは、ケマル・アタテュルクが建国したトルコ共和国をモデルにしていました。ですからオスマン帝国が潰れた後もアフガニスタンとトルコは仲が良く、お互い親近感をもった国同士です。

 これはパキスタンも同様で、実は法学上も、この3国はハナフィー法学派に属するという共通点があります。そういう意味でパキスタンとアフガニスタンとトルコは人的な交流がずっとあり、お金を入れるモチベーションがあるんです。それに、講演でも話しましたが、言葉が通じることもあり、元々アフガニスタンにはトルコ系ウズベク人が10%弱います。

 トルコから一番お金を入れているのは、実は数年前にクーデターを試みたため現在トルコではテロリストグループとして禁止されているフェトゥッラージュです。この団体は、トルコ語を広める目的で、日本を含めて世界中に学校を作り、トルコ語教育と近代教育の両方を行っています。実はそこからのお金がアフガニスタンにたくさん入っています。

 

質問者3:ペシャワール会でパキスタンおよびアフガニスタンで活躍された故・中村哲医師について、どう評価されているでしょうか。

 

中田:まず一般に、アフガニスタン全体としては中村医師へのすごく評価は高く、アフガニスタンの文化勲章に相当するものをもらっていらっしゃいます。タリバンはどうかというと、中村先生自身がいろいろと書いていますけれども、講演でもお話しした通り、元々タリバンはローカルには日本ならお寺の和尚さんのような感じに地元の民衆とごく普通に付き合っている人たちですから、そういうローカルなタリバンとはペシャワール会の人々は普通に付き合いがあったようです。

 中村先生の殺害にはパキスタンおよびタリバンが関わっていると言われており、本当のところは分かりません。私がペシャワール会の関係者から聞いたところでは、地域の水利権が理由だったのではとのことですが、これが本当かどうか私も分かりません。

 タリバンは、殺害への関与は最初からはっきりと否定していますけれども、今回権力を握る前は中村先生については決してポジティブな評価も、ネガティブな評価もしていませんでした。

 しかし最近になってタリバンのスポークスマンが公式に「中村先生は我々にとってすごく役に立つ人だった」と言っています。政治的な配慮があるのかもしれませんが、現在では「中村先生のように我々の文化を尊重してくれて、協力してくれる人間は歓迎する」と明言しているのです。

 私も中村先生に対してはその通りの評価をしています。アフガニスタンには水がありません。中村先生は医者ですが、病気を治すより前に、水がないことには人々が飢えて死んでしまうということで、井戸掘り・灌漑事業を主にやっていました。

 ところがアメリカ人の場合、ボランティアとしてやって来ると全然違います。アメリカ人たちは、外国に行くとまず最初にやることは、アメリカにいるときと同じ生活環境を整えることです。それでアフガニスタンに来るといきなりプールを作ったらしいんです。水がないから飲み水がないし食べる物がない、という状況と場所にもかかわらず、アメリカ人は「ボランティア」で来ているのに、真っ先に自分たちのプールを作る。地元社会から嫌われるのも当然です。

 それに対して中村先生たちは、まずはモスクが必要なのでモスクを作るところから始める、井戸が必要なので井戸を作るところから始める。そういうことをやってくださったんです。そういうことをやってくれる人は、地方の人間たちにも普通に溶け込みますよね。その辺りは日本の地方の感覚とも非常に近いと思います。

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中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

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