◼️甦る記憶と母親になった運命

皆でレントゲン写真を眺め、整形外科の先生から丁寧な説明を受ける。
やはり、骨はちゃんとある。
まるで生姜のような形の手も、長靴を履いているかのような足も、中には骨がしっかりとあった。
しかし、皮膚によって正しく成長出来ず、変形を起こしていた。

「とりあえず様子を見ていきましょう」

「もっと大きくなったら、手術して治す方法もある」

「でも、陽くんの場合は、大人になっても必ずしも手術できるとは限らない」とのことだった。

そして、リハビリ施設に通うことを進められ、
その施設名を見て、驚きと同時に古い記憶が甦ってきた。

そこは学生時代、実習でお世話になった施設
リハビリとは違う科への実習だったが、何度もリハビリ室の前を通っていた。
何度も見ていた。
何人もの頑張る子どもたち、そばで見守るお母さん、厳しくも優しい先生、

そしてたくさんの母親の表情を見てきた。

まだ学生で、自分が母親になることなんて、考えてもいなかった私は「大変そうやな〜」と思いながら、すれ違いざまに挨拶を交わす程度だった。

まさか私自身が、
その頃に見ていた親子のように、あの施設に通うことになるとは、思ってもみなかった。
これも何かの運命だろうか。

積極的でもなく、消極的でもなく、
大勢いる実習生の中の一人、ごくごく平均並みの実習生だった私。
でも子どもたちの頑張る姿は、今でもしっかりと覚えていた。
そして傍(かたわら)に寄り添う、母親の表情も覚えていた。
頑張った我が子を、涙ながらに誉めていた姿を・・・。
神様は、当時、他人事として捉え、挨拶を交わすことしかできなかった私に、学びが足りないと言いたいのか。

いや、違う。
神様は、
陽は、
まだまだ私に、
たくさんのことを学ばせてくれるんだね。

ありがとう。

そう思うと、少し楽になれる気がした。

『産まれてすぐピエロと呼ばれた息子』より)