特別養護老人ホームに入った認知症の父の介護で何が見えてきたのか? 『親の介護をしないとダメですか?』の著者、コラムニスト吉田潮さんがこれまでの母との介護記録を総括した。
 今の時点で見えてきたもの———時代の変化に変われない慣習と自分エゴと向き合う葛藤でもあった。では、どうすれば良いのか?
 今回は来るべき自分の老後をテーマに潮さん、父や母の世代とは異なる老後サバイバルの提言をしていきます。

◆父はどんな思いでホームにいるのだろう

 父の認知症の症状は実にまろやかというか、なだらかなほうである。
 私の友人・知人に聞くと、親の徘徊(はいかい)がひどくて、頻繁に警察から呼び出された人もいる。四六時中暴言を浴びせられて精神的に参ってしまった人もいる。父は「拒む」「暴れる」などの問題行動よりも、「無気力」「諦める」の度合いが非常に強かった(少なくとも私の前では)。紙パンツもすんなり受け入れたし、介護サービスも喜々として受けていた。ホームに入る際も、暴れたり叫んだりという行動はなかった。入所後、愚痴をねちねちと母にぶつけ続けてはいるけれど、認知症患者としては実に御しやすいほうだったと思う。そこは幸運だった。
 父と向き合っていて、いつも思う。

 父はどんな思いでここにいるのだろうか、と。

 毎日、身に覚えがないことの連続で、自宅に帰りたいと思っていても、家族は笑ってごまかすだけ。毎日、新聞を読みたくても読めない。
 甘いものを食べたくても、出された食事以外は何もない。
 買い物もできないし、外にも出られない。
 60代のつもりなのに、年寄り扱いされたり、赤ちゃん扱いされたりして不愉快だ。テレビをつけても自分の好みの番組に合わせることができない。

 なーんもやることがない。

◆自分の老後「我が身は」自分で守る!

 こうやってここで死んでいくのかなぁ。いやだなぁ……。

 なーんて、父の立場になって考えると、暗澹(あんたん)たる気持ちになる。私もいつかこうなるんだなぁと考えたりもする。夫には「もし私がボケたら、家を売って適当な施設に放り込んでくれ」と伝えてあるし、逆に夫がそうなったら「即、施設に入れるからよろしく」と脅してもいる。ボケてウンコ垂れ流す前に、病気でポックリ、なんて夢のまた夢だ。

 年金で乗り切れるのは、おそらく父が最後の世代だ。
 これからは支給開始年齢も間違いなく上がるだろうし、老人福祉に力を入れるはずもない。私の世代は80歳にならないと年金がもらえないかもしれないし、そもそも年金のシステムも破綻しそうである。未来を背負う子供にすら夢も希望も与えないのが、この国の政治家なのだから。
 そう思うと、自分の身は自分で守るしかない。
 貯蓄と資産運用、そして死ぬまで働き続けられる仕事を見つけることだ。介護が必要になったときに、年金に頼らなくともなんとかなるシステムを今から構築しておこうと思った。

 父のおかげで、四十半ばにして自分の老後を考えるようになった。子供がいなくてよかったと改めて思った。老親と夫と自分のことだけを考えられるのは、どれだけ気が楽か。こういう境遇になるべくしてなったのだと思った。
『親の介護をしないとダメですか?』より構成)