親孝行ゆえの悲劇、永遠に奪われた若い命〜なぜ20代で建物の下敷きになる「窒息死」が多発したのか〜【阪神・淡路大震災25年目の真実❹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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親孝行ゆえの悲劇、永遠に奪われた若い命〜なぜ20代で建物の下敷きになる「窒息死」が多発したのか〜【阪神・淡路大震災25年目の真実❹】

あなたと愛する人の命を守るためのメッセージ④

◆翌日の朝に瓦礫の中から……

 Mさんと連絡がつかないまま時間が過ぎるなか、Mさんの父(取材時82歳)が大阪からアパートに向かうことを決断した。交通が寸断されていたため途中からは歩いて行く覚悟だった。結局、6時間歩いてたどり着いたのは地震翌日の朝、Mさんの住んでいた木造アパートは1階部分が2階部分に押しつぶされるように倒壊していた。周囲にはスコップやジャッキを手に救助活動に走り回る近所の人かいたが、Mさんの父は「もうそのアパートは誰もいないはず」と聞かされた。救助や捜索活動が終わって誰もいなかったのならと、いったんはほかを捜しに行こうとしたMさんの父だが、直感がありアパートに引き返した。
 そして懸命に1階の狭い隙間に詰まった瓦礫を手でかき分けた。数十分後、Mさんがよく着ていたトレーナーのすそが見えた。
  近所に住むアパートの持ち主の力も借り、Mさんの体を運び出したのはさらに数時間後。遺体はアパートの脇の路上に安置された。
 Mさんの父は、すでに冷たくなっていたMさんの手や足に持っていたカイロを当て、手でさすりなから一昼夜を側で過ごした。付近では、瓦礫の下でまだ生きている人がいないか一刻も早く助けだそうと地域の人たちが懸命に駆け回っていた。
 Mさんの遺体が、大阪の実家に帰宅したのは地震発生から3日後のことだった。

◆アパートの1階を選んだ理由­­——親孝行の悲劇

 Mさんの母には、20年以上経っても消えない思いがある。
 Mさんが神戸大学に入学した時、一緒に部屋探しをしたのはMさんの母本人だった。最初は家から通えばいいのにと勧めたが、それでも一人暮らしをしたいというMさんに対し、マンションはどうかとMさんの母は提案した。Mさんは「アパートで、しかも安い1階の部屋でいいよ」と笑顔で応えた。
「法学部ってやっぱり読む本がたくさんあるんですよね。だから、本をいっぱい置くから 1階の方がいいんだって、息子はそういうことを言ってました」
 仲のよかったMさんの姉にはこうも語っていた。
「私にはまた親とは違うような面を見せてくれてました。“お姉ちゃん、俺はもっともっと本を読んで自分の中で肥やしにしないといけない”とか、“1週間に必す何冊は読んで”とか、そういう課題を自分に課していました。自立しなきゃという気持ちを強く持っていました」
  家から通うのではなく一人暮らしにこだわった理由も、Mさんの姉は聞かされていた。
「僕はお母さんのもとにいたら、愛情をたくさん受け過ぎて一人前になれないからって言ってました。それで、あえて離れて住みたいんだと。でも、それは自分のわがままだから、親にはとにかく負担をかけたくないんだと話していました」
 結局Mさんが選んだのは、大学のキャンパスからは遠いが、家賃が手頃だった8畳間に 台所がついた木造アパートだった。その後アパートの家主とも親しくなったMさんは、そこで亡くなるまで4年間を過ごした。 アパートの家主だったSさん(取材時90歳)と、Mさんの父、母のご夫婦は交流を続けていたのである。
 毎年、大学の慰霊祭や、歌手として活躍するMさんの姉のコンサートなどで顔を合わせているが、取材当時、家主のSさんから思いがけない話を聞かされた。 Mさんは最初、アパートの別の部屋に入る予定だったのが、入居直前に家賃がさらに手頃な1階の部屋に変更したというのだ。1階の部屋の住人が急に引っ越すことになったことを知ったMさんが、少しても安い方がいいとその空いた部屋を希望したという。Sさんもこれまで忘れていたが、昔のアパートの古い書類を整理しているうちに思い出したという。Mさんの父、母にとっては初めて知る事実だった。
 Mさんの母は「もっと親不孝で、ぜいたくしてくれる子なら助かったのかもね」と呟いた。

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震度7 何が生死を分けたのか
NHKスペシャル取材班

 

都市直下地震で人はどのように命は奪われるのか

第42回放送文化基金奨励賞受賞
大反響となった「NHKスペシャル」待望の書籍化!
本書では、新たに追加取材を行い、番組で放送できなかった内容までフォロー
来るべき都市直下地震を見すえ
今、命を守るために何をすべきなのか
その対策を、提示します。
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「本当にこんなものが残っていたとは……」(本文より)

阪神・淡路大震災 21年目に初めて明らかにされた
当日亡くなられた5036人の「死体検案書」のデータ。
死因、死亡時刻を詳細に記したデータが物語る「意外な」事実。
一人ひとりがどのように死に至ったのか。
「震災死」の実態をNHKの最新技術(データビジュアライゼーション)で
完全「可視化」(巻頭カラー口絵8P)
震災死の経過を「3つの時間帯」で検証した。
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【3つの時間帯とその「意外な事実」】
21年間「埋もれていた」5036人の死因、死亡時刻を詳細に記した検案書データ。
そこには地震発生から「3つの時間」経過とともに
犠牲者の実像、その「意外な事実」が明らかにされた。
1 地震発生直後:当日亡くなられた76%(=3842人死亡)の死因
なぜ、圧死(即死)はわずか8%だったのか!
2 地震発生1時間後以降:85人の命を奪った「謎の火災」の原因
なぜ、92件の火災が遅れて発生したのか!
3 地震発生5時間後以降:助けを待った477人が死亡した理由
なぜ、救助隊は交通渋滞に阻まれたのか!

本書はこの「3つの時間帯」で起こった意外な事実を科学的に検証。
浮き上がった「命を守るための課題」と「救えた命」の可能性を探るとともに
首都直下地震など、次の大地震に向けた対策を提示する。

【目次】

カラー口絵 序 章 5036人の死 そこには救えた命があった
第1章 命を奪う「窒息死」の真相 自身発生直後
第2章 ある大学生の死 繰り返される悲劇・進まない耐震化
コラム1 被害のないマンションでも死者が 現代への警告
第3章 時間差火災の脅威 地震発生から1時間後以降
第4章 データが解き明かす通電火災21年目の真実
第5章 通電火災に備えよ
コラム2 〝命の記録〟を見つめる 新たな分析手法と防災
第6章 渋滞に奪われた命 地震発生から5時間後以降
第7章 いまだ進まない根本的対策

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  • NHKスペシャル取材班
  • 2016.10.26