年間262安打の大リーグ新記録、10年連続200安打達成…。イチローの偉大なキャリアは、日々、自分なりの「最善」を尽くすという強い信念で支えられていた。数々の言葉から、人生を切り開くヒントを読み解く。(児玉光雄 著『イチロー流「最善主義」で夢を叶える』より)

■「天才はなぜヒットを打てたか説明できない。僕は、きちんと説明できる。だから天才じゃない」

(天才についての自分なりの考えに触れて)

 血の滲むような鍛練があったからこそ、ヒットを説明できる。イチローはこの言葉でそう言いたいわけである。『究極の鍛練』を著したジャーナリストであるジョフ・コルヴァンはその著書の中でこう記している。

「究極の鍛練は苦しくつらい。しかし効果がある。究極の鍛練を積めば、パフォーマンスが高まり、死ぬほど繰り返せば偉業につながる」

 イチローの天才の定義とは、「鍛練することなく、突然周囲の人間を驚かせるようなことをやってのける人間」のことをいう。「少なくとも自分はその範疇にはない」と、彼は考えていたはず。ときにはピッチャーの投げたワンバウンドのボールも、イチローはいとも簡単にヒットにした。それも全部説明できる。「鍛練の裏付けがあるから、自分はすべて説明できる」と、イチローは言いたかったわけである。

 いくら才能に恵まれていても、肝心の鍛練を怠れば才能はすぐにさびついてしまう。だから、才能を磨く作業を片時たりとも怠ってはならない。

 鍛練とは、ただヒットを量産するために不可欠な作業であるだけでなく、自分を納得させるために存在するのだ。そう考えることにより、私たちは血の滲むような努力も進んで行うことができるようになる。