■戦局の転換点をもたらした殊勲の傑作機
「ダグラスSBDドーントレス」

胴体下面に1000ポンド爆弾を懸吊して作戦行動中のダグラスSBDドーントレス。同時期の99式艦上爆撃機やJu87シュツーカとは違って引込脚を備えたおかげで、本機は両機種とは異なり、単に急降下爆撃能力だけでなく優れた空戦能力まで獲得することができた。

 今日のようにその命中率が100%に近いスマート爆弾や、ましてや空対地誘導ミサイルなど存在しなかった第二次大戦において、もっとも命中精度が高い地上攻撃方法は、急降下爆撃であった。これは、爆弾を搭載した航空機が狙いを付けながら急降下して目標に迫り、低高度で爆弾を投下するというものである。

 この戦技は、のちにドイツ空軍のユンカースJu87シュトゥーカ急降下爆撃機の活躍で一躍有名になったが、実はその起源はアメリカにあった。1920年代中盤頃、同国海兵隊航空隊がデ・ハヴィランドDH-4Bに小型爆弾を搭載し、これを急降下しながら投下したのが最初だったという。

 以降、アメリカは1928年にカーチスF8C戦闘機、1931年に世界初の艦上急降下爆撃機のマーチンBMシリーズ、1935年にグレート・レイクスTG-1とヴォートSBU-1と、次々に複葉の艦上急降下爆撃機を就役させ、1937年に最後の複葉艦上急降下爆撃機としてカーチスSBCヘルダイヴァーが就役。同年末には単葉のヴォートSB2Uヴィンディケーターが登場し、アメリカ艦上急降下爆撃機は単葉機時代に突入した。

 当時、ノースロップが試作中だったが、同社が財政不振に陥ったためダグラスが引き継ぎ、前社時代の名称のXBTからSBDへと改称した単葉艦上急降下爆撃機が1940年4月に登場した。ドーントレス(「恐れ知らず、不曉不屈」の意)という愛称を付けられた本機は、急降下爆撃機に不可欠の堅牢な機体構造を備えており、そのおかげで、太平洋戦争が始まると損傷に強い頑丈な機体として高い評価を得た。

 ドーントレスは、同時期の日本の99式艦上爆撃機(太平洋戦争初期に大活躍した凡作『99式艦上爆撃機』:2019年12月04日配信)に比べて約倍もの爆弾搭載量を備えており、急降下爆撃時の装甲貫徹に有利な1000ポンド(454kg)爆弾が積めた。

 しかも爆弾を積まない「空荷」の状態なら、ドーントレスの長所の軽快な運動性がフルに発揮できたため、当時のアメリカの主力艦上戦闘機のブリュースターF2AバッファローやグラマンF4Fワイルドキャットにも劣らない空戦性能を示した。現実に、本機は太平洋戦争中に97式艦上攻撃機、99式艦上爆撃機、1式陸攻、各種水上機などを120機以上も撃墜した実績が認められている。

 パールハーバーの大敗北以来、連戦連敗だったアメリカが攻勢に転じるきっかけとなった1942年6月のミッドウェー海戦で、日本海軍が誇る空母4隻を沈めたのは、実はこのドーントレスであった。太平洋を朱に染めた死闘において、アメリカの勝利に常に貢献してきた本機こそ、「殊勲の傑作機」と呼ぶに相応しい名機といえよう。