「美女ジャケ」とは演奏者や歌っている歌手とはまったく無関係な美人モデルをジャケットにしたレコードのこと。1950年代のアメリカでは良質な美女ジャケに溢れており、ギリギリセーフなエロ表現で“ジャケ買い”ユーザーを魅了していたという。このたび『Venus on Vinyl 美女ジャケの誘惑』を上梓したデザイナー・長澤均が、魅惑の美女ジャケについて独自の考察を語る。

■箒にまたがる美男美女。でも微妙すぎる箒の角度って、後ろの男子のアレでしょう!

「MIDNIGHT FOR TWO」

 美女ジャケ収集というのは、性格の悪い美女と深みにハマって堕ちていく恋愛と似たところがある。

 古くはアベ・プレヴォーの『マノン・レスコー』なんていうファム・ファタール(男を破滅させる「運命の女」)ものの小説があった。これはアンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督が『情婦マノン』(1948)という凄絶な映画にした。

 そのリメイクのような『恋のマノン』(1968)は、カトリーヌ・ドヌーヴ主演でファッションがとてもお洒落だった。

 こういうファム・ファタールものが好きだから美女ジャケなんぞにハマるのだ、とときどき思うことがある。

 『マノン・レスコー』以上に好きなのが、フランス世紀末の耽美派作家、ピエール・ルイスの『女と人形』。もう、美女に恋して地獄の底まで堕ちてゆくような話。どんなに酷い目にあわされても執着してヨリを戻すのだから、男というのは哀れなものだ。

 だいたいにして美女ジャケを収集する女性なんて聞いたことがない。「美男ジャケ」などといわれるものも存在しない。男は執着するが、女はしないのだ。

 

 そんな堕ちる話で始めたが、今回は天空に上(のぼ)るジャケの話。勝手に名付けているところの「浮遊ジャケ」というやつだ。

 スリー・サンズの「MIDNIGHT FOR TWO」は、夜空を箒にまたがって飛ぶ恋人同士のジャケがとてもセンス良い。1957年リリースだから有名な人気TVシリーズ『奥様は魔女』(1964年放映開始)よりも前につくられたものだ。

 では、箒に乗る魔女、いや美女というのは、テーマとしてけっこうあったのだろうか? 最高の美女、ヴェロニカ・レイク主演の映画『奥様は魔女』が1942年につくられていた。ロマンティック・コメディの秀作、いや秀作どころか映画的にも大傑作で、戦火でハリウッドに逃れたフランスのルネ・クレール監督がアメリカの清教徒文化を笑い飛ばしまくっている。

 このあたりがアメリカでの「箒に乗った美女」の視覚化の最初かもしれない。

 で、TVシリーズの『奥様は魔女』はというと「最も典型的なアメリカ娘」がじつは魔女で、と始まる。魔女が箒で空を飛ぶアニメのオープニングとともに。

 夫も典型的、結婚も典型的、となんども「Typical」というナレーションが被さり、ああ、サバービア(郊外)の中流層の典型って、こんな感じね、とうなずかされるドラマだ。

 そんなふたつの魔女もの映像の、中間の時期に位置するスリー・サンズのジャケの二人は、とてもティピカルなアメリカの恋人同士に見えてくる。

 でも、アメリカの50年代の「典型」が最もヤバいものを内包してきたことは、この連載で何度も触れてきたことだ。

 箒が性的なメタファーとなっているのは、中世の魔女狩りの頃からの話。そんな箒ジャケの向こうでは、ハーモニカとギターを主体にしたご機嫌な(ちょっとスペースエイジ風な)ラウンジ・ミュージックが奏でられるが、このジャケは男性が後ろにいるというのが、じつはかなり危うい。

 だって、美女を貫く箒の角度って、これ、もろに勃起した男根でしょう? 

 それに彼は本気で彼女の背中を見て腰に腕を回している。男ならこの姿勢この感じ、ピンとくるに決まっている!

 というわけで、のどかでロマンティックに聴こえるスリー・サンズだが、じつはどのアルバムもみんな危うい。

 連載第1回目で、彼らの2枚のアルバムを紹介しているが、1950年代半ばというのにどちらもエロいネグリジェ・ジャケ。ところが聴くとスリー・サンズの音楽は、午後の昼寝にぴったりのような明るさとのんびり感。

 どうにもねじれている。そのねじれこそ、サバービアの典型的な中流家庭が抱えていた問題なのだ。

 トッド・ヘインズの『エデンの彼方に』(2002)なんて、まさに50年代の典型的なサバービアの中流家庭に潜んでいた倒錯性をテーマにした映画だった。ご覧あれ。

 一見、ロマンティック。でも深層にエロが潜んでいそうな、この男女の箒またがりジャケの危うさにレコード会社も気づいたのか、スリー・サンズの次の浮遊ものジャケットは女性がひとり、空飛ぶ絨毯に乗って夜の大都会を浮遊するものとなった。男は排除! というわかりやすさ。

「ON A MAGiC CARPET…」

 この1960年リリースの「ON A MAGiC CARPET…」は、別の意味でサバービアの風景を象徴していた。

 当時の郊外生活者の「典型」は、ホワイトカラーの物わかりの好い夫……。専業主婦で二児を育てる妻……。妻は夫を立てて何でも従うが、でも財布の紐は握っていて実際にはサバービアの倦怠から抜け出したがっている……。

 そんな心情をもろに出してしまったのが「ON A MAGiC CARPET…」だった。

 いや、これは独身女性の一人旅、という風な解釈もあるだろうが、当時のアメリカの実相を考えると、トランクに荷物を詰めて自由になりたかった人妻なのだ。だから空飛ぶ絨毯なのだ。

 独身女性は街を闊歩すれば、それだけでマジックが起きることでしょう。

 次のスリー・サンズの浮遊ものは、翌1961年にリリースされた「DANCING ON A CLoUD」。こういうのを見るとムード・ミュージックには、浮遊ジャケがたくさんあったと思う人も多いかもしれないが、じつのところいたって少ない。

「DANCING ON A CLoUD」

 スリー・サンズになぜ多かったのかも不明だが、ともあれ浮遊もの3作目は、なんとなく独身女性に戻った感じ。一番軽やかであることも彼女の独身性を示唆している気がする。

 57年の箒ジャケはサバービアのカップルの「夢」であり、「夢のカップル」でもあった。60年の魔法の絨毯は、そんなサバービアの夢が崩壊し、人妻が空飛ぶ絨毯で逃避する。そして61年の雲で踊る女性は、サバービアの倦怠をリセットし、再び男性優位の夢を描いた、そんな感じだ。

 スリー・サンズの3作品は短いリリース期間のなかで、アメリカの「典型的」生活の変化を如実に表出してしまったのだ!