■美女を複数登場させ「オレは女が好きだ!」とド直球なタイトルで主張

 ところで、ここまでのジャケット、どれも多人数ということは、その背後に「男が女性を選ぶ」という視線が潜んでいたことに気づいただろうか? この連載では、50年代アメリカの保守的な風土についてたびたび触れてきたが、この多人数美女ジャケもそんな保守的な風土の産物といえなくはない。

 もっともそれを言ったら美女ジャケという存在そのものが、男尊女卑的なものと批判することも可能なのだろうが、そこを非難しても人生はそう愉しくはない。過ぎ去った美のファンタジーなのだから。

 でも正直なところ、この「男が女性を選ぶ」的な視線は、現代的な感覚からはそう居心地の良いものではない。ビリー・メイの「The Girls and Boys on Broadway」は、ビリー・メイさんが美女に囲まれてウハウハ状態だが、なんで、こんなオッサンがそんなモテルワケ? というやっかみも入らないではない。

「The Girls and Boys on Broadway」

 ブロードウェイの女優が休憩時にスタジオ前の焼き栗売り屋を見つけて買いにきたという設定なのだろう。でも、やっかみ気分は右のふたりの青年の表情がよく表している。ミュージシャンて、ほんとうにモテたがり出たがりが多いのは、いままで筆者もCDジャケットのデザインをしてきて、くさるほど感じてきたことだ。

 パンツ・スタイルの美女ジャケが多いジョナ・ジョーンズの「I DIG CHICKS!」は、4人の女性がクレーンに乗ってDig=掘るとかけている設定だが、タイトルの意味は「ヒヨコを掘る!」ではなく、「オレは女が好きだ!」というスラング。

「I DIG CHICKS!」

 もう身も蓋もないタイトルなのだが、ジョナ・ジョーンズは黒人ミュージシャンである。しかも自身の美女ジャケはどれも白人モデル。しかもふたり、4人と複数モデルなのだから、黒人が白人女に復讐するといったようなニュアンスを感じないわけにはいかない。どれもこれも公民権運動が盛り上がる前の時期、「Black is Beautiful」なんて覚醒的なスローガンもまだ、登場してない時期のものだ。

 

 いやはや「男が女性を選ぶ」目線を探っていくと、ブ男や抑圧された人種/階級のルサンチマンにいき着きそうで、どうにも居心地が良くない。

 では、居心地が良いのは? たとえばジョー・ブシュキンの「A FELLOW NEEDS A GIRL」。これまたピアニストのブシュキンが美女に囲まれてウハウハ状態だが、美女たちが並大抵ではない。スージー・パーカー、サニー・ハーネットなど、当時のファッション界のスーパーモデルたちだから、これはもうたんなる夢であってお伽噺なのだ。ブシュキンはスーパーな美女に囲まれて、内心の緊張を隠せないようで、とても「選ぶ」なんて状態ではない。可愛いね。

「A FELLOW NEEDS A GIRL」
「's marvelous」

 いや、もっと女性を主役にしてしまったアルバムがあるではないか。レイ・コニフの「's marvelous」はひとりの女性を囲む、彼の楽団の男性たち。美女ジャケにもこんなありようがあったのだ。

 彼のアルバムでは他にも「's wonderfull」、「'S AWFUL NICE」が、美女ひとりに複数の男性という構成の写真だ。レイ・コニフは50年代後半からかなりモダンなコーラスを取り入れていたが、ジャケもモダン・テイストの優れたものが多い。そして、この「女が男性を選ぶ」的な視点は、60年代から台頭するウーマン・パワーを先取りしていたように思う。こんな視点もまたモダニズムの産物なのだ。

 複数の美女、男性に囲まれた美女のジャケットを見ていると案外、ひとりの美女単体ジャケというのが、芸がないようにも思えてくる。

 美女ジャケとは、たんにそこにモデル女性がいれば良いというものではなく、もっと時代感覚やデザイン感覚が研ぎ澄まされて表れたものが、真の美女ジャケなのである。