連載1回目の記事に多くのコメントをいただいたが、そこから教員の長時間労働に対する現場の不満の大きさが改めて伝わってきた。
 臨時国会で給特法の見直しが議題にあがっているのも、それを政府としても無視できないところまできているからに他ならない。
 この連載でも、もちろん、教員の長時間労働問題は大きなテーマとして扱っていく。どこに問題があり、どう改めなければならないかを探るためにも、もう少しだけ、時間をさかのぼる作業を続けてみたい。

|教員の待遇に関する法律とは

 1948年までさかのぼる。この年の3月に、「政府職員の俸給等に関する法律」が施行されている。この法律について、文部省初等中等教育局内教員給与研究会編著による『教育職員の給与特別措置法解説』(第一法規、1971年)は、「勤務時間差に応ずる俸給という、勤労の対価としての俸給の概念を確立したものといわれている」と解説している。勤務時間の長さによって給料が決まることになったのだ。これによって、公立学校の教員の給与も「勤務時間」によって決められることになる。

 法律は、1週間の拘束時間を3つに分類し、それによって給与の割り増しに格差をつけるとしている。その分類は次の3つである。

(1) 41時間以上、44時間未満
(2) 44時間以上、48時間未満
(3) 48時間以上

 教員は(3)に分類されて最高の割り増しを受けることになり、一般公務員よりも約1割高い給与が支給されることになった。一般公務員よりも優遇されるべき、という教員の地位が法律的に認められたといえる。
 ただし、その優位性と同時に、条件もつけられている。それは、「超過勤務手当は、教員には支給しない(宿直、日直手当は除く)」というものだ。この時点で、「教員の残業代なし」が決められたともいえる。

 一般労働者や公務員一般職と同じように教員にも労働基準法(労基法)が適用されるが、労基法に従えば支払いが必然となる残業代は支払われない、「おかしな状況」にされてしまったといえる。さらに注目すべきは、先ほどの拘束時間の分類で「48時間以上」とされて「以上」がついたことによって、「働かせ放題」のレールも敷かれてしまっている。現在の給特法による「定額働かせ放題」の原形が、1948年につくられていたことになるのだ。

 ところが、労基法が適用される教員に対して残業代が支払われない「おかしな状況」を、当時の文部省も、さすがに放っておけなかったのかもしれない。翌年の1949年2月5日には、「教員の勤務時間について」という学校長宛の「文部事務次官通達」がだされている。

 その通達では、まず「勤務時間1週48時間の割振について」として、「学校全体を一律に定めることを要せず、教員個人についてこれを定めること」とある。学校にいる時間で一律にしばるのではなく、校外で仕事をした時間もふくめて1週間の勤務時間は48時間に収めるように促している。1948年の法律では、「48時間以上」としていたのを、「48時間」と「以上」を取り払っていることも注目点だ。