「美女ジャケ」とは演奏者や歌っている歌手とはまったく無関係な美人モデルをジャケットにしたレコードのこと。1950年代のアメリカでは良質な美女ジャケに溢れており、ギリギリセーフなエロ表現で“ジャケ買い”ユーザーを魅了していたという。このたび『Venus on Vinyl 美女ジャケの誘惑』を上梓したデザイナー・長澤均が、魅惑の美女ジャケについて独自の考察を語る。

■どの美女ジャケも左手で髪をかき上げているではないか!

「alone with you」

 この連載のタイトルからして「美女ジャケ」などというジャンルがさもありそうだが、じつはそんなジャンルはない。ジャズのレコードでアーティスト写真ではなく、美人モデルをジャケにしたものが密かに人気があり、そんなレコードを「美女ジャケ」とジャズ・ファンが呼んでいたことから、なんとなく一ジャンルとしてありそうに一部で定着した言葉だと思う。

 美女ジャケの多かったムード・ミュージックやイージーリスニングはレコ屋でもヤフオクでも、ずいぶん減ってしまったが、2000年前後くらいには安く出回っていたし、ヤフオクでも「美女ジャケ」と検索用語を入れるとけっこう引っかかった。

 この原稿を書いている時点で、ヤフオクのレコード出品で「美女ジャケ」と入れて検索すると300件あまり。一時期の1/3くらいの感じだ。1950年代の良質な美女ジャケはそのまた1/3以下。しかもけっこうな値段のものも多い。

 誰が買うんだろう? と思えば、実際のところ売れてないのだ!

 でも、かつての美女ジャケ相場を経験した業者は、売れなくても価格を下げられない。だって、それだけの価値があった(ハズ)なのだから。なので筆者はほとんどヤフオクで買ったことはない。そもそもレコ屋の「匂い」が好きなビニール・ジャンキーだから、「匂い」もかがず、レコ屋での「邂逅の喜び」ものなくネットで入手しても面白みはないのだ。

 

 レコ屋での美女の思い出はたくさんある。冒頭のアーヴ・オートン・オーケストラの「alone with you」をみつけたときにはかなり興奮した。淡いエメラルド・グリーンの背景に唇を半開きにしてこちらをみつめる美女。だが、美女は高かった!

 下北沢のdisk unionで3800円。買えない……。でも、美女のことが忘れられない。そういうときは通いつめるのだ。これは恋愛と同じなのだから、いつか美女もこちらの想いに応えてくれるかもしれない。

 そして、そんな日が来た。なんと半額セールの箱に。いやはや愛の成就とはこんなもの。

「Muisic for Memories」

 数年後、そっくりのポーズを取ったポール・ウェストンの「Muisic for Memories」を発見。こちらは衣装やバックが淡いピンクで統一されてロマンティックで限りなく美しい。

 その後、今度はマントバーニ・オーケストラの「Candlelight」を入手。あぁ、もうこのポーズにもさして感興を得ず。

 でも、これはイタリア出身のマントバーニにふさわしく、ライティングや荘厳さがカトリシズム美学を想起させた。元ネタを辿れば、イタリア・バロック期の巨匠ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの有名な彫刻「福者ルドヴィカ・アルベルトーニ」 をパクッたものだ。

 美女ジャケとはまったく関係ないが、参考までにその彫刻作品の写真を付けておきます。唇の開き具合から右手の位置までじつによく似ている。いや、似すぎだ! 

 ちなみにベルニーニの彫刻が表現しているのは「宗教的法悦」。宗教的な喜びは性的な喜びと真逆なようだが、じつは近いものであることをこの彫刻はよく表現している。

「Candlelight」

 

「福者ルドヴィカ・アルベルトーニ」

 それにしても3枚ともポーズがそっくり。いわゆる「科(しな)をつくる」という仕草の典型だろう。なぜか男性は、女性が片手で髪をかき上げたり、そこに手を回す仕草にエロティシズムを感じる。

 ここでふと気づく。どのジャケットもかき上げる手は左手ではないか! と。またもどうでもいいことなのだが、気になりだすと深みにハマる。

 右利きだとしたら右手のほうが、とか思うのは(筆者もまた)浅はか。筆者がバブル期につきあったワンレン(ワンレングスの髪型のバブル期短縮用語。だいたいワンレン・ボディコンとセット表現された)美女と出会ったとき、しきりに左手で髪をかき上げていたことを思い出す。そう、その仕草で恋に落ちたのだ。男は単純だ。

 さて、そういう自分も髪をいじるときは左手が多いではないか! となると科をつくるだけのこととは言えなくなってくる。

 なぜ、左手のほうが、というと髪の毛は文化史的に女性性や魔性の表徴であったが、一方で不浄のものでもあったからだ。髪がすべて毒蛇のメドゥーサは、ギリシャ神話に登場する怪物だから、髪に対して人間のもつ恐怖感の歴史は古い。

 しかもほんの少し前まで人間は、不潔だった。19世紀末までヨーロッパの人々はろくに風呂に入りもしなかったし、髪の毛など滅多に洗わなかった。ドイツはまだ風呂に入る頻度が高いほう。フランスなど極端に風呂に入らない、というか一般家庭には風呂がなかった。

 歴史家アラン・コルバンの『匂いの歴史』とか、キャスリン・アシェンバーグの『不潔の歴史』がそのあたりの詳細を書いている。

 まったくの余談になるが、元ビートルズのリンゴ・スターは1940年生まれだが、家に風呂もシャワーもなかった。どうしてたか、というと労働者階級にはそういう家庭が多かったので、イギリスでは公衆シャワーが各所に設置され、そこで身体を洗ったのだ。のちに成功したリンゴが最も喜んだのはバスタブを持てたことだろうと推測する。

 まぁ、こういう話で全部を説明できるわけでもないが、不浄でもあり、実際に不潔でもあった髪に対し、多くの人の利き手である右手ではなく、左手で接触する習慣がつくられたというのは、そう間違っていなさそうだ。