『戦艦大和』は造船技術者たちの“頭脳”と“情熱”の結晶だった |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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『戦艦大和』は造船技術者たちの“頭脳”と“情熱”の結晶だった

戦艦大和 リアル「アルキメデス」の証言 ─戦艦「大和」船体への情熱─

■船は先ず造るものがそれを愛す

 いよいよ建艦が本決りとなって、艦政本部の各部で建設用の図面を引くようになったのは、昭和11(1936)年7月だった。

 このとき中村良三艦政本部長の発した告示の後文を読むと、当時私たちが如何にA140-F5の建艦に尽瘁(じんすい)したかが分かる。

「──要は学理を経とし、経験を緯とし、艦政本部各部渾然一体となりて計画に当り、最優秀の独創斬新なる計画を樹立し、以て世界に冠絶するの主力艦を完成するに在るのみ。難は即ち難なりといえども、この大業を托せられたる我等一同は、一期の面目、一代の会心事として、粉骨砕身至誠事に従い、必成を期して報効の実を挙げざるべけんや」

 いまや、「A140-F5」というのは艦政本部内の合言葉になった。

 人に会えば、挙手の礼を下す手ももどかしく「A140-F5が……」と話を始めるありさまである。
 私たちはA140-F5がこれから生れ出て果す任務に限りない期待を寄せていた。そのため、普通の船ならどこかに些細な弱点を蔵しているものであるが、この船だけはおよそ将来遭遇するだろうあらゆる事態を顧慮して、細部の設計をした。不沈という言葉をただの形容詞に終らせないように、百尺の竿頭を一歩ならず数歩進めたのである。

 たとえば、機関や弾火薬庫の防備には400ミリの鉄甲で蔽いめぐらし、完全に近い防御壁を作ることになった。後に20本を越す魚雷攻撃を受けただけでは、最後まで火薬庫が爆発しなかった事実を、英国の新鋭艦「プリンス・オブ・ウェールズ」が、わずか数本の魚雷攻撃で爆沈した事実と引き較べてみることは興味深い。

戦艦のバルジ形状比較。第一號艦(大和)以外は就役後追加されたバルジで、水中防御だけでなく近代化改装で増加した重量を補い、復原力を強化する目的もあった。魚雷攻撃への浸水防御の機能があり、大和のバルジは、強力で不沈艦となるべく設計者の期待も大きかった。

 船自身の安定性能も極めて高く、「60度以上傾斜してもすぐ元に戻る復原性能の計算」が出来ていた。一体に船体の耐え得る以上の装備を船に強いると、頭でっかちになって転覆する可能性がある。現にA140-F5の設計が起される前、日本でも水雷艇友鶴が演習中に転覆した経験を持っている。それゆえ今度の場合特に慎重に重心が下に行くように装備の設計をしたのである。

 よく人は戦争中、「技術が軍の奴隷になった」という。しかし、もし我々が軍令部の要求通りの船を請負大工根性で建造したら、果して大和のような機械的に調和のとれた船が出来たであろうか。極端に言うなら頭でっかちの船になったかもしれないのである。

 船は、誰よりも先ず造るものが、それを愛する。

 私たちが情熱を傾けたのは必ずしも軍の繁栄ばかりではなく、船そのものの完き生命だったのである。
 A140-F5の将来を脅かすであろうものが航空機だろうということも、考えてはいた。
 この上からの攻撃に対しては、心臓部甲板をすべて200ミリの甲鉄で防備し、とくに煙突の煙道には「蜂の巣甲板」という、甲鉄に蜂の巣のように穴のあいたものを用いた。これによって、煙突から爆弾が機関室に直下して、被害を受ける稀有の場合にも備えたわけである。
 この蜂の巣甲鉄は日本独特のもので、アメリカの新鋭艦にもこのような完全な心遣いはしてなかったと、開戦前ニューヨークにいた松本喜太郎技術少佐は述べている。

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『戦艦大和建造秘録 【完全復刻改訂版】』
原 勝洋 (著)

 

世界に誇るべき日本の最高傑作

戦艦「大和」の全貌が「設計図」から「轟沈」まで今、ここによみがえる! 「米国国立公文書館II」より入手した青焼き軍極秘文書、圧巻の350ページ! さらに1945年4月7日「沖縄特攻」戦闘時[未公開]写真収録!

2020年「大和」轟沈75周年記念。昭和の帝国海軍アルキメデスたちが見落とした想定外の[欠陥]を、令和を生きる読者自身の目で確かめよ! 物言わぬ図面とのみ取り組む技術者にも青春はある。

私の青春は、太平洋戦争の末期に、戦艦「大和」「武蔵」がその持てる力を発揮しないで、永遠に海の藻屑と消え去った時に、失われた。なぜなら、大和、武蔵こそ、私の生涯を賭した作品だったのである。(「大和」型戦艦の基本計画者・海軍技術中将 福田啓)

なぜ、時代の趨勢を読めずに戦艦「大和」は作られたのか?
なぜ、「大和」は活躍できなかったのか?
なぜ、「大和」は航空戦力を前に「無用の長物」扱いされたのか?

「大和」の魅力にとりつかれ、人生の大半を「大和」調査に費やした。編著者の原 勝洋氏が新たなデータを駆使し、こうした通俗的な「常識」で戦艦「大和」をとらえる思考パターンの「罠」から解き放つ。

それでも「大和」は世界一の巨大戦艦だった

その理由を「沖縄特攻」、米軍航空機の戦闘開始から轟沈までの「壮絶な2時間(12: 23〜14: 23)」の資料を新たに再検証。雷撃の箇所、数を新たなる「事実」として記載した。

「大和にかかわるのは止めろ、取り憑かれるぞ」

本書は、若かりし頃にそう言われた編著者が「人生をすり潰しながら」描いた戦艦「大和」の実像である。

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原勝洋

はらかつひろ

戦史研究家

1942年4月、静岡県生まれ。法政大学法学部卒業。

『高松宮日記』(中央公論社)の編集に関する調査に従事。

『文藝春秋』(昭和55年5月号)掲載の「暗号名ウルトラ 山本長官機を撃墜す」は、英訳され現在、米国国立公文書館Ⅱ所蔵の米軍極秘資料「Yamamoto shootdown」ファイルに収録されている。

『戦艦大和発見』辺見じゅんとの共著(ハルキ文庫)、『新装版・ドキュメント戦艦大和』吉田満との共著(文春文庫)の他、『零戦秘録』、『真相・カミカゼ特攻』、『暗号はこうして解読された』、『カラー写真で見る太平洋戦争』、『カラー写真で見る「原爆」秘録』、『真相・戦艦大和ノ最期』、『戦艦「大和」永遠なれ!』、『伝説の戦艦「大和」』(以上、KKベストセラーズ)などの編著がある。

 

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