「子育て」への感謝と親への愛情。その思いが募るのは当然。でも、理想は常に現実に追いつかない。「親への愛情」が自分の仕事、生活を犠牲にするならば、それは正しい選択なのか? 
 今40〜50代の「超高齢化時代の子供たち」にコラムニスト吉田潮さんが正解なき親の介護の問題に「考えるヒント」を提起する。

親の介護問題「タイムレース」の中の決断

 自分の親を見て「だいぶ老け込んだ、でもまだ大丈夫かな」、「親が介護状態になったらどうしよう」、「ちょっとボケ(認知症)」という段階の人にはぜひ読んでもらいたいと思い書いたのが『親の介護をしないとダメですか?』という本なのですが、皆さんにはその「大丈夫」という感覚が、いきなり「まずい」に変わるスピードの早さをまだ実感できないと思うのです。
 親の老いは、確実に来ます。特に「ボケ」の問題は、兆候が重なるも、突然来ます。
 今回、担当してくれた編集のお母さんも、認知症から徘徊癖を繰り返し、職場から身柄を保護された警察署に何度も何度も引き取りに行ったという経験があったそうです。心から自宅介護は「無理だ」と確信したそうです。それからはかなりのスピードで認知症が進み、デイケアなどを経て要介護認定を受け、それからここからが長く「待たされる」のですが、特養老人ホームへの入所を果たしたそうです。
 このように親の介護の選択は、認知症などの要介護を含めて極めて「時間」がものを言う決断をともないます。準備は早ければ、早いほど「良い」のです。親の老化のスピードは思ったよりも早く、タイムレースのような逆算的な思考が必要になるからです。
 では、私の場合はどうだったのか。父の老化への道(早さ)を紹介する。

父は新聞記者でした。それが・・・

 2019年、私の父は78歳になった。父は新聞記者として2001年に定年を迎えた後、5年間嘱託で働いた。
 超高齢社会の日本では「まだまだ若い」と思うかもしれないが、父はこの数年、猛スピードで老けていき、年齢不相応のボケっぷりを発揮した。
 現在は自分の足で立つのもおぼつかない。ヨチヨチどころかヨボヨボ。足腰が衰弱し、車椅子がなければ外出できない。排泄の失敗は日常茶飯事で、紙パンツからもダダ漏れる。しかし、残念なことに大病もなく、内臓はすこぶる元気で、よく食う。
  そんな父が老人ホームデビューすることになったのは、2018年の春だ。    もうそろそろ1年が経とうとしている。
  そこに至るまでに紆余曲折あったのだが、母の「介護疲労」が限界を超えたというのが最大の理由である。一応、娘としてはあの手この手で父の老化防止策を講じてきたつもりだ。
  正直に言う。
 「老化は誰にも止められない」と。
  酒もタバコも嗜まない父が、脅威のスピードで寝たきりまっしぐらになったのだから。アンチエイジングなんてウソっぱち!! と声を大にして叫びたい。
  この老化のスピードを見て欲しい(イラスト参照)。

子供にとって親の「介護」で大きな問題となるのはは認知症と向き合うことでもある(イラスト:地獄カレー)

2006年からの10年間でほぼほぼ認知症になったと言って良いと思う。

  父の生活から失われたのは以下の通りだ。

□メールが使えなくなる

□本や新聞の読書、旅行などの「文化」の消失

□足腰の劣化、弱体化

□排泄(糞尿)のコントロール

などである。

 

 


●いち早く「ためらわず」介護認定を!

 父の糞尿と日々奮闘していた母は、躊躇することなく相談に行き、介護認定を受けることになった。このステップになかなか踏み切れない人が多いと聞く。「うちはまだ大丈夫」「家族でなんとかする」と奥ゆかしい限りだ。でも、日常に支障を来したら、速攻相談するべきである。母は速攻相談した。そこはよかった。
  判定の結果は「要支援1」。もっとも軽いレベルだが、介護サービスを受けられるのだから、一歩前進である。2016年1月のことだった。
 ここが「介護の壁」と言っても良い「決断ポイント」である。
 母は、父の糞尿問題などをきっかけに在宅介護の限界を痛いほど感じていたはずだ。そんな母でもまだ「父への同情」が強かったのかもしれない。