そういう流れのなかで「非出生主義」という思想も注目されている。子供なんて持たなくていい、さらにいえば、その結果、人類が滅んだってかまわないという考え方で「痩せ姫――」の読者のなかにもそういう人はいる。拒食や過食嘔吐によって極端な痩身を目指し、種の存続を危うくしかねない自己実現について言及した部分に、彼女はこんな感想を寄せてくれたものだ。

「『出産=野蛮で汚い』って分かりすぎる。こんなことが普通に行われていて、多くの女性が望んでいるってことが正直信じられない」

 そこでふと、思い出したのが昔、取材したあるアイドルのことだ。80年代後半、スレンダー系の美少女として歌やドラマで活躍した伊藤智恵理。芸能人水泳大会では司会の田代まさしに「オリーブみたい」(米国の漫画「ポパイ」の超痩身ヒロインである)とからかわれたりしていた。そんな彼女は自分の将来について、アイドル誌でこんな話をしていたのだ。

「出産なんて、すごく痛そうだし、私には考えられない」

 それから20数年がたち、44歳になった彼女は「美魔女」として再注目された。「爆報!THEフライデー」ではアイドル時代にプレッシャーから拒食に陥ったことを告白したうえで、再デビューへの意気込みを語ったのだが、その体型はかつてと変わらない細さ。それはどこか、出産に向かない体型へのこだわりを持ち続けてきたことの反映にも思えた。

 とはいえ、彼女のような人は今どき珍しくはない。そもそも、美魔女しかり、海外のモデルや女優しかり、日本のキャバクラ嬢しかり、もてはやされるのは旧来の女性らしさとされてきた豊満さとは縁遠いスレンダー体型だ。その風潮への批判はあっても、価値観の逆転にはいたらず、一方、男性のほうでもたくましさのような古い美意識はすたれつつある。男女ともに中性化することをよしとしているのが、現代の多数的感覚なのである。

 それゆえ、中性的スタンスをとる有名人のなかにも、性の揺らぎと過激ダイエットの親和性を体現する人がいる。はるな愛は昔、食べ吐きで痩せたことがあると明かしたし、マツコ・デラックスもこんな発言をしていた。

「ホントにお勧めしないから、絶対やっちゃダメよ。あのね、吐いてたのよ。だから私、それのリバウンドでよけい太っちゃって、今に至るんですよ。ダイエットなんて、軽々しくやっちゃダメ!」(「人生が変わる1分間の深イイ話」日本テレビ)

 これにより、1年間で140キロから70キロに減らしたというから、さすがにスケールが違う。この人たちは心身の葛藤も、苛酷なものがあるのだろう。

 中性化、あるいは無性化を志向して過激ダイエットに走る場合、そこには過去や現在、未来の自分を否定する感覚が潜んでいたりする。それは「死にたい」とか「消えたい」といった衝動とも隣り合わせだ。かといって、それは容易に実現しないから、だったらいっそ、代わりに世界のほうが滅べばいいのにと妄想したりもする。拒食経験のある作家・倉橋由美子は同時期の別々のエッセイの末尾にこう記した。

「完全に消滅すること、これがわたしの最大の希望です」「人間の消滅を夢みるのはじつに愉しいものです」

 現代における痩せ願望には、こうした気分も潜在しているのである。人類を滅亡させるのは、核戦争ではなく、ダイエットかもしれない。