皆さんは、「お母さん」に手紙を出したことがありますか? 出すとしたら、どんなことを書きますか? 「母の日参り手紙コンクール」に寄せられた約3000通の中から、亡くなったお母さんに、今はもう伝えられない想いを綴った手紙を紹介します。認知症を患ったお母さんに冷たくした後悔、一度も会うことが無かったお母さんへの想い、母親代わりとなってくれた祖母への感謝……。手紙を読み進めるうちに、亡くなったお母さんへ、そして今はまだまだ元気なお母さんとの繋がりの大きさが、ジンワリ広がってきます。書籍『亡き母への手紙』(KKベストセラーズ)

【親戚の家で暮らす俺に、都会で働き仕送りしてくれた「おかん」】

 
紫雲山(しうんざん)さん
                                                          (男性・68 歳・大阪府)

 

おかん、俺も年寄りになったぞ。

三歳で両親を失った俺がこの歳まで生きられたのは、おかんのおかげや。

ほんまは祖母やけど、俺はずっと「おかん」って呼んでた。

 

おかんは都会で働いて、親戚の家にいる俺に仕送りしてくれたなあ。

年に一度、お土産をいっぱい持って帰って来るおかんを、

俺は村のバス停でいつも首を長くして待っとった。

夜は、おかんにくっついて眠れるのが嬉しかった。 離れて暮らすのは寂しかったんやで。

 

でも俺が大人になって、老いたおかんのオムツを替える時に

「すまんなあ」と泣いたけど、

俺はおかんにオムツを替えてもろたんや、当然やないか。

 

最後に俺が「おかん! 行くな〜!」って叫んだ声、聞こえたか?

ずっと二人だけやったからなあ。

残された俺は大声で泣いたぞ。

小さい頃、おかんが都会へ帰って行くのを見送った時のように。

 

そうそう、俺に孫ができたんやで。

だから、俺を呼ぶのはもうちょっとだけ待ってな。

そのうち、また一緒に暮らそうな。

 

第 1 回『母の日参り』手紙コンクール応募作品 より。年齢は応募当時のものです。

【「母の日参り」パートナーシップ】 (編)
(KKベストセラーズ)

戦後70余年にわたり、我が国の家庭文化に深く根を下ろした「母の日」。近年、GWから母の日(5月の第2日曜日)にかけてお墓参りを行い、亡き母を偲ぶとともに家族の絆を確認することが、中高年を中心に広がっています。「母の日参りパートナーシップ」は、 「母の日」が実は「亡き母を偲ぶ一人の女性の呼びかけで始まった」という由来を知り、長寿社会の今後にも色褪せることなく、人々の心に豊かさをもたらす記念日であるように、ソーシャル・キャンペーンを展開している13団体が集結しています。