有名人が薬物事件を起こした際、報道は判で押したように「注射器」や「白い粉」といった資料映像を使い、「薬なんか使ってガッカリだ」「見損なった」などの街の声のインタビューを入れる。保釈されたら、ヘリやバイクを飛ばしてまで保釈後の姿を追い回す。こうした報道のあり方を見直して欲しいと、依存症の支援者たちが提言したのです。報道する側、報じられる側、恥ずかしながら、その両方を経験した私は、この人たちなら何とか私のことを救ってくれるのではないか。すがるような思いで連絡を取ったのです。

 そこで、出会った精神科の松本俊彦医師からうつ病の診断を出され、治療の一つとして依存症の回復施設に通うことになります。私自身は、依存症ではなかったものの、同じように薬で失敗した人たちと一緒にプログラムに取り組みましょうという提案でした。9カ月間の通所の結果、効果はてき面。社会復帰できるほど順調に回復します。

私自身が偏見だらけだった

 依存症の施設に通うことで、気がついたことがあります。それは、私自身が薬物事件を犯した人、依存症の人に対して抱いていた偏見や誤解です。薬物事
件を犯した私は、何をしても楽しんじゃいけない。仕事なんかついちゃダメだ。裏を返せば、私がこれまで心の奥に密かに抱いていた薬物犯罪者への感情だったのかも知れません。それが、自分に降りかかってきた。こういった誤解や偏見の感情に一つ一つ向き合い、ほぐしていくことができました。

 先日、ある講演会で自己紹介をした時のことです。「3年ほど前に違法薬物の所持と製造で逮捕された元NHK アナウンサーです。」と挨拶をしたところ、客席から「えーっ」と驚く若い女性の声が漏もれ聞こえました。テレビ番組でよくある「録音笑い」のような絶妙な反応だったので、思わず苦笑いしてしまいましたが、恐らく彼女にとって「逮捕された人」を見るのが始めてだったのでしょう。自然に反応して出てしまった声のようで、嫌味な感じは一つもありませんでした。普通に生活していれば「逮捕された人」を見ることなんてありません。でも、実のところは「知らない」だけなのではないでしょうか。

 この「知らない」というのが、実に厄介。私自身の偏見も「知らない」ことから起こるものでした。依存症の回復施設や、自助グループに通うことで、何十人もの依存症当事者と生活を共にします。彼らがなぜ、薬物に手を出し、依存症にまでなってしまったのか。一人一人の生い立ちや生きてきた過程を知れば知るほど、私自身が楽になっていったのです。

 日本人の違法薬物の生涯使用率は、欧米に比べて格段に低く、読者のほとんどの方は、違法薬物なんて、別の次元の話と思えるかもしれません。とはいえ、違法薬物で検挙された人は、年間約1万4000人(平成29年)。急激に増えも減りもしない、長年横ばい状態が続いています。日本だって、薬物使用者
はゼロではなく、確実に存在しています。

 その人たちに、私たちの社会がどのように向き合っていけば良いか。決して他人事ではない依存症の世界。

 私の本を読んで、考えてみてください。