歴史上の人物に迫るには様々なアプローチがあるが、ここでは四柱推命(しちゅうすいめい)という手法を用いて、歴史上の人物がどんな性格であり、なぜ成功したのか(失敗したのか)を読み解く。※四柱推命と用語の説明はページの最後をご覧ください。

 今回は、「私はイングランドと結婚した」と言い放ち、生涯独身を貫いた処女王、エリザベス1世を四柱推命鑑定する。鑑定の結果、明るく大らかで子どもっぽく、誰とでも仲良くできる性格であることが明らかになった。しかし、肖像画を見る限り、そんなキャピキャピしたイメージは一切ない。自国のために自分を押し殺して生活していたのだろうか。イギリスの絶対王政を築き、大英帝国の礎を築いたエリザベスの知られざる苦悩を明らかにする。

エリザベス1世
生年月日: ユリウス暦1533年9月7日(グレゴリオ暦:1533年9月17日)

 

 まずは、自然界での役割を表す重要な場所、日柱の干支を使って読み解いていく。

日柱の干支:「己丑」(つちのとうし) 

 これは「冬」の「畑」を表す。冬の間、ほとんどの田畑は畑仕事を休んでいる。しかし、田畑にとって、冬はとても重要な時期。あえて一番寒い時期に、畑の土を掘り返して放置する「天地返し」を行う。深いところにある土を風や太陽に晒すことで、土が崩れてふわふわになるのだとか。また、土の中に潜む様々な病原菌の殺菌にもなる。冬の間、この「天地返し」を経ることで、春以降作物が元気に育つようになる。

 エリザベスもこのように、冬の畑のような役割を果たしたのだろうか。確かに、今改めて歴史的にエリザベスの功績を考えると、イングランドが躍進するための足場固めをしたと考えられる。イギリスといえば18世紀以降の大英帝国がイメージされるかもしれないが、エリザベスが統治していたのはイングランド王国であり、厳密にいえばスコットランドは統一されていなかった。当時、フランスとスペインでヨーロッパの覇権を争っており、エリザベスの時代のイギリスは、それらに挟まれた二流国に過ぎなかった。そんな中で、イギリスがどのように振舞うか、その責任がエリザベスに掛かっていた。

 生涯独身を貫いたエリザベスだが、恋のうわさが立った寵臣も数人おり、真剣に結婚を考えたこともあったという。エリザベス1世が寵愛した人物として、初代レスター伯ロバート・ダドリーや探検家のウォルター・ローリー、エセックス伯ロバート・デヴァルー等が挙げられる。このような相手がいながら生涯独身だったのは、自分が国内の誰かと結婚すれば権力闘争が、海外の誰かと結婚すれば対外戦争が起きる…という不安があったのだろう。女性としての喜びを捨て、「私はイングランドと結婚した」と言い放ったエリザベス。混乱の時代に際し、比較的安定した政治を行い、イギリスにおける絶対王政を作り上げた。冬の畑のように自身がじっと耐えることで、大英帝国に繋がる繁栄の地盤を固めたと言って過言ではなかろう。