ユネスコ世界文化遺産に「百舌鳥・古市古墳群」が登録されたことで、今夏ますますの注目を集める日本の古代史。
 ここでは、縄文時代に日本で作られていた土人形「土偶」から広がる宇宙の話を紹介。

■「殺される豊穣の女神」説への疑問

 

 『一個人』8月号に掲載された拙稿「日本人の美と祈りの原点」では、縄文時代から飛鳥時代に至るまでの日本人の美と祈りの意識がどう変化していったのかを、土偶や埴輪といった考古遺物を通して考察してみた。これは神話を研究のテーマの一つとしている私にとって、以前から取り組まなければならないと思っていたことであった。日本の神話の原形は縄文・弥生時代に作られたと考えられるが、当時の人々の精神世界を知る手がかりは考古遺物でしか残されていないからだ。

 なかでも土偶は太古の日本人が神や死霊といった霊的なものに対してどんなイメージをもっていたか知る上で重要な遺物である。

 今、少々先走ってしまい、土偶を霊的なものと表現としてしまったが、そうだという証拠があるわけではない。実際、子どもの玩具だとする説も存在する。

 もっとも、縄文時代の少女が土偶を抱えている姿は絵柄的には魅力があるものの、土偶を玩具とするのは無理がある気がする。発掘された土偶に子どもが遊んだ跡がみられないし、子どもの副葬品とされたケースがほとんどないからだ。

 では、土偶とは何か?

 有力とされている説に「殺される豊穣の女神」を表しているとするものがある。「殺される豊穣の女神」とは、たとえば『古事記』に登場する大気津比売神(おおげつひめのかみ)などをいう。

 大気津比売神は天照大神の弟である須佐之男命(すさのおのみこと)を接待しようと鼻や口、尻から食べ物を出して勧めるが、須佐之男命は汚物を食べさせようとしていると勘違いして大気津比売神を殺してしまう。すると、その死体から五穀や蚕が生じたという。

 『日本書紀』では月夜見尊(つくよみのみこと)が保食神(うけもちのかみ)を殺す話として記録されている。また、東南アジアにも同様の神話があり、その主人公の名をとって「ハイヌヴェレ型神話」と呼ばれている。

 土偶はこうした豊穣の女神を表現しており、大気津比売神の死体から五穀が生じたように栗や栃などの実が豊かに実るようにと破壊され埋められたのではないか、というのが「殺される豊穣の女神」説だ。

 出土する土偶の多くが意図的に壊わされていることがこの説の大きな根拠となっているが、いくつか問題点もある。

 一つには、この神話は女神の死体から五穀が生じたといっていることからわかるように、農耕を前提としているが、土偶が作られ始めた縄文草創期(1万3000年前頃)に農耕に準じる技術や意識があったとは思えないことがある。もう一つは、大型の土偶は破壊されていないものも多く、またごく一部ではあるがアスファルトで修理された土偶もあることだ。

■では、土偶は宇宙人を表したものなのか?

 

 土偶の形式の一つに遮光器(しゃこうき)土偶と呼ばれるものがある。主に東北地方で流行した形式で、縄文晩期(3000年前頃)に作られた。その最大の特徴は横長の楕円の中央に横線を引いた目で、ゴーグルをかけているようにも見える。この形がエスキモーなどが使う遮光器(雪の反射から目を守るための器具)に似ていることからこの名がつけられた。

 この土偶が地球にやってきた宇宙人の姿を写したものではないかと最初に言い出したのは、スイスの宇宙人考古学者エーリッヒ・フォン・デニケンだとされる。宇宙考古学は古代文明は宇宙人に指導されて築かれたと考える〝学説〟で、古代宇宙飛行士説ともいう。1970年代に世界的ブームとなり、日本でもデニケンの著作はベストセラーとなった。

 筆者の少年時代がまさにそのブームの真っ盛りで、当時読んだ雑誌には遮光器土偶の各部分をヘルメットとか酸素ボンベとか通信機器などともっともらしい説明がつけられていた。

 少年時代に超古代文明ものの本を熱心に読んだこともあってこうした説は今も嫌いではないのだが、遮光器土偶の目の造形は宇宙服のヘルメットを表したものではなく、土偶の表現法の発展の中からできたものだということがわかってきている。

 それによると、当初は粘土紐で作られた輪で表現されていた目が、粘土紐を押しつけるようにつけられるようになったことから目を細めたような形へと変化した。やがて粘土紐が太くなって目はつぶれたドーナッツみたいな形になり、ついには楕円形の粘土板に横線を引く形になったとされる。
(三上徹也著『縄文土偶ガイドブック』新泉社には、この発展過程が実際の土偶の写真を使って説明されているので、興味ある方はこちらをご覧いただきたい)

 一般にはあまり知られていないが、壺などの土器に貼りつけられた土偶もある。奇妙なことに、この形式の土偶は独立型の土偶とは逆に手脚が細く長く(独立型の土偶は手脚が略されることも多い)、アメリカの児童番組に登場するパペット(人形)を連想させる。さらに不思議なことは、土器貼りつけ型土偶は指が3本なのだ。

 3本指の土偶は独立型にもあり、それはやはり腕が長い。しかも猫のような顔をしており、人間の像とは思いにくい。ひょっとしたら猫型宇宙人あるいは猫神を表したものなのだろうか? ちなみに、縄文時代の日本には猫はいなかったといわれている……

 指が3本なのは縄文人の表現能力が低いからではないか、と思われるかもしれないが、土偶の中には人体をほぼ正確に写した具象土偶というものもある。死者の姿を模したものではないかという説があるほどリアルな像だ。

 したがって、技術的に低いから3本指にしたとは思いにくい。3本指にはちゃんとした理由があるはずなのだ。