■ねぷたやねぶた、竿灯祭は七夕行事かお盆儀礼か

 

 巨大な燈籠を載せた山車(だし)を引き回す弘前のねぷたや青森のねぶた、46個もの提灯を吊るした竹竿を肩に載せる秋田の竿燈(かんとう)は日本を代表する祭であるが、ほぼ同様の起源をもつ。それは旧暦の7月7日頃に行われていた「眠り(眠た、ねぶり)流し」に由来するというものだ。

 「眠り流し」は合歓(ねむ)の葉や豆の葉に厄や魔障を移して川に流す行事で、その日程からもわかるように七夕行事とされてきた。弘前では子どもの行事として行われていたようだが、大人の行事として行われていた地域も多い。「眠り流し」という名については、悪いことを引き起こす睡魔を除くためと説明されることが多いが、明かりが乏しい時代に睡魔を忌避するのは解せないので、違う意味があったのかもしれない。

 それはともかく、「眠り流し」を起源とすることから、ねぷた、ねぶた、竿燈は七夕行事といわれることがある。だが、その儀礼にはお盆の要素も見られる。たとえば、燈籠(提灯)は盆燈籠の発展したものと思われるし、川に葉などを流すのはお盆の精霊流しを思わせる。

 行事がすべて旧暦で行われていた時代は、7月7日はお盆が始まる頃と受け取られていたので、七夕そのものがお盆期間の一行事と捉えられていた。七夕は中国の乞巧奠(きこうでん)に由来するものであるが、庶民にはお盆の始めに行う行事として受け止められたのである。その結果、ねぷた、ねぶた、竿燈といった七夕行事にお盆の要素が混じり込むこととなった。

 おそらくほかにもお盆の要素をもつ七夕行事はあちこちにあったのであろう。しかし、ねぷた、ねぶた、竿燈のように独自の行事として発展をしたため、新暦への切り替えでお盆との関係が薄れると生き残ることができなかったのだろう。

 ねぷた、ねぶたの燈籠や竿燈の提灯は、先祖の霊を出迎えるための迎え火の意味もあると思われる。

 いっぽう霊を送り出す時に焚かれる送り火は京都五山の送り火が有名だ。また、静岡県の富士川河川敷で行われる南部の火祭なども送り火が起源だとされる。両岸2キロにわたって並べられた108つのたきぎの山「百八たい」に火が灯される祭であるが、最近は3000発の花火が上げられるイベントとして知られているようだ。