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戦争危機の今、安倍首相イラン訪問を総括
イスラム法学者・中田 考

イスラム法学者・中田考の考察

 

【G20大阪サミットの結果と外交の本質】

 6月20日に配信された「安倍首相、大失敗のイラン訪問 日本に挽回の可能性はあるのか?」で私は「安倍のイラン訪問に対する最終的な判断を下すには、G20大阪サミットの結果を待つ必要があると思われます。」と書きました。

 G20も終わりましたので、ここで改めて安倍のイラン訪問を振り返り最終評価を下したいと思います。

 本題に入る前に少し横道に逸れて、トランプの電撃板門店訪問金正恩会談に触れておきましょう。

 G20サミットで来日したトランプは29日大阪からツイッターで金正恩に対して南北の非武装地帯での会談を呼び掛け、翌30日板門店での会談が実現しました。管見の限り、国際政治学者にも、朝鮮半島研究者にも、29日のトランプのツイート以前にこの時期での板門店での米朝会談は言うまでもなく、こんなに早く両者が会談することを予想していた者は誰もいませんでした。日本の外交当局者らも今回の米朝会談の経緯を「ツイッターで知った」と口を揃えていた、と言われています。

 おそらく最終的に会談が決まったのは実際、トランプのツイートを読んだ金正恩がOKを出した時点だったと思いますが、それまでにアメリカと韓国の当局の実務家レベルでの根回しと下準備がなされていたことが既に公開情報で明らかにされています。事前にその情報を掴んでいなかった安倍政権、外務省を無能と謗るのが目的ではありません。ましてや研究者や、メディアが無能と言いたいわけではありません。

 外交とはそういうものであり、政府が発表する情報は世界、国民、同盟国、(仮想)敵国に知らせることが有益だと考えるものだけであり、重要な情報の多くはたとえ「同盟国」にであろうとも知らせることはありません。逆に敵国とであっても秘密の公式、非公式の交渉ルートは確保しておくのが外交というものです。

 オマーン湾での日本のタンカーの爆破の背景も、ホルムズ海峡でのドロン撃墜の正確な位置も、公表はできないでしょう。なぜなら、イラン側もアメリカ側もそれを公表することで関与した自らのエージェントに危険が及び軍事兵器の配備状況や精度が知られてしまうため、結局水掛け論に終わるからです。

 もっともアメリカが侵略する気になれば証拠の有無など結局は無意味なのことは、2003年のイラク侵攻からも明らかですが。

 現在進行形の外交、国際情勢に関するメディアや研究者の「分析」のほとんど全ては本当に重要な具体的な情報は知らないままになされているのであり、「当たるも八卦当たらぬも八卦」の占いと大差ありません。余談ですが、「テロ」や治安情報についても同じことが言えます。

 

【安倍のイラン訪問に対する最終評価】

 外交の分析は、多くの重要な情報にアクセスできないという限界を踏まえた上で、公開情報に自分自身が持つ独自の情報を加え、地理、歴史、政治、経済、社会、文化の知見に照らし合わせて、中長期的な分析を行うのが王道です。

 「安倍のイラン訪問に対する最終的な判断を下すには、G20大阪サミットの結果を待つ必要があると思われます。」と書いた理由は、次の通りです。

 公開されていない情報として、トランプと安倍の間にイランの処理についてのシナリオ、あるいはアメリカが安倍を利用してイランとの戦争に持ち込むシナリオなどがある可能性があっても、重大な緊急事態について米中、米ロの首脳会談で議論する場を設けうるG20サミットまで待てば、それらを推測し判断するだけの材料が揃うと考えたからです。

 結論から言うと、当初の予想通り、安倍とトランプの間にはイランの処理に関する具体的なプランは全くなかったようです。やはり、安倍が自分には仲介できる、と申し出て、トランプがそれならやってみたら、と好きにやらせた、というだけだったようです。

 前の記事で書いた通り、事前に官邸と外務省は、G20サミットにあわせて日本にローハーニーを招聘しトランプとの会見をセットしようと根回しをしたようですが、ローハーニーも同席した最高指導者ハーメネイとの会談で、「トランプは信用できず話をするに値しない」と明白にトランプとの対話の仲介を拒絶され、失敗しました。

 しかしその後で、日本のタンカーに対する攻撃についてアメリカはイランが攻撃したと非難、ついでイランがアメリカのドロンを領空侵犯したとして撃墜し、アメリカが公海上で撃墜されたと非難するなど、緊張が高まりました。

 ところが日本は、タンカー攻撃に関しては、アメリカに追随したイギリスと異なり、フランスやドイツと歩調を合わせ判断を保留し、アメリカのドロンの撃墜についても中立を保ちました。

 またアメリカが戦争を仕掛けるとイランとの緊張を高め、中立を装う安倍にイランが仲介を頼みこむように仕向け、ローハーニーの招聘を仕切り直す、というシナリオをトランプと安倍が申し合わせていた可能性も考えられました。しかしイランはアメリカとの戦争も辞さずトランプとは対話をしないとの強硬な態度を崩しませんでした。また安倍に仲介を求めることもなく、ローハーニーの招聘は結局実現しませんでした。そして安倍もイランとアメリカとの緊張が高まった時に中立を保っただけで、トランプやハーメネイに自制を促す親書を送るとか、タンカーの攻撃、アメリカのドロン撃墜の真相を調べる中立の独立調査団を立ち上げるよう提案するなど、口先だけでも、緊張緩和の努力を一切していません。

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