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慶應幼稚舎のクラブ活動が生み出す教育上の効果

慶應幼稚舎の秘密⑧

「東大理Ⅲより難しい」―
“慶應義塾幼稚舎”の入試を評するときによく使われる表現だ。ここでいう「理Ⅲ」とは東京大学理科Ⅲ類。全国に82ある医学部の中でも、断トツの偏差値を誇り、国内の大学入試で最難関とされる東大医学部である。その入試よりも難易度が高いと評される教育機関である〝慶應幼稚舎”の“お受験”。
 その慶應において、クラブ活動を子供たちが行うこと生まれる、教育上の効果を探る!(『慶應幼稚舎の秘密』より引用)

 

 授業にタブレット端末を持ち込んだ鈴木二正教諭の例を見てもわかる通り、幼稚舎の教育システムの特徴は、一人ひとりの教員に与えられている権限が非常に強大であることだ。

 それは授業の内容だけではない。

 5年生と6年生の生徒はクラブ活動をすることが義務づけられているが、教員は自分がやりたいものがあれば、新たにクラブを開いても構わないというルールになっている。伝統のラグビー部(第5章でくわしくリポート)や野球部、剣道部、テニス部、演劇部、器楽部など、歴史ある定番のクラブに加え、ラクロス部やカバディ部といった目新しいクラブも、教員の要望で組織されている。

 ラクロス部が幼稚舎にできたのは2004年。井川裕之氏という東京学芸大ラクロス部OBが幼稚舎の教員になって結成されたものだ。幼稚舎ラクロス部はいまや、キッズラクロス界を牽引する強豪チームになっている。

「幼稚舎のクラブ活動は、生徒の情熱を引き出す役割とともに、教員のやる気も喚起させる場になっています。自分がやりたいと思うクラブを創れるので、ルーティンにおちいりがちな教員生活に変化をもたらすという効果もあるんです」(幼稚舎関係者)

 さらに、クラブ活動にはもうひとつの役目がある。生徒同士の交流の拡大だ。6年間担任持ち上がり制によって、生徒たちはひとつのクラスで6年間をすごすことになる。つまり、クラスメイト36人は6年間ずっと、同じ顔ぶれなのだ。そこで、クラス以外の生徒と出会う場として、クラブ活動がクローズアップされてくるのである。

「別のクラスの生徒との親密な交流が、ここで初めて生まれることになる。さらには5年生と6年生が一緒に行動するということで、6年生の側は後輩の面倒を見る場面ができる。

 幼稚舎ではあまり上下関係はつくらないようになっているんですが、最終学年の6年生として、責任感を持つ機会ができるという意味で、クラブ活動は非常に重要なんです」(同)

 これは幼稚舎に限った話ではなく、慶應義塾全体での伝統なのだが、塾員(OB・OG)、塾生(学生・生徒)、教職員はすべて、「君」づけで呼び合い、その間に上下関係はないことになっている。実際、慶應大の教務の掲示板などに貼られる休講を知らせる紙には、「○○先生休講」ではなく、「○○君休講」と記されている。これは、慶應義塾で「先生」と呼べるのは創立者の福澤諭吉だけであり、他の人たちはすべてその門下生であるという考えからだ。福澤以外はすべて横並びなのである。

 現実には、中学〜大学で生徒や学生が教員のことを君づけで呼ぶことは滅多になく、先生と呼ぶのが普通だ。幼稚舎でも同様だが、教員を前にしてニックネームで呼ぶこともあり、校風としてはいまだにフランクな雰囲気が残っている。したがって、上級生が下級生に対し、先輩風を吹かすこともないが、唯一、クラブ活動では一日の長がある6年生が5年生を指導する場面が出てくる。「5年生にとってもそれまで上級生から教えられる場面はほとんどなく、クラブ活動はどちらにとっても、とても大切な経験になる」(同)というわけだ。

 クラブ活動は同級生同士の絆を深めるという意味でも、非常に大きな意味を持っている。

 数年前に、幼稚舎出身の有名菓子店の御曹司にインタビューした際、クラブ活動の話になった。

「それまで、違うクラスの子と話す機会があまりなく、とても有意義な時間だった」と振り返る彼が入ったのはブラスバンド部。1981年に結成され、幼稚舎の中だけでなく、慶應大同窓生の最大のイベント「慶應三田会連合大会」など、さまざまな舞台でも演奏する名門クラブだ。

 このOBのバンドでのパートはセカンドトロンボーン。その隣でファーストトロンボーンを吹いていたのが男性アイドルグループ・嵐の櫻井翔氏だった。

「サッカー選手になりたいと語っていたので、ジャニーズ事務所に入って芸能界デビューしたときは驚きました。クラブが一緒でなければ、親しく話をすることもなかった。いまでも応援しています」(同OB)

 とかく批判が出やすい6年間担任持ち上がり制だが、海浜学校や高原学校、ヤゴ救出作戦、そしてこうしたクラブ活動を通して、その短所を補完。他校を圧倒的にリードする教育システムを創り上げているのである。

『慶應幼稚舎の秘密』
著者/田中 幾太郎

 

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一説には東大理IIIに入るよりもハードルが高いと言われる慶應義塾幼稚舎。小学校“お受験”戦線では圧倒的な最難関に位置づけられるブランド校だ。
慶應大学出身者の上場企業現役社長は300を超え、断然トップ。さらに国会議員数でも慶應高校出身者が最多。エスカレーター式に大学まで上がれるということだけが、幼稚舎の人気の理由ではない。
慶應の同窓会組織「三田会」(キッコーマン・茂木友三郎名誉会長、オリエンタルランド・加賀見俊夫会長などが所属)は強い結束力を誇り、政財界に巨大なネットワークを張り巡らしているが、その大元にあるのが幼稚舎なのだ。
慶應では幼稚舎出身者を「内部」、中学以降に入ってきた者を「外部」と呼び、明確な区別がある。日本のエスタブリッシュメント層を多く輩出してきた“慶應”を体現し維持しているのは、まさしく幼稚舎であり、多くの者が抱くそのブランド力への憧れが人気を不動のものとしているのである。同書では、出来る限り多くの幼稚舎出身者にインタビューを行い、知られざる同校の秘密を浮かび上がらせていく。