続いて、十二運星を見ていく。

 

「沐浴(もくよく)」:運勢エネルギー7

 ロマンチストで、芸術や芸能の才能を持つ。また、自由な生活を好み、外国に縁がある。飽きっぽく浮気性でもある。衝動的な面を持ち、何をしでかすかわからないがそれが魅力的でもある面白い星。

 千畝はこの星を、月柱という、命式表の中でも最も重要な部分に持っており、これこそ千畝をただの真面目な外交官ではなく一風変わった人材に仕立て上げた要因であると思う。千畝の父は税務署勤務で転勤が多く、小学校は三重県、岐阜県、愛知県と転校する等、各地を転々としていた。外交官を志してからも、ハルビン、ヘルシンキを経て、リトアニアのカウナスに赴任した。戦後外交官を辞職してからは、外国語を活かして職を転々としたが、1960年からは川上貿易株式会社のモスクワ事務所長として再び海外での生活を送り、国際交易(株)モスクワ支店代表を最後に退職し日本に帰国した。

 まさに旅と新天地の繰り返し人生。さぞかし性に合っていたのだろう。父の仕事の影響で転勤が多かったことと、外交官という仕事が千畝の飽きっぽく衝動的な性格に火を灯したと言える。思い立ったら突然行動を起こすという衝撃的な部分も、ビザの発給に大きく影響しているだろう。本人も気づいていたように、一つの場所に勤務し続ける医者は向いていなかったろう。

写真を拡大 杉原千畝が赴任したリトアニアのカナウスは第2の都市。首都はヴィリニュスという美しい町。

「養(よう)」

 子どもという意味の星。人から好かれ、かわいがられる。目上の人から引き立てを受ける。

「長生(ちょうせい)」

 順応性が高く、勉強がよくできる。人から信頼を受ける。保険の営業マンや鑑定士に向いている。

 人からの信頼度は抜群だろう。先に紹介したように、千畝は優れた情報収集家だったが、その裏には協力者があった。そして、自分が危険にさらされてまでも、協力者を守り抜いた。満州国での勤務においては、協力者が危険にさらされることを恐れ職を辞して日本に帰国している。この姿勢こそが強力な協力者を得られた理由だろう。

 杉原千畝の映画は見たが、今回の鑑定を通し、初めて深く千畝と向き合ったように思う。真面目でいい人…それは疑いようもない事実であったが、それがベースにありながらも、冒険心が止まらない、少年のような心が見て取れた。外交官としての職を捨てる覚悟で思い切って行動に移したその勇気に心から敬意を表したい。

 

■四柱推命とは?

古代中国で生まれた「過去、現在、未来」を予見する運命学のひとつで、陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)をもとに、人が生まれながらにして持っている性格、能力、素質を理解し、その人の努力や経験で変わる後天的な運命までも予測することができる。
具体的には、生まれた日(生まれた年・月・日・時間)をもとに命式表(めいしきひょう)を作成し占っていく。なお、ここでは生まれた時間は鑑定に含めていない。
「国史大辞典」に記載されている生年月日を、「和洋暦換算事典」を用いて現行暦に換算し鑑定している。

■用語説明

日柱の干支:その人の本質を表す重要な部分

主星(しゅせい):月柱の蔵干通変星で、その人を表す最も重要な星。主に仕事運を表す。

自星(じせい):日柱の蔵干通変星で、その人のプライベートな部分の性格を表す重要な星。

【参考文献】

「杉原千畝たちの時代 戦争と諜報外交」白石仁章 角川選書 (2015)

「杉原千畝と6000人のビザ」杉原千畝生誕100年記念事業委員会HP  http://www.chiunesugihara100.com/visa-reki.htm

「杉原千畝物語」 杉原幸子・杉原弘樹 金の星社 (1995)