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大名・久喜氏の面影を追う②三田界隈(2)心月院その貳

季節と時節でつづる戦国おりおり第372回

 心月院さんのご本堂でしばしお参りさせていただいたあと(ご本堂の本尊は素晴らしいです)、おもむろに境内の左奥の高みを登りましょう。

 一帯は墓域となっており、なかには九鬼家の三田藩重臣の家柄の出だった経済家・白洲次郎ご夫妻のお墓もあります。といっても、ご本人が「墓は不要」と言い残された関係上か、板樋のように薄く梵字がひと文字刻まれただけのものですが。

 

 さらに奥へ歩を進めると。

 

 ドン。三田藩主・九鬼家代々の墓所です。

 

 九鬼守隆さんは寛永9年(1632)死去し居城がある鳥羽で葬られましたが、三田に転封された子の久隆さんによってこの心月院さんにもお墓がつくられているのです。
 歴代の中で墓石の様式が時代とともに変わっていくのが面白いですね。

 

 こちらは守隆さんの長男、良隆さんのお墓。良隆さんは、父が死ぬ前に病弱を理由に廃嫡してしまった、気の毒なお方です。ご自身も三田に移った次の年に亡くなられており、「どうせなら故郷の鳥羽で死にたかった」と思われたのではないでしょうか。

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橋場 日月

はしば あきら

はしば・あきら/大阪府出身。古文書などの史料を駆使した独自のアプローチで、新たな史観を浮き彫りにする研究家兼作家。主な著作に『新説桶狭間合戦』(学研)、『地形で読み解く「真田三代」最強の秘密』(朝日新書)、『大判ビジュアル図解 大迫力!写真と絵でわかる日本史』(西東社)など。


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