マッチングアプリを始めた頃から緩やかに何の意味も持たない “経験人数” だけが増えていった【神野藍】『私をほどく〜AV女優「渡辺まお」回顧録』
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第7回
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、注目されている。AV女優「渡辺まお」時代の「私」を、しずかにほどきはじめた。「どうか私から目をそらさないでいてほしい・・・」連載第7回。
✴︎連載全50回分を加筆修正し、書き下ろし原稿を加えて一冊に編んだ単行本『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』が6月17日に発売決定・予約開始!作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイ!

【誰かの隣–体温を感じることのできる距離にいると・・・】
東京という土地に漂う無関心さは私にとってすごく居心地が良かった。
これまで長く住んでいたあの土地は良いことも悪いこともすぐに広まった。そして広めるだけでなく、自分の生活に関係ない誰かの人生について彼らはいつまでも覚えていた。「そういえば、あの時こういうことが」「思い出した、あの子はこんな感じで」といった具合にだ。そういうところが堪らなく嫌いだった。
上京する前の一番の心配だった一人暮らしは特に問題はなかったし、気軽に遊びに誘えるぐらいの友人もすぐにできた。成績は真ん中ぐらいの層におさまっていたが、推薦枠や奨学金の基準には達していて何も問題がなかった。入学したては、新歓やサークルの合宿などのお祭りムードで浮足立っていたが、梅雨が明けるぐらいにはそれも落ち着いた。
暑さが過ぎ去ったころに、先輩の紹介でインターンを始めた。大学に合格した当初ぐらいの高い意識はなかったが、それでも「何か将来を見据えて頑張りたいな」とは思っていたし、何よりもそこでの作業はすごく楽しかった。メンバーのほとんどが年上だったが、一人だけ同じ学年の女の子がいて、その子に負けたくなくて必死に仕事をこなしていたのを今でもよく覚えている。
同じ時期にマッチングアプリを始めて、自分は会ったばかりの好意を持っているのかどうか曖昧な人とでも簡単に肌を重ねられることを知った。けれど同じ人と何度も会って関係を構築したり、セックス以外のこと、例えば昼間どこかに遊びにいったりするのは面倒だと感じてしまっていた。そうしているうちに、緩やかに何の意味も持たない経験人数だけが加算されていった。何度行為におよぼうが、気持ち良いとか楽しいと思わなかったし、強く欲してもいなかった。強いて言うならば、誰かの隣―体温を感じることのできる距離にいると、よく眠れる気がして、セックスはそれのおまけみたいなものだった。
よくよく考えてみると、このときからセックスを手段として利用していたのかと気がつき、少し笑ってしまった。
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✴︎KKベストセラーズ 新刊発売決定✴︎
神野藍 著『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』
が6月17日に発売決定・予約開始!
✴︎
「元エリートAV女優のリアルを綴った
とても貴重な、心強い書き手の登場です!」
作家・鈴木涼美さんも絶賛した衝撃エッセイが誕生
✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに