マクドナルドの日本1号店は、1971年銀座三越の1階にオープンした。開店から1年後に1日の売上222万円を達成して、当時の1店舗の1日売上の世界記録を更新。現在までつながる日本のハンバーガー文化の礎と言える同店だが、その立地には確かな戦略があった。「日本マクドナルド」創業者・藤田田氏は『Den Fujitaの商法①』で次のように語る。当時と今とでは時代背景の違いがあるが、その”目の付けどころ”は全ての商売人が学ぶべきだ。

■10メートルは10キロと同じだ=「儲かる場所」の決め手

〝ロケーション〟という言葉がある。映画の野外撮影でしばしば使用されるために〝ロケーション〟という言葉は「野外撮影」という映画専門の用語だと思っている人が多いが、本来の意味は「場所選定」である。

 マクドナルド商法では、この〝ロケーション〟ーー「場所選定」をきわめて重視する。

 日本の商人が、念願の銀座へ進出する場合、10人のうち9人までが、

「銀座へ出られるならば、どこでもいい」

 といった考え方をする。じつにおおらかである。ところが、これがとんだ間違いなのだ。

 銀座でも「商売になる場所」、つまり「儲かる場所」と、そうでない場所がある。そして、儲かる場所と儲からない場所は、ものの10メートルと離れていないのである。

東京・銀座の三越にオープンした日本マクドナルドの第1号店。1973年9月16日撮影

 たとえば、私は銀座三越の国道1号線、いわゆる銀座通りに面した場所にハンバーガーの店舗を出したが、この店を銀座三越の裏側に出していたら、こうはいかなかっただろう。銀座三越の裏手ならば、駐車場はできても、ハンバーガーを売るわけにはいかない。

  図を見ていただきたい。

 Mが銀座三越にあるハンバーガーの店舗である。この店は、銀座1丁目から8丁目へかけての銀座通りの中心である銀座4丁目の交差点から3丁目寄りの八丁目に向かって左側にある。

 

 Aは銀座8丁目の隣の新橋にあって、銀座通りにつき出すように立っている新橋住友ビル6階にある、私の社長室である。私はいつも社長室に望遠鏡を用意しておいて、銀座の人の流れを見るともなく眺めていたが、長年眺めているうちに、人の流れにも法則のようなものが存在するのに気がついた。

 銀座通りの人の流れは、1丁目から4丁目までは新橋へ向かって左側の往来が激しく、5丁目から8丁目にかけては、反対に右側のほうが人の流れが多いことに気がついたのだ。

 銀座でハンバーガーの店を出すなら銀座三越しかない。私は早くから心の中でそう決めていた。銀座でもっとも人出の多い場所に出店すれば必ず儲かるとにらんだからだ。

 事実、同じ銀座でも4丁目の反対側にあるDという同業者の店は、人通りの少ないだけ客足も少ない。もっとも、マクドナルドとDの差は、単に人の流れの多い少ないだけでなく、品質、味など、いろいろあるが、そういったものを抜きにしても、場所をどこにするかということは商売をする上で基本ともなる大切な問題なのだ。

 たとえば、私がこのマクドナルド銀座店を、三越から築地寄りに10メートルばかりいったところへ開店していたら、1日に150万円とか200万円とかいう売上げを記録できたかどうかわからない。この10メートルは、じつに重要な意味を持ってくる。

 日本人は標準の物さしをひとつしか持っていない。10メートルの距離は日本人の物さしで計る限りあくまでも10メートルでしかないが、商売の上では場所によっては10メートル違うことは10キロ違うのと同じことになってしまう。

 私の場合でいうならば、もしも私が1号店を銀座三越の現在の場所ではなく、銀座4丁目から、10メートル築地寄りに開いていたら、それは銀座4丁目から10キロはなれた場所に店を開いた場合と売上げに大差なかっただろう。

 デン・フジタの商法では、10メートルは決して10メートルではない。10メートルは10キロメートルなのだ。

『Den Fujitaの商法①』より構成)