解き放たれて書いた『充たされざる者』

『充たされざる者』(著:カズオ・イシグロ、翻訳:古賀林 幸)ハヤカワepi文庫

 何でもできると解き放たれて書いたのが『充たされざる者』なんです。舞台は東ヨーロッパのどこかのまち。世界的音楽家のライダーという人物がそこにいく。どういう所か最初はよくわからない。でもだんだんそれが自分の故郷だということがわかるんですね。どうやら自分がコンサートをひらくことで危機が解決する、それを故郷の人たちは期待している。

 でも結局、夢の中というか、闇の中をあちこち引っ張りまわされるような感じで物語は終わります。だから出た当時は酷評だったんです、何だこれはと。

 だけど私としては、鼻面つかんで好きなように引き回される感じがなかなか面白くて。イシグロはそういう小説もあるんです」

 この『充たされざる者』での吹っ切れた作風は、“賞”からのプレッシャーから解き放たれたことも大きいのではないかと分析する。

「イシグロは若い頃から有望視された作家でした。1作目の『遠い山なみの光』で王立文芸賞、2作目の『浮世の画家』ではウィットブレッド賞をとりました。これはブッカー賞の次に有名な賞だそうです。そして残るはブッカー賞…という所で出版社側からの期待も相当なものだったのではないでしょうか。万人受けする作品を、と書くことに制限があったかもしれない。それでブッカー賞を3作目の『日の名残り』でとれた。その点からも開放されたんでしょうね」

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