戦後初の独立系生保となる「ライフネット生命」を起業し、「インターネット生命保険」という新市場を切り開いた出口治明さん。 先日、6月25日の株主総会後に同社の会長から退く、というニュースが流れた。開業当時、出口さんは60歳。還暦を迎えてから本格的な起業を成功させた「還暦ベンチャー」としても話題になった。あれから10年。退任を決めた心を出口さんに聞いた。

次の10年をイメージする

 

 今回、ライフネット生命の会長職を退任する理由の一つとして、人間として何よりも大切なことは、次の世代を育てることであり、社長を両翼から支える30代の若い取締役2人を前面に立てて、僕は後陣から若い世代を支える役割に回ろうと思ったことを述べました。

 それともう一つ。

 ライフネット生命の現在のお客さまの大半は、30代を中心とした若い世代です。そうであれば、次の10年のイメージも若い経営陣を前面に押し出した方が望ましいと考えたということがあります。

 僕がライフネット生命を起業したきっかけは58歳のときの出会いです。当時は日本生命の実質子会社のビル管理会社で働いていました。ある日、旧友から紹介されたのが、あすかアセットマネジメントの谷家衛(たにや・まもる)さんです。この時の出会いがすべての始まりです。初めてお会いして、20~30分近く日本の生命保険業界について話をしたら、谷家さんが「出口さん、保険会社を一緒につくりましょう」と。当時谷家さんは40代の後半だったのですが、僕には、もっと若く見えた。

 こんな若い人が、「保険会社を一緒につくりましょう」と誘ってくれている。僕はその場で承諾しました。きっとこれも何かのご縁だろうと思ったのです。 

 そこで、誰か若いパートナーを探してほしいとお願いしました。もちろん前職次代の優秀な後輩の顔が何人か思い浮かびました。でも新しい保険会社を作ろうというのに、それではチャレンジができないと思ったのです。そこで谷家さんに、「保険業界には関係のない、若い人を紹介してください」と頼みました。

 そして紹介されたのが、僕と一緒にライフネット生命を起業した現社長の岩瀬大輔です。彼は僕よりも30歳近くも若い。当時、岩瀬はハーバードにMBA留学していたのですが、谷家さんの目に留まり、卒業前にスカウトされていたのです。

 これもよく話すことですが、僕はダイバーシティ(人材の多様性)こそが世の中を動かす鍵だと思っています。異質の人が集まったら、お互いを理解するために自ずと数字・ファクト・ロジックで合理的に議論せざるを得ない。その方が面白いアイデアも生まれるし、合理的なゆえに意思決定も早まるのです。

 そうしたダイバーシティの効果を考える上でも、新しい経営陣が指揮をとり、これからの新しい10年をイメージしていってほしいと願っています。

 先の見えにくい時代に入っています。今後どういった社会が待ち受けているのかをイメージするには、その次の時代を背負う若い人たちであることが望ましい。

 そうしたことからバトンタッチの時期だと思い、僕は後陣で支える役割に回ることにしたのです。野球で言えば、先発完投は若い世代に任せて、僕はコーチもしくはバッティングピッチャーに回ろうと思っているのです。

(明日に続く)