演出振付家として順風満帆に成功を積み重ねているMIKIKOさん。「自分の軸」を見つけることができたというニューヨークでの体験についてお話しいただきました。

「私は何をやりたいのか?」と自問自答を繰り返す1年間だった

 大里会長(アミューズ)の薦めでニューヨークに1年間留学したときでしょうか。当時29歳で、30歳になる年に渡米しました。毎朝語学学校に行って、午後はダンススタジオでダンスを習い、夜は舞台を見に行ってレポートを出すという生活。小さな舞台から、そのとき流行っていた舞台まで、とにかくたくさんの舞台をひたすら見て勉強する。なにもかも自由な生活でしたが、だからこその怖さも知りました。
 日本にいたときは、広島時代にはたくさんの生徒がいて、「MIKIKOさんMIKIKOさん」って憧れてもらえていて。東京にも仲間がいて居場所があって。でもそういうものは結局、人が作ってくれていたものなんだと、ニューヨークにいてわかりました。ニューヨークでは誰ひとり私のことを知らないし、私が頑張ろうと怠けようと誰にも迷惑をかけない。そんな場所で「私は何をやりたいのか?」とひたすら自問自答していました。ニューヨークには夢を叶えに来ている人が、ものすごくたくさんいて、そのエネルギーに押しつぶされそうになる。ああ、私には何もない、と考え込む日々だったんです。

撮影/杉田裕一 [POLYVALENT]

 でも、だからこそ、どうやっても生きられるんだ、と気づけたんですね。ここで誰にも迷惑をかけず、バイトをしながら生きることもできるじゃないか、と。誰にも知られず、存在の意味をなくすことの楽さもある。頑張るのを辞めるのは楽だけど、苦しさもあって、あなたはどっちを選ぶ?って選択を迫られているような1年間でした。そこでやっぱり、私は表現していきたいんだって思ったんです。
 その自問自答していくなかで、日本にいるときに憧れていた、ヒップホップなどのアメリカのカルチャーに対する自分なりの距離の取り方がわかりました。また、世界中からブロードウェイのミュージカルを見るために集まった人の中に混ざって客席にいる自分をすごく悔しいと思う時もありました。自分の「好み」は何なのかも研究しながら過ごしていました。そうやって、考える時間がたくさんありました。
 そこでいつからでもやり直せると開き直れたので。世の中の人が私をどう捉えても、それは私ではないから、気にならない。自分と徹底的に向き合った結果、人の目を気にせずに、自分のやりたいことをやろうと、腹が括れたことが、大きな転機だったと思っています。

明日の第十五回の質問は、「Q15.MIKIKOさんにとってPerfumeはどんな存在ですか?」です。