覚えている人は稀だが、平成初期に「首都移転」のための法案が成立していた。もちろん、なし崩し的に頓挫し、「東京一極集中」の現在があるのだ。一事が万事、様々な「集中」現象が起こし、日本を停滞させたのは、政治家の都合だった…。しかし、令和時代には明るい兆しもある!? 『後藤武士のすごい平成史』を上梓した平成史研究家による平成社会評論。
(C)Tadashi Sato


 とうとうあと数日で平成が終わる。雑誌掲載時代を含めると2年以上にわたりご愛顧頂いたこの連載も今回が最終回。「最後は気の利いたちょっと泣ける話でも……」と思ったのだが、日本で、いや世界で初めて単独で平成史を著した人間として、ここで平成の本質を善であり明にしてしまうことはできない。やはりここは原点に戻り「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とまで言われ恐れられた国がなぜここまで衰退してしまったか、その本質を最後にもう一度語っておきたい。
 キーワードは2つ。一つは世襲。そしてもう一つは集中。どちらも語りたいところだが、前者はさほど説明を要さないだろうから、最終回である今回は後者について語るとしよう。



 日本漢字能力検定協会による今年の一字ではないが、平成の日本をここまで衰退させた原因をあえてワンフレーズに求めるならそれは「集中」という言葉で足りる。
 まずは地方を壊滅させ、家族と土地という日本人が長きに渡り大切にしてきた価値観を見事なまでに崩壊させた東京一極集中。かつて一部の過疎地だけのものだった地域消滅の危機はいまや人口十万人レベルの都市をも直撃している。人が東京に集まる。人が集まれば仕事も店もサービスもショウビズも情報も集まる。その結果、官民問わず資本が投下される。これにより東京と地方により格差が生じる。東京では、通勤電車、バブル期をも上回るような住居費の高騰が問題になる。その結果、地方も東京も住みにくい場所となる。  
 むろん、これは政策立案者たちにも予想がついたことだった。実は、平成二年には既に国会で「国会等の移転に関する決議」が成立している。あえてその内容を引用しよう。

 
 わが国は、明治以来近代化をなしとげ、第二次世界大戦後の荒廃から立ち上がり、今日の繁栄を築きあげてきた。今後の課題は、国民がひとしく豊かさを実感する社会を実現し、世界の人々との友好親善を深め、国際社会に貢献していくことである。
 わが国の現状は、政治、経済、文化等の中枢機能が首都東京へ集中した結果、人口の過密、地価の異常な高騰、良好な生活環境の欠如、災害時における都市機能の麻痺等を生ぜしめるとともに、地域経済の停滞や過疎地域を拡大させるなど、さまざまな問題を発生させている。
 これら国土全般にわたって生じた歪を是正するための基本的対応策として一極集中を排除し、さらに、二十一世紀にふさわしい政治・行政機能を確立するため、国会及び政府機能の移転を行うべきである。
 政府においては、右の趣旨を体し、その実現に努力すべきである。
 右決議する

 さすがは我が国が世界に誇る優秀な官僚と国会議員である。まだ日本人の数割しか今日の事態が予測できなかった頃に、既に事態を予測し手段を講じていたのだ。これはあっぱれという他はない。
 その2年後の平成四年には「国会等の移転に関する法律」が制定される。この法律は前文に加え25条からなるので、ここでは「いの一番」たる第一条のみ引用したい。
 
 第1章 総則
 (国の責務)
 第1条
 国は、国会並びにその活動に関連する行政に関する機能及び司法に関する機能のうち中枢的なもの(以下「国会等」という。)の東京圏以外の地域への移転(以下「国会等の移転」という。)の具体化に向けて積極的な検討を行う責務を有する。
 
 初見の人も多いことだろう。私の創作する近未来フィクションの冒頭だと勘違いされる方もいるかも知れない。だが、これは歴史的事実である。この条文は実際に存在し、この決定は現実に国会においてなされた。ついでに言えば、55年体制が崩壊し自民党が結党以来はじめて下野するのは平成五年の細川内閣成立時のことなので、この時点での与党は自民党である。
 その後、この法律に基づき国会等移転審議会が立ち上げられ、ミレニアムを前にした平成11年末には移転先候補地が那須を中心とした栃木県・福島県に及ぶ地域と岐阜県の美濃地方東部を中心とした岐阜県・愛知県に及ぶ地域の二つに絞られた。
 あれから二十年。もはや決議も法律も決定もすべてなかったもののようにされている。記憶に残っている者さえごくわずかだろう。そもそも政治家も官僚もその多くが都内及びその周辺に不動産を所有している。首都機能移転などすれば地価が下がるのは目に見えている。自らが所有する資産が目減りすることを自らで決められるほど、この国の為政者たちは潔くはない。こうなることなどはじめから分かっていた。が、それにしても、ここまで見事になかったコトにできてしまうふてぶてしさにはもはや感銘さえ感じ得ない。

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