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イスラム原理主義組織が、レバノン貧民街の人々を引きつけるリアルな理由

中東のモザイク国家、レバノンの今③

■忍び寄るイスラム原理主義の影。自治政府が乱立する理由

 ここまで聞くと、キャンプと呼ばれるファタハの拠点はいい事ばかりに聞こえるが、当然、それだけではない。この、ボルジュ・アル・ブラジナのキャンプを含め、レバノン内で13の拠点を持つファタハは、自治区としての運営の為、軍隊も持つ。先述のアミールさんは、かつてこのファタハの軍事トレーニング施設で、ナイフや銃を使った戦闘術を学びながら給料を貰い、両親と兄弟を養っていたという。

 小柄ながらも、筋肉質で引き締まった体格。見るからに運動神経の良さそうなアミールさんは、同年代のトレーニーの中でも、いい給料を貰っていたと言う。しかしながら、個人の思考を完全否定する原理主義的な考え方に疑問を覚え、キャンプを離れる決断をした。ファタハは主に、レバノンに住むパレスチナ系の移民を中心とした組織である為、生粋のレバノン人であるアミールさんは、比較的簡単に組織を抜けることが出来たという。

 ファタハだけではなく、レバノンにはヒズボラ、ハマスなどのイスラム原理主義集団兼政党、という、複雑な組織が幾つも存在する。シーア派、スンニ派などのイスラム教上の教義の違いや、パレスチナ、イラン、イラク、シリア、その他の周辺国政府による資金源のルートの違いはあるにせよ、こうした組織は、レバノン各地で類似のキャンプ(自治区)を運営している。

 何故このような事態が発生しているのか。複雑な社会問題だけに様々な理由が存在するが、大きな根本的原因として、汚職を筆頭とする政府の失態、という問題が自然と浮かび上がる。政府の役人が私腹を肥やす事を優先し、国の経済、福利厚生、犯罪防止などの基本的社会課題を疎かにしている。結果、国じゅうで“自治政府”が成立し、ここでの人々はレバノン政府の言うことなど、聞く耳も持たない。

 日々の暮らしに困窮するような貧困街に生まれ、自分たちの暮らしなど二の次とするレバノン政府と、地元で自分たちの日々の暮らしを助けてくれる、自治政府。イスラム原理主義組織のテロ行為は決して許されるものではないが、何故このような事になっているのかは、明らかだ。

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竹鼻 智

たけはな さとし

1975年東京都生まれ。明治大学経営学部卒、Nyenrode Business Universiteit(オランダ)経営学修士。2006年より英国ロンドンに在住。ITコンサルタントとジャーナリストのフリーランス二足の草鞋を履きながら活動し、「ラグビーマガジン」(ベースボールマガジン社)、「Number」(文藝春秋)、「週刊エコノミスト」(毎日新聞社)へのコラム執筆など、現地からの情報を日本へ向けて発信。BEST T!MESでは、イングランド代表HC、エディー・ジョーンズ氏の連載「プレッシャーの力」の構成を担当。


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