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天皇の「生前退位」をめぐる、男系固執主義者たちの葛藤

ベスト新書「ゴーマニズム戦歴」発売記念コラム①

皇位継承問題をめぐる男系固執主義者との戦い

 さて、わしが一から勉強して『天皇論』を描いてしまったがために、不勉強な自称保守派との対立は決定的なものとなった。「皇統」をめぐる問題で、わしと自称保守派はまったく相容れない立場になったからだ。

 最初の『天皇論』は、自称保守派にもおおむね好評だった。知ったかぶりして天皇を敬愛していたところに、わしが正しい知識を教えてやったから、それまで抱いていた不安が解消されたに違いない。

 ただし自称保守派は、『天皇論』のたった一コマだけが気に入らなかった。「たとえ将来、女系天皇が誕生するようなことになっても、わしは失望しない」「元々、天照大神は女性神である。ならば日本の天皇は女系だったと考えることもできる」と述べたコマだ(文庫版373ページ)。「あの一コマ以外は良かった」とコメントした知識人は何人もいる。

文庫版『ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論』最終章「国民主権は国体にあらず」P373より

 ここから、また新たな戦いが始まった。皇位継承問題は、きわめて深刻だ。皇室典範を改正せず、このまま「男系男子」のみを皇位継承者にしていたら、そう遠くない将来に皇統が途絶えてしまうことは間違いない。ようやく秋篠宮家に男児が誕生したとはいえ、その世代の皇位継承者は悠仁さまだけである。そこに嫁ぐ女性は、何が何でも絶対に男児を産まなければいけない。だが、そのプレッシャーが尋常ではないことは、雅子さまを見ていれば明らかだ。果たして、そんな役目を引き受ける女性がいるかどうか。仮にいたとしても、男児が生まれる保証などまったくないのである。

 だからわしは『ゴーマニズム宣言SPECIAL 新天皇論』を描き、あらためて皇位継承問題を徹底的に論じた。そこで男系固執主義者たちのデタラメな理屈を木っ端微塵に粉砕したので、その後は猛反発を食らうことになる。雑誌『正論』は男系固執論者を勢揃いさせた別冊をつくり、『新天皇論』を「堕ちたゴーマニズム」などとコキ下ろした。わしがイラク戦争を批判したときも同じことをいわれた気がするが、どこからどう見ても堕ちたのは自称保守派のほうだ。皇統の問題でも、いずれ向こうが堕ちるに決まっている。

 現在の皇室典範では皇統が危機に瀕するのは明らかだから、皇室典範改正に向けた準備段階として、民主党政権時代には女性宮家創設の提案もなされた。これは当然、皇室の意向を汲んだものと考えて間違いないだろう。

 ところが自称保守派に支えられた安倍政権は、この案を握りつぶしてしまった。ならば、男系固執主義者が皇統の存続のために考えている方法を、自分たちのいうことを聞く安倍政権にやらせればいい。それは、「旧宮家の復活」だ。

 彼らは、戦後に皇籍を離脱した旧宮家の男系男子の子孫を皇族にすることを考えている。

 今上天皇とは四〇親等以上も離れており、約六〇〇年前の室町時代にまで遡らなければ共通の祖先にたどり着かないが、もはやオカルトの域に達した男系主義者にとっては、男系男子に受け継がれたとされる「Y染色体」だけが重要だ。尊敬の対象はY染色体であり、個々の天皇はその「器」でしかないと主張する者までいる。

 とても国民の納得を得られる発想とは思えないが、それが正しいと信じるなら、男系主義者たちには「いますぐそれをおやりなさい」といいたい。安倍政権が続いているあいだが最大のチャンスだ。

 ところが彼らは動こうとしない。新たに皇族にできるような資質を持つ男系男子がいないから、動こうにも動けないのである。それはそうだろう。旧皇族といっても、その子弟は産まれたときから単なる一般人だ。完全に俗人としての生き方を満喫しており、なかには大麻不法所持で逮捕された者までいる。それを皇室の女性と結婚させるのはきわめて難しい。皇族になった瞬間から、週刊誌が過去の行状を暴き始める。借りていたエロビデオのタイトルが判明しただけでも大スクープだ。本人たちだって、いまさら皇族としての息苦しい生活などしたくないだろう。旧宮家系の男系男子を「赤ん坊のうちに皇室の養子にすれば品行方正な人間に育つ」などという乱暴な意見もあるが、あまりにも非現実的だ。

 

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小林 よしのり

こばやし よしのり

1953年福岡県生まれ。漫画家。1976年、大学在学中に描いた『東大一直線』でデビュー。以降、『おぼっちゃまくん』などの作品でギャグ漫画に旋風を巻き起こした。1992年、社会問題に斬り込む「ゴーマニズム宣言」を連載開始。1998年、「ゴーマニズム宣言」のスペシャル本として発表した『戦争論』(幻冬舎)は、言論界に衝撃を与え、大ベストセラーとなった。現在『SAPIO』にて連載中。近刊に『大東亜論』第一部・第二部(小学館)、『民主主義という病い』(幻冬舎)、 『保守も知らない靖国神社』(ベスト新書)などがある。


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