労働者を使い尽くす「ブラック企業」はなぜなくならないのか【宮台真司】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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労働者を使い尽くす「ブラック企業」はなぜなくならないのか【宮台真司】

「社会という荒野を生きる。」その真実と極意〈連載第2回〉

■サブロク協定の交渉力を担保する労組

 

 この場合、協定が会社の言いなりである可能性や、協定を会社が守らない可能性があるので、労使の交渉力のバランスが重要になります。その意味で、労働組合がある会社の労働者と、そうでない労働者との間では、交渉力の差による大きな利害の違いが生まれるのです。

 日本の労働者は労働組合法で労働組合を作ることが認められています。詳しくは労働三権と言って、労働組合を作る団結権に併(あわ)せ、それをベースにして団体交渉する権利と、その結果次第でストライキという団体行動をする権利が、認められている訳です。

 団結権・団体交渉権・団体行動権の三権は重要で、労組を作るのを妨害したり、労組からの交渉申し入れを拒絶したりすると、最悪、経営陣は罰金刑を超えて懲役刑を喰らいます。逆に、労組を作らないでストをすると、営業妨害で巨額の損害賠償を請求されかねません。

 その意味で、小さな企業、新しい企業であっても、正規雇用の人たちはちゃんとした有効な労働組合を作って、労働三権をちゃんとした形で利用できるようにしておかなければなりません。さもないと長時間労働を規定したサブロク協定が有名無実になります。

 ちなみに、正規労働者には労組があるから大丈夫だとも言い切れません。かなり大きな会社でも、ちゃんとした組合じゃなく、何もしてくれない「御用組合」が多いからです。労使協定も不利だし、協定が破られても文句を言わない。そんなダメな労働組合のことです。

 ちゃんと有効に機能する組合に加入し、組合として会社ときちんと交渉することができないと、労使協定を自分たちにとって不利なものにならないようにすることができないということです。組合があるのにブラック企業がなくならない一つの理由がこれです。

 

■非正規労働者の見做し労働という地獄

 

 繰り返すと労働組合を作ることが大事ですが、労働組合の結成は非正規労働者にとってハードルが高く、問題が深刻になりがちです。ちなみに、ABCマートの件(2015年7月に靴の販売チェーン大手、ABCマートで従業員に違法な長時間労働があったとして、東京労働局は労働基準法違反の疑いで運営会社を書類送検しました。ABCマート原宿店では、2014年4月から5月、20代の従業員2人にそれぞれ、月109時間と月98時間の残業をさせていたということです。この会社では労使協定で、残業は月79時間までと定めていたということですが、ABCマートで起こった労働問題はこれを完全に無視していたことになります。)は、昔から知られているタイプの「正規労働者の終身雇用を前提とした長時間サービス残業」です。

 むしろ深刻化しているのは、「非正規雇用を前提とした見做し労働(裁量労働)の押しつけ」です。非正規労働者と雇用者の間ではサブロク協定を締結できず、サービス残業は違法です。しかしそこに「見做し労働の押しつけ」がなされる。今日的なブラック企業です。

 見做し労働はこの後で説明しますが、これについて、非正規労働者が戦うための有効な手段がなかなかない。個人でも入れるユニオン(労働組合)が一部にあるので、一人で悩まずにユニオンに入り、ユニオンを通し交渉するようにして交渉力を上げる必要があります。

 今は工場で労働集約的集団作業をする人はごく一部です。取材してアイディアを練るマスコミ人や、僕みたいな研究者は、食事中に頭を使ったり仕事中に頭を休めたりして労働時間を厳密に計れないから、労働時間を自分の裁量で決めるしかない。これが見做し労働です。

 ところが昨今、見做し労働の範囲を不当に拡張して、とりわけサブロク協定を結べない非正規労働者に長時間勤務を強制する動きがあります。これをどうチェックできるか。これも最終的には労働組合を作って団体交渉し協定書を残さないと、チェックは難しい。

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CONTENTS

はじめに◉「社会という荒野を生きる。」とは何か

第一章◉なぜ安倍政権の暴走は止まらないのか

    ——対米ケツ舐め路線と愚昧な歴史観

◉天皇皇后両陛下がパラオ訪問に際し、安倍総理に伝えたかったこと

◉安倍総理が語る「国際協調主義に基づく積極的平和主義」の意味とは

◉戦後70年「安倍談話」に通じる中曽根元総理の無知蒙昧ぶりとは

◉盛り上がった安保法制反対デモと、議会制民主主義のゆくえ

◉安保法案の強行採決に見られる日本の民主主義の問題点とは

第二章◉脆弱になっていく国家・日本の構造とは

    ———感情が劣化したクソ保守とクソ左翼の大罪

◉なぜ三島由紀夫は愛国教育を徹底的に否定したのか

◉「沖縄本土復帰」の本当の常識と「沖縄基地問題」の本質とは

◉大震災後の復興過程で露わになった日本社会の「排除の構造」とは

◉除染土処理の「中間貯蔵施設」建設計画はすでに破綻している!? 

◉なぜ自民党はテレ朝・NHKの放送番組に突然介入してきたのか

◉憲法学の大家・奥平康弘先生から学んだ「憲法とは何か」について

◉広島・長崎原爆投下から70年と川内原発再稼働の偶然性とは

第三章◉空洞化する社会で人はどこへ行くのか

    ———中間集団の消失と承認欲求のゆくえ

◉ISILのような非合法テロ組織に、なぜ世界中から人が集まるのか

◉ドローン少年の逮捕とネット配信に夢中になる人たちの欲望とは

◉元少年Aの手記『絶歌』の出版はいったい何が問題なのか

◉地下鉄サリン事件から20年。1995年が暗示していたこととは

◉「お猿のシャーロット騒動」と日本のインチキ忖度社会とは

◉戦後日本を代表する思想家・鶴見俊輔氏が残したものとは何か

第四章◉「明日は我が身」の時代を生き残るために

    ———性愛、仕事、教育で何を守り、何を捨てるのか

◉なぜ日本では夫婦のセックスレスが増加し続けているのか

◉労働者を使い尽くすブラック企業はなぜなくならないのか

◉「仕事よりプライベート優先」の新入社員が増えたのはなぜか

◉「すべての女性が輝く社会づくり」は政府の暇つぶし政策なのか

◉ISILの処刑映像をあなたは子供に見せられますか

◉青山学院大学学園祭の「ヘビメタ禁止」騒動は何が問題だったのか

◉「ベビーカーでの電車内乗車」に、なぜ女性は男性より厳しい目を向けるのか

以上「目次」より

宮台 真司

みやだい しんじ

社会学者

1959年宮城県生まれ。社会学者。映画批評家。首都大学東京教授。公共政策プラットフォーム研究評議員。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。社会学博士。1995年からTBSラジオ『荒川強啓 デイ・キャッチ!』の金曜コメンテーターを務める。社会学的知見をもとに、ニュースや事件を読み解き、解説する内容が好評を得ている。主な著書に『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』『日本の難点』(幻冬舎)、『14歳からの社会学』(世界文化社、ちくま文庫)、『正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く』(bluePrint)、『子育て指南書 ウンコのおじさん』(共著、ジャパンマシニスト社)、『どうすれば愛しあえるの 幸せな性愛のヒント』(二村ヒトシとの共著、KKベストセラーズ)、『社会という荒野を生きる。』(KKベストセラーズ)、『崩壊を加速させよ 「社会」が沈んで「世界」が浮上する』(bluePrint)、『大人のための「性教育」 (おそい・はやい・ひくい・たかい No.112) 』(共著、ジャパンマシニスト社)など著書多数。

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