■実親と養親どちらの育児も尊い

 深刻な理由によって産み親が育てることが困難な場合もあり、そしてそれは決して本人の間違いではない。何らかの事情によって育てるのが厳しくなってしまったとしても、そもそも子育てに成功も不成功もないのだと、私たちは考えます。

 このような観点から言えば、「産んだ親が育てる」ことと「別の夫婦が育てる」ことは並列されて然るべきです。

「産み親が責任を持って育てなければならない」「血がつながっていない親なんてかわいそうだ」などと他人が考えたとしても、それはその人の価値観であり、客観的な「正しさ」は伴いません。

 より本質的で、十分に考えなければならないものは子どもの「幸福追求権」です。ひとりひとりの子どもにとって「何が幸福か」は異なりますが、子どもがはっきり意思表示できない発達段階にある場合には「特別養子縁組」という選択肢もあることは、多くの人に考慮に入れてほしいところです。

 もちろん、実際に選択する場面においては親の考える「より良い」の基準が重要ですが、いずれにしても選択肢がしっかり用意されることが大切であると思います。

 

 里親になることを希望する夫婦には富裕層が多く、大学進学率も高いというデータがあります。親の立場としては「大学に行かせてあげたい」「経済面で苦しい思いをしてほしくない」と考える人も多いでしょうが、産み親が経済的に非常に困窮している場合には、里親の元に養子に出すことで、子どもの将来の選択肢が増えるケースもあると思われます。

 また、何らかの事情で精神的に追い詰められ、このままでは虐待を加えてしまうかもしれないというような場合では、「このまま自分が育てるよりも養子に出したほうが子どもも安心して生きていけるかもしれない」という考え方も尊重されるべきだと思います。

 そのためには、まず「特別養子縁組という選択肢があり、それは決して悪いことではない」という認識が広く一般に共有されていくことが重要です。

 

 どんな形であれ最終的に決めるのは実親ですが、困難に際してどうしたらいいかわからず、追い詰められてしまうような事態を少しでも減らすことが私たちの願いです。価値観は人それぞれですが、「子どもの幸せの形」を自分なりに考え、その実現が自分の元ではどうしても厳しいのであれば環境が整っている親の元で育ててもらうことを選んでも良いのです。

 

 結婚も出産も、慎重になり過ぎることにメリットはありません。社会的に晩婚化ひいては少子化はますます進むばかりである上、慎重になればなるほど「失敗できない」と決断が困難になるからです。

 先々の生活や経済面を心配しすぎるのもまた無意味です。生きていく上で失敗はつきものであり、結婚や出産、子育てにおいてもそれは例外ではありません。失敗してもそこから学んで成長したり、反省を活かして別の方法でやり直したりするのが人生ではないでしょうか。

 そして仮に、それによって生活が成り立たないほどの困難な状況に陥ってしまったとしても、再起して暮らしていける方法が用意されているやさしい社会であってほしい。

 特別養子縁組はそのような社会を実現するための仕組みのひとつなのです。