【父の特養のお引越し。アルバム写真から知った、息子の知らない父と母の幸せな老後】 | BEST T!MESコラム

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父の特養のお引越し。アルバム写真から知った、息子の知らない父と母の幸せな老後

【隔週木曜日更新】連載「母への詫び状」第三十四回

■父と母の思い出のツーショット

 母が整理していたアルバムをめくってみたら、父と母の旅行写真がたくさん出てきた。ふたりが退職した後の、比較的最近の写真だ。

 母は行動的で好奇心の旺盛な性格だったから、退職後はよく父を連れ立って、日本各地へ旅行に出かけていた。当時、ぼくは両親とまともに連絡をとっていなかったため、その事実をぼんやり聞いていた程度で、どこへ、どのくらいの頻度で出かけていたのかは何も知らない。

 アルバムを開きながら、父と母が想像以上に全国あちこちへ旅していたことを知った。北は北海道から南は沖縄までという定型句の通りに、北は根室の納沙布岬から、南は沖縄の美ら海水族館まで、元気だった頃の父と母のツーショットが並んでいた。

 根室へ行ったときには、お目当ての流氷がなかなか見られず、どうしても流氷を見たい父と、そこまでしたくない母の意見が分かれて、別行動をとったというエピソードも聞いた。

「さーむくてね。おとうちゃんは何時間粘っても流氷が見たいって言うし、わたしは先にひとりでホテルに帰ってきてしまって。おとうちゃんは待ったかいあって、流氷を見られたけど小さかったって」

 父の部屋に飾るには、母との思い出のツーショットがいいだろうと、そんな旅行写真ばかり選んでいたら、母は「わたしの写真よりか、あんたらが子供の頃の写真のほうがいいんじゃないかね」と言い出した。

 ずいぶん昔のアルバムを押し入れから引っ張り出して、自分が子供の頃の白黒写真をながめていたら、懐かしさよりも申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。

 こんなに無邪気な笑顔を浮かべていた子供が、そのうち親と離れて暮らし、連絡も取らない大人になったのかと思うと、いったいどこですれ違いが始まったのか。

 節分の豆まき、端午の節句、クリスマスなどの暦の行事も、うちでは毎年やってくれて、楽しげな写真もアルバムに残っていた。紙のカブトをかぶって、にこやかに笑うかわいらしい男の子が過去の自分かと思うと、時の流れの残酷さに目まいがしてくる。

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夕暮 二郎

ゆうぐれ じろう

昭和37年生まれ。花火で有名な新潟県長岡市に育つ。フリーの編集者兼ライターとして活動し、両親の病気を受けて帰郷。6年間の介護生活を経験する。



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