■涙を拭ったマクラーレン

「いま振り返るとつらい時間だった。しかし、イチローは『僕だって全員のことが好きなわけではないですよ。でも、彼らはチームメイトですから、うまくやるためにベストを尽くします』と言ってくれた。そして、彼の集中力は常に変わらなかった……」

 イチローが苦しみながらも前進し続けた様子を、彼は涙ながらに語ってくれたのである。
 一方、彼はこうも語る。

「イチローは自分に自信をもっているが、自慢はしない。また、自分よりも他の選手について話すタイプだが、本音を言えば誰についても話したくはなさそうだ。『監督になるつもりか?』と尋ねると、即座に『ノー。(監督は)メディアにたくさん話さきゃいけないから』と否定する。このゲーム(野球)は楽しいもので、彼はただ楽しんでプレーしているのだということがよくわかる」
 イチローが「究極のプレーヤー」であることの証ではないか。
 
 ほかにもヤンキース時代の同僚カーティス・グランダーソンはイチローの「ルーティン」の徹底ぶりについて感銘を受けたというし、現在マイアミ・マーリンズでともに戦う「後輩たち」の言葉からは、クラブハウスにおける天才打者の素顔を垣間見ることができ。あるMLB記者はこんな話を明かしてくれた。

「毎日同じ時刻にクラブハウスへ現われ、フロアに横になり、延々とストレッチを行なう。それまでイチローに対しては、感情を表に出さずに黙々と仕事に臨む『外科医』のようなイメージをもっていたが、そうではなかった。まるでベースボールをするために地球に生まれてきたかのように振る舞う選手だ。ゲームを通して、自分が何者であるかを世界に示そうとしているかのように……。あるとき、ふとイチローを見ると、彼はヘッドフォンを逆さまにつけてタブレットで日本のバラエティ番組を観ていた。イエリッチに聞いたら、決まった時間にそうして何かを観賞しているらしい。『それもイチローにとっては準備の一部なのだ』とみんな思っているんだ(笑)」

 イチローと同時代を生きた人々の思いには、まさに「イチローがいた幸せ」があふれていた。もちろん、全米中を歩き、そんな言葉に接することができた筆者にとっても、この旅は幸せな体験だったのである。