猟師とは? その存在意義

皆さんこんにちは!茨城県でヨガのインストラクターの傍ら、新米猟師をしているNozomiです! 私のドタバタ連載は、まだ始ったばかり。ぜひ宜しくお願いします!

 

さて、皆さんは“狩猟”という言葉をご存知ですか?

『えっ! 狩猟……?狩りの事、だよね……?』

そうそう、それです!(*‘∀‘)

数年前に大流行した、モンスターをひたすら狩りにいくゲームのおかげで、だいぶ浸透してきた言葉ですが、日常生活で街中を行き交う皆さんにとっては、使うことも、聞くことも、書くこともない言葉ですね。ましてや実際に行う事もないと思います。

 人は遥か昔から海で魚を捕り、野で木の実を採集してきました。そして空では鳥を、山では獣を捕獲してきました。生きる為に。

 時代や場所、法律の定義などによって解釈や呼び名が多少変わってきますが、私は狩猟とは『生きるために鳥や獣を捕る行為』の事だと捉えています。そして、猟師とは狩猟を生業としている人々のことを指します。今日はその猟師の存在意義について掘り下げてお伝えしていきたいと思います。

 私の拙い文章を通して少しでも“狩猟”に興味のある方、すでに“狩猟”に携わっている方、そして何より“いのち”と向き合っている方のお役に立てれば幸いです。

 

164億。

 この数字が一体何を表しているかわかりますか?これは全国の鳥獣による農作物の被害金額です。(平成29年度/農林水産省調べ)

―――もはや金額が大きすぎてよくわからない……( ゚Д゚)?

という事で分かりやすく計算してみました!

 日本人の平均年収400万円の方が4000年がっちり残業しながら働いて稼げる金額といったところでしょうか。ぎょえぇぇぇ~~。

 私はYouTube『Nozomi's狩チャンネル』というチャンネルで狩猟の様子や、解体、そしてその命を頂くまでの様子を配信しています。おばあちゃんの畑のお手伝いをするにあたって、大切に大切に育てた落花生をイノシシに食い荒らされ、深刻な鳥獣被害、猟師の後継者不足の事実を知り、少しでも多くの、そして若い方たちに“狩猟”の現状を知って欲しい、興味を持って欲しいという想いで始めました。しかしながら配信の中で猟師の存在意義についての是非を問われるコメントをたくさん頂きます。

 

『きたない。』

『食用肉がスーパーで手に入るこの時代、狩りは必要ないのでは?』

『好き好んで動物を殺して皮を剥ぐなんて、鬼畜の所業である』

『生きている動物の肉をわざわざ殺して食べるなんて、信じられない』

 あげていくとキリがありませんが、上記のお言葉は実際に私が頂いたコメントです。私は最初、こういった否定的なご意見を頂いた時に、猟師の存在意義について様々な立場や考え方があることにとてもびっくりしました。

 でも、当たり前ですよね。ノイヌやノウサギは狩猟鳥獣(狩猟できる動物)でありながら、愛玩動物でもあります。そして、例えば誰かが私に「戦争や飢餓で理不尽に奪われる命についてどう思う?」という問いを投げかけても、私には沸々と怒りを込み上げる事や、深い悲しみを感じる事は難しいです。なぜならば、私は「戦争や飢餓で理不尽に奪われる命」について圧倒的に経験と知識が足りず、理解し、共感することができないからです……。

 時代の流れと共に日本では農業に従事する人口は激減しました。お肉やお魚、野菜をスーパーでしか手に入れた事しかない人々には農作物の鳥獣被害の深刻さを想像することは難しいことなのかもしれません。かつての私のように。農家の怒りや悲しみに対して共感し、寄り添うこともとても難しいことなのかもしれません。