歴史上の人物に迫るには様々なアプローチがあるが、ここでは四柱推命(しちゅうすいめい)という手法を用いて、歴史上の人物がどんな性格であり、なぜ成功したのか(失敗したのか)を読み解く。※四柱推命と用語の説明はページの最後をご覧ください。

 今年の大河ドラマ「いだてん」が始まった。ドラマでは日本で初めてオリンピックに出場した金栗四三(かなくりしそう)と、1964年の東京オリンピックを実現させた田畑政治(たばたまさじ)について取り上げている。今回は、その中から阿部サダヲさん演じる田畑政治を四柱推命鑑定する。鑑定の結果、面白いほどアンバランスな性格の持ち主だったことが明らかになった。

田畑 政治(1898‐1984)
生年月日:明治31(1898)年12月1日

 

それでは、上の命式表を見ながら鑑定していく。

●日柱の干支:「戊戌」(つちのえいぬ)

 この場所は、政治が果たすべき、自然界の役割を表す。「戊(つちのえ)」は山、「戌(いぬ)」は季節の秋を意味することから、「戊戌」を持っていた政治は、秋の山のような人物だったと言える。秋になると山が紅葉し、その様を見ようを大勢の人が集まる。また、山はどっしり構えて動かない。山の木が折れようが、地震が起きようが、山は常にそこにある。政治はそのように一度決めたことを信念を持ってやり遂げ、大勢の人に慕われた人物なのだろうか。

「フジヤマのトビウオ」といわれた古橋廣之進

 政治には、かつてからオリンピックに対する強い思いがあったようだ。1948(昭和23)年、第二次世界大戦後最初に行われたロンドンオリンピック。政治は手を尽くすものの、敗戦国である日本は出場できなかった。しかし、諦めなかった。次のオリンピックに向かうべく、政治はあえてオリンピックの開催同日に、東京神宮プールで競泳の日本選手権を開催した。その結果、「フジヤマのトビウオ」の異名を持つ古橋廣之進と橋爪四郎が、同日のオリンピックの金メダリストのタイムを上回って世界記録を出し、水泳大国日本の名を世界に轟かせた。その次の1952年ヘルシンキオリンピックに日本は出場を許されている。

 また、戦後の貧困と混乱の最中、政治が初めてオリンピック招致を言い出したという。廃墟の中で誰もが生きることに精一杯だった当時、政治は「アマチュアスポーツをさかんにすするにはオリンピックをやるのがいい」と熱心に主張した。経済状況等から反対意見も多い中、オリンピック招致に尽力。開催招致を有利に進めるため、日系2世のブレッド・イサム・ワダを東京オリンピック準備委員会の委員に据え中南米対策を講じたり、元皇族・竹田恒徳IOC会長を貴族出身者の多い欧州委員対策に当てたり様々な手を尽くした。そして1964年、遂に東京オリンピックの招致に成功。こだわってこだわってこだわりぬいた結果だ。

 政治は秋の山のように多くの人に慕われたようであるが、好き嫌いが激しかった面があり、人間関係にはいろいろ問題もあったようだ。後に詳しく触れるが、政治は人間関係などというささいなことは気にせず、強い意志と信念を持っていたのだろう。