BEST TIMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ https://www.kk-bestsellers.com/ ja Copyright(c) 2003 - 2020 BEST TIMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ All rights reserved. https://www.kk-bestsellers.com/wp-content/uploads/cropped-homebt.png 15 Wed, 27 May 2020 18:05:19 +0900 岩田健太郎医師「感染爆発を押さえた西浦博先生の『本当の貢献』とは」【緊急連載】 https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/517429/ 517429 Wed, 27 May 2020 18:05:19 +0900 京都大学教授で元内閣参与だった藤井聡氏が、感染症対策専門家会議尾身茂先生と、感染症数理モデルの専門家として情報の発信と政府への助言をしている西浦博先生に対して、批判文と公開質問状をネットで公開しました。内容は以下になります(以下【当該資料】参照)。 【当該資料】2020年5月21日『「新」経世済民新聞』【藤井聡】【正式の回答を要請します】わたしは、西浦・尾身氏らによる「GW空けの緊急事態延長」支持は「大罪」であると考えます。 https://38news.jp/economy/15951   藤井氏の意見と質問状のポイントを整理すると、さらに以下になります。 (1)「4月7日時点」の「8割自粛戦略という判断」そのものは「結果論」では責められない  (2)実証的事後検証は「8割自粛戦略は、無意味で不要だった」事を明らかにした  (3)8割自粛戦略は、無意味で不要だっただけでなく、単に「有害」だった(経済的に「有害」だった)(倒産や失業をたくさん出す結果になった)  (4)4月7日の「緊急事態宣言/8割自粛」の政府判断は「間違い」だった(次に感染の第二波が来たとしたら、より経済的被害の少ない対策を取るべきである。例:「100人以上のイベントのみ中止」など)  (5)西浦氏・専門家委員会が「GW空けの緊急事態解除」を科学者として主張しなかったのは国家経済破壊の「大罪」である(GW明けには実効再生算数<1がわかっていたはずである) また新潟県前知事の米山隆一氏三浦瑠麗氏堀江貴文氏などメディアでの発言力が大きい人たちまでが参戦し、藤井氏と同じような議論を展開しはじめています。 藤井聡氏による、尾身氏、西浦氏に対する批判とはいったい何を根拠に語っているのか? またその批判する考え方そのものはどういう意味があるのか? 「感染の問題」と「経済の問題」を混乱させたまま進む議論に対して、感染症専門医の第一人者・岩田健太郎氏に、一度議論の内容を整理していただき、感染症専門家の立場から藤井氏の意見に対する見解をうかがった————

◼️はじめに——緊急連載における議論の整理

[caption id="attachment_517591" align="alignnone" width="640"] 緊急連載取材での岩田健太郎医師。5月24日ZOOMにて取材[/caption] 今回の藤井聡先生の質問書、そしてそこで批判がなされた西浦博先生についてでですが、両者のいずれについても、全面的にどちらが正しいとか間違ってるという話とは違うと思います。 藤井先生のような異なる専門性をお持ちの方がこういった批判的な提言をされることは素晴らしいことです。ぼくも、藤井先生が主張している「検証の必要性」については「正しいな」と思うところもあります。一方で再生産数に関する議論や、「西浦・尾身氏による~「大罪」だ」というのは話が違うと考えます。 個別の論点に関して、藤井先生に近い議論をされている方は他にも多くいらっしゃいますから、この緊急連載(連続全4回5/27〜30)ではぼくなりに議論を整理をしてみます。

◼️西浦先生の「本当の貢献」——日本の感染症対策の巨大な前進

まずはじめに確認したいのですが、西浦博先生が日本の感染対策にもたらした貢献はものすごく大きいと、ぼくは思っています。今回の日本におけるコロナの第一波が、少なくとも先進国のなかでは相当よく押さえつけられていた理由は複数あると思っていますが、少なくともその一因が西浦先生にあるのは、まず間違いないと思います。 [caption id="attachment_517608" align="alignnone" width="640"] 2月4日、日本外国特派員協会で記者会見する北海道大学の西浦博教授(写真:ZUMA Press/アフロ)February 4, 2020,[/caption] ただしその「貢献」というのは(ここでよく話がすり替わるのですが)「西浦先生の意見が正しい、間違っている」とか「議論・データ・推論が正確だ、不正確だ」とか、そういう意味での貢献度の話ではありません。 そもそも科学の世界においては、誰かが「100%正しい」「100%間違っている」というのはまずありえないことです。どんな科学者だって、正しかったり、正しくなかったりする。カッティングエッジな未知の領域を切り開いていく科学領域においては、特に今回のような新興感染症については当然のことです。その中で「全く間違えない」人がいたとしたら、その人は科学領域という観点からは「何もやっていない」のです。 ですから、提唱する仮説が事後的に正しかったか、間違っていたかという側面において人物を評価することはナンセンスだとぼくは思っています。「貢献度が非常に大きい」というのと、データや分析が逐一正しかったか間違っていたかは分けて考えなければいけません。 今回のコロナ対策における西浦先生の貢献は、反実仮想によって、「西浦先生がいらっしゃらなかった日本だったら、どうなっていたか」という視点で考えるべきなんです。 西浦先生が厚労省の背後でいろいろなデータを解析するお手伝いを始めたのは、ぼくには正確な時期はわかりませんが、多分2014年のアフリカのエボラとか、2015年の韓国のMERSの頃だと想像しています。 2009年の新型インフルエンザの時には、西浦先生はまだ国の政策に対してほとんどコミットしていなかったと思います。そして、あの時は、西浦先生がされているような数理モデルを活用した感染対策なんてほとんどなかったんです。 当時を思い返すと、厚労省が勝手に描いた「死亡率2%のインフルエンザ」というポンチ絵を根拠に全部計画を立てました。もちろん、この「2」という数字はさしたる根拠もない「シナリオの一つ」に過ぎないのですが、厚労省はともすると、自分の想定した物語をあたかも真実であるかのように振る舞う悪弊が昔からあります。 当時は、現実・データ・ファクト・サイエンスといったものを基に政策を決めることがなく、むしろ観念や手続き、形式が優先されていたわけです(今でも、多分にそうです)。蓋を開けてみたら死亡率2%でもなんでもなかったのですが、そのせいで方向転換も遅くなって現場も大変でした。軽症、あるいはすでに治癒したインフル患者を重症扱いで対応しなければならなかったからです。 そこから考えると今回の新型コロナウイルスの対策では、データやモデルを活用し、それを基にした推論を根拠にして、いわばevidence-based health policy(エビデンスに基づいた医療政策)でいきましょう、という流れができたわけです。これは大きな前進です。 今回、専門家会議が招集される前は、政府の人たちは「コロナ対策として〇〇をします」とは言うんですが、「なぜ〇〇するのか」を説明しないし、「〇〇をすることで、△△というアウトカムを出す」という目標や狙いを一切言いませんでした。典型的にはダイヤモンド・プリンセスの感染対策がそうでした。理由や目標を言わないので、どんな結果がでてきても、感染者が増えたり、DMATや厚労省、検疫所の感染者がでても「失敗した」「間違っている」という結果にはならない。「適切だった」「問題はなかった」と言い抜けることもできました。 しかし専門家会議の招集後は、安倍首相も記者会見で「〇〇というデータに基づいて、△△の目標を目指しましょう」と明言するようになりました。例えば「8割の人の外出を減らす」などの見通しが、きちんと立つようになりました。 今までだったら目標がないんだから、現実にはどんなに失敗していてもアナウンスの上では百戦百勝なわけですが、今回は「この目標を目指します」と明言したからこそ、「うまくいった、いかなかった」という議論ができるわけです。 このように議論の土台を作り、「評価が可能になった」こと自体が、日本の感染症対策においては巨大な前進なんです。 それなのに「西浦先生が言っていた数字、違ってたじゃない」みたいなことをあげつらって袋叩きにしていたら、「じゃあ数字なんて出すな」って話になり、また元に戻ってしまう。 検証可能な数字で議論をせず、「一生懸命やります」「頑張ります」「最善を尽くします」とだけ言っていれば、なにが起きても「失敗した」という結果にはならない。そっちに戻ったほうがいいのかって話ですよ。そんなわけないでしょう。 だから、「西浦先生がいらっしゃらない世界」と「いらっしゃる世界」のどっちがまともな世界かというと、当然いらっしゃったほうがいいに決まってるんです。 我々感染症の専門家は、それ以前の暗黒時代をよく知っているので、「そっちに戻すのは論外だ」と申し上げたいんです。 今回の第一波に関して、「うまく乗り切った」と言っていいかは様々な意見があるでしょうが、少なくとも「最悪の事態は免れた」と言ってもいいでしょう。想定できるいくつかのシナリオの中で一番悪いシナリオにならなかったことは間違いない。ニューヨーク市やイタリアのような悲劇は日本では起きなかったのですから。そして、その悲劇は「最悪のシナリオの可能性」として関係諸氏の頭には常にあったはずです。 そこにはもちろんいろいろな人の貢献があります。西浦先生の貢献だけがすべてだと申し上げるつもりはまったくないのですけど、ここまで挙げてきた理由で、「西浦先生がいらっしゃらなかったらこうはならなかった、もっと悪い話になっていた可能性が高い」というのは間違いない。 これが議論の前提です。

◼️科学者の役割と、その限界

[caption id="attachment_517667" align="alignnone" width="640"] 2020年5月26日、緊急事態宣言が解除された新宿駅東口アルタ前(写真:つのだよしお/アフロ)[/caption] 西浦先生は、ドイツの感染データに基づく「R0 = 2.5」R0:基本再生産数。次回詳しく取り上げます)という前提に基づいて、「その場合に、こういう対策をまったくとらなければ、死亡数が42万人になりますよ」というシナリオを示されたわけですが、これは「R0 = 2.5です」とか、あるいは「日本では死人が42万人出ます」という予測をしたわけではなくて、「こういう条件下では、こうなります」と言ったに過ぎないわけです。 ですから、その結果にならなかったのは当たり前です。「対策をまったくとらない」なんてシナリオはありえないわけですから。 これは科学論文の世界ではよくやることで、例えばダイヤモンド・プリンセスでの感染に関しても、「対策をまったくとらなかった場合には感染者は〇〇人だっただろう」というシナリオが作られています。「それに比べて日本政府は検疫をこうやったので、こうなりました」という形で評価をするわけです。 このように、「こういう条件下では〇〇という計算値がでました」ということを言い続けることは、科学者の責務です。 前提条件の正確さには当然限界がありますし、数理モデルは現実に起きていることを完全に表現することはできません。ただし、仮説として何かを代入しなければ話が全然できないので、まず話の俎上に「こういう条件下ではこうなりますよ」というものを置くわけです。 だから「条件を変えてやれば当然違う結果が起きますよ」ということを、モデルと条件と結果を、提示された我々一人ひとりが議論すればいい。前提をまったく見ないで、その結果だけを見て「NO」というのは乱暴な議論です。西浦先生は前提条件をちゃんと開示しているわけですから、少なくとも西浦先生の問題ではない。それは読み手の問題、解釈者の問題だと言うべきでしょう。 日本には疫学における数理モデルの専門家が非常に少ないですし、厚労省も西浦先生のグループにべったりで解析・助言を頼んでいます。 ですから西浦先生が数字を出すと、厚労省も含めて我々はつい「魔法の箱の中から数字がぼんぼん出てくる」かのようなイメージで見がちです。 けれども本来は、その前提としている条件を含めて、解釈者もちゃんと吟味しないといけない。完全なる予測などないから、当然外れることもあるわけですよ。だから「外れる」という前提でプランを立てればいいだけの話であって、外れたことをもって西浦先生を批判するのは数理モデルというものに対する、また科学者の役割に対する期待過剰だと思います。

◼️「正しい予測」ではなく「正しい判断」を

さらに言えば、普通は未来の予測をする場合は、最悪のシナリオを想定して、「そうならないようにしましょう」と警告を立てるのが定石です。だから「いいほうの数字で計算すればもっといい話になっていたはずだ」みたいなのはまったく間違った考え方で、プロっていうのは普通は、「悪いほうのシナリオ」で想定を立てて対策を打ち、「そうならなくてよかったね」という状況に持っていくわけです。 例えば「胸が痛い」と言って病院に来た患者さんに対して、医者はまず「心筋梗塞はないか」と考えて、例えば患者さんを入院させて一晩様子をみて、その間に血液検査で酵素の数値を確認して、「心筋梗塞でした」「そうじゃありませんでした」と判断します。つまり、実際に心筋梗塞だった時に、「心筋梗塞の患者さんを家に帰して、そのまま家で亡くなってしまう」という最悪の結果を避けるための判断をしているわけです。 ですから検査の結果、あとから「やっぱり心筋梗塞じゃありませんでした」となったときに、「じゃあなんで入院させたんだ!」って怒り出すのは間違った考え方ですよね。 医療従事者にとって大事なことは「正しい予測をする」ことではなくて、拙著『新型コロナウイルスの真実』(KKベストセラーズ、2020)の中でも強調したように、「正しい判断をする」ことなんです。 「正しい判断」とは、必ずしも「未来を正しく予測する」ことではなく、いくつかの未来予測のシナリオがあった時に、どのシナリオが来た時でも破局的な結果にならない、最悪のシナリオを免れるために手を打つことです。 我々は魔法使いではないので、未来を正確に予測することなんてできっこない。当然、西浦先生にだってできっこないですよ。それができると思っているほうがおかしい。 ただし、正しい判断をすることはできる。最悪なシナリオを想定して、それを回避しようとすることです。 ですので、最悪のシナリオを想定して、その回避にかかった西浦先生の判断そのものはまったく正しかったわけで、その最悪のシナリオがやってこなかったらから怒るというのは話が違う。心筋梗塞のシナリオでいうと、「なんで、この患者さんは心筋梗塞じゃなかったのに、家に帰さなかったんだ」と後付けで文句を言ってるのと同じなんです。 第2回では「感染爆発を押さえられた要因について」語ります(本文構成:甲斐荘秀生)。 ]]>
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「感染症のプロ」はいるが「経済のプロ」はいない【中野剛志:日本経済の中心で専門家不在の危険を憂う】 https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/516594/ 516594 Wed, 27 May 2020 12:12:45 +0900 評論家・中野剛志が現在の日本の危機をとらえ、日本のあるべき今を語るシリーズ。今回は「貨幣を正しく理解していない経済学者は、ウイルスを正しく理解していない感染症の専門家と同じくらい危険だ!」と警告を発します。

◼️接触機会8割減による経済損出の責任は政府にあり

[caption id="attachment_516345" align="alignnone" width="640"] 政府の専門家会議副座長で諮問委員会委員長を務める尾身茂氏[/caption] 新型コロナウイルス感染症は、懸念された感染爆発を何とか防ぎ、緊急事態宣言もめでたく解除されました。 もちろん、世界的には未だ感染者が増え続けているし、ワクチンが完成していない以上、危機は終わったわけではありません。第二波、第三波への警戒も必要です。 とはいえ、とりあえずは、ロックダウンもせずに第一波を乗り切りつつあります。政府のコロナウイルス感染症対策の専門家会議副座長の尾身茂先生は、うまくいきつつある要因は、日本の医療制度、初期のクラスター対策、そして国民の健康意識の高さだとおっしゃっています(【註1】参照)。 【註1】2020年5月23日『Bloomberg「新型コロナ、日本独自の「要請」対応が奏功-緊急事態全面解除迫る」 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-05-22/QALO1GT0AFB401   私は感染症のことは専門外なので、よくわかりません。しかし、感染爆発を防げたのは、やっぱり、尾身先生や押谷仁先生西浦博先生といった専門家会議のご見識とご尽力のおかげなのではないのでしょうか。 もちろん後知恵で考えれば、専門家会議の判断にも間違いはあったでしょうし、幸運が作用した面もあったのかもしれません。しかし、新型コロナウイルスには未知の部分が多かったことや取得できるデータには限界があったことを勘案するならば、専門家会議は大健闘をしたと思います。神戸大学の岩田健太郎教授も、twitterで、日本が第一波を乗り切ろうとしている最大の功労者の一人は、西浦先生だと評しています(【註2】参照)。 【註2】2020年5月20日『Twitter』 岩田健太郎 Kentaro Iwata https://twitter.com/georgebest1969/status/1263027869694824448   もちろん、感染爆発や医療崩壊は防げた一方で、経済が大きな打撃を受け、失業や倒産が相次いでいることは否めません。しかし、それは感染症の専門家の集まりである専門家会議の責任ではなく、経済政策をつかさどる政府当局の問題です。 しかも、専門家会議の先生方は、経済への打撃をまったく無視していたわけではありませんでした。例えば、接触機会8割減を唱えた西浦先生は、「『すぐ休業補償をしてハイリスクの場所を閉じることはすぐやってください』ということもずっと言っています」と述べています(【註3】参照)。 【註3】2020年4月11日『 BuzzFeedNews』 「このままでは8割減できない」「8割おじさん」こと西浦博教授が、コロナ拡大阻止でこの数字にこだわる理由 https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-nishiura   にもかかわらず、休業補償なしで接触機会8割減を目指すという判断をしたのは、政府です。 また、尾身先生も、五月の初め、政府に対して「われわれのような公衆衛生、感染症のプロと経済のプロの両方が政府に提言し、政府は両方を見た上で最終的な判断をしてほしい」と要請しています(【註4】参照)。 【註4】2020年5月5日『 SankeiBiz』 経済面からの会議体設置を 専門家会議・尾身副座長が要請 https://www.sankeibiz.jp/macro/news/200505/mca2005051014003-n1.htm   ですから、接触機会8割減による経済損失の責任を、「経済のプロ」ではなく「感染症のプロ」である尾身先生や西浦先生らに押し付けるのは、お門違いであるばかりか、恩を仇で返すような所業と言えましょう。

◼️日本経済で、実際に起きている「恐ろしい」こと

[caption id="attachment_516346" align="alignnone" width="640"] 写真は「感染症」のプロとしての誠実な調査報告をする厚生労働省クラスター対策班の西浦博北海道大学教授[/caption] さて、「経済のプロ」が必要だという尾身副座長の提言を受けてと思われますが、政府は「基本的対処方針等諮問委員会」を設置し、そこに経済学者たちが委員として参加することになりました(【註5】参照)。 【註5】新型インフルエンザ等対策有識者会議 基本的対処方針等諮問委員会 構成員名簿  http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/simon/kousei.pdf   そのうちの一人である東京財団政策研究所研究主幹の小林慶一郎氏は、「財政の悪化が続いているせいで経済成長率が低下している」と主張しています(【註6】参照)   【註6】2020年5月19日『週刊エコノミストOnline』日本政府の莫大な借金こそ「失われた30年」の真犯人だ=小林慶一郎(東京財団政策研究所研究主幹) https://news.yahoo.co.jp/articles/00230ae6e57d0968beb9eeffcaae4230b85c7104   どういうことでしょうか。 まず、小林氏は、こう言っています。 「(日本は)非常に大きな増税や歳出削減ができなければ、債務膨張が続き、債務比率は無限大に向かう。数十年以内には、ギリシャやアルゼンチンのような財政破綻が起きることだろう。」 しかし、ギリシャやアルゼンチンが財政破綻したのは、ギリシャの国債はユーロ建て、アルゼンチンの国債も外貨建てだったからです。 自国通貨建ての国債が返済不能になることは、あり得ません。そして、日本の国債は、自国通貨建てなので財政破綻はあり得ません。 あの財務省ですら 「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。」【註7】参照)と認め、ハイパーインフレの可能性についても「ゼロに等しい」【註8】参照)と言っています。 【註7】財務省・外国格付け会社宛意見書要旨 https://www.mof.go.jp/about_mof/other/other/rating/p140430.htm

【註8】財務省・S&P宛返信大要 https://www.mof.go.jp/about_mof/other/other/rating/p140530s.htm

  それどころか、当の小林氏自身も、自身が編著者となった『財政破綻後 危機のシナリオ分析』註9】参照)という本の中で、日本の国債がデフォルトしないことを認めているそうです(【註10】参照)。 註9】小林慶一郎『財政破綻後 危機のシナリオ分析』(日本経済新聞出版、2018) 【註10】2020年5月21日『Twitter』朴勝俊 https://twitter.com/psj95708651/status/1263322152402432000 では、財政悪化が続くと、どうして経済成長率が低下するのでしょうか。 小林氏の「理論モデル」が示したところによると、「将来、ギリシャのような財政破綻が起きるかもしれない、という不安があると、将来の危機に備えるために、消費者は消費を抑え、企業は投資を抑え、結果として『現在の』経済成長が低下する可能性がある」のだそうです。 ということは、「将来、ギリシャのように財政破綻するかもしれない、という不安」を払拭すれば、経済は成長する可能性があることになります。そして、日本がギリシャのように財政破綻しないことは、小林氏自身も認めています。 ならば、小林氏がやるべきは、「将来、ギリシャのように財政破綻するかもしれない、という不安」の払拭に努めることでしょう。 しかし、これまで小林氏は、財政破綻の不安をむしろ煽ってきたのではなかったでしょうか(【註11】参照)。 【註11】橋爪大三郎・小林家一郎『ジャパン・クライシス:ハイパーインフレがこの国を滅ぼす 』(筑摩書房、2014)   小林氏は、「財政悪化が経済成長率を下げる」という自説を補強するために、こう述べています。 「筆者らの研究は理論的可能性を示すだけだが、ハーバード大学のカルメン・ラインハート教授とケネス・ロゴフ教授は、過去の財政再建の事例などのデータを使って実証的推計を行った。彼らは『債務比率が90%を超えると、その国の経済成長率が1%程度低下する』という傾向があることを報告している。」 しかし、このラインハート教授とロゴフ教授の実証的推計というのは、後に致命的な計算間違いが指摘され【註12】参照)、本人らも誤りを認めたというので有名な代物なのです(【註13】参照)。 【註12】2013年4月22日『BUSINESS INSIDER』The Grad Student Who Took Down Reinhart And Rogoff Explains Why They're Fundamentally Wrong https://www.businessinsider.com/herndon-responds-to-reinhart-rogoff-2013-4 【註13】2013年4月18日『REUTERS』「国家は破綻する」著者らが誤り認める、米研究者らの指摘受け https://jp.reuters.com/article/tk8373247-global-economy-debt-idJPTYE93H04720130418   ちなみに、自身の黒歴史を小林氏に引っ張り出されちゃったロゴフ教授ですが、コロナ危機の中でのインタビューで、「あなたは、過剰な政府債務を懸念している人ではないの?」と聞かれ、「絶対に違う!」と激しく全否定しています。そして、「財政破綻の心配はない」「政府債務が5兆ドル増えたって問題ない」「その結果、インフレになったとしても、だから何だって言うんだ」とまで言い切っています(【註14】参照)。 【註14】『PBS NEWS HOUR』 https://www.pbs.org/newshour/show/economist-ken-rogoff-on-whether-the-u-s-has-ever-experienced-a-crisis-like-this-one   もっとも、日本では、過去30年間、財政悪化とともに、経済が停滞してきたのは事実です。 しかし、だからといって、政府債務が増えたせいで経済が停滞したとは言えません。なぜなら、因果関係が逆で、経済が停滞しているせいで政府債務が増えたという可能性もあり得るからです【註15】参照) 【註15】2013年5月7日『REUTERS』コラム:ラインハート・ロゴフ研究の誤りに学ぶ=サマーズ氏 https://jp.reuters.com/article/tk8339532-column-summers-idJPTYE94602L20130507   私は、後者の因果関係が正解だと思います。つまり、政府債務の多さは「原因」ではなくて「結果」に過ぎない。 だとするならば、政府債務を減らそうという処方箋は間違いということになります。 因果関係を間違えたら、これは大変なことになります。 例えば、コロナウイルスが蔓延しているからマスクをする人が増えているのに、もし、西浦先生が「マスクをする人が増えているからコロナウイルスが蔓延している」などという「理論モデル」を示し、政府が「コロナウイルスを減らすために、マスクをするのを自粛しろ!」などという緊急事態宣言を出していたら・・・考えるのも恐ろしいですね。 いや、その恐ろしいことが、日本経済では、実際に起きていたのではないでしょうか。

◼️経済学者が、未だに財政健全化を主張し続けるお粗末な理由

過去30年間、日本は、政府債務を減らそうとして、歳出抑制や増税を繰り返してきました。しかし、その結果、経済が停滞して税収が減少し、政府債務がかえって増える。それでまた、政府債務を減らそうとして経済の停滞を招き・・・という悪循環に陥ってきたというわけです。 それにもかかわらず、小林慶一郎氏に限らず、ほとんどの経済学者が、未だに財政健全化を主張し続けています。 それは、どうしてなのでしょうか。 実は、信じられないかもしれませんが、根本の問題は、主流派の経済学者が「貨幣とは何か」を正しく理解していないというところにあります。だから、彼らは、処方箋を間違えるのです。詳しくは、『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】』で分かりやすく解説していますので、ご覧ください。 貨幣を正しく理解していない経済学者というものは、ウイルスを正しく理解していない感染症の専門家と同じくらい危険です。 尾身先生は「感染症のプロ」と「経済のプロ」の両方が必要だとおっしゃりましたが、「経済のプロ」とされる主流派経済学者が、実は「貨幣」を正しく理解していないと知ったら、腰を抜かすでしょうね。]]>
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【大丈夫? ウィズ・コロナ時代の「髪」対策】リモートに映る薄毛の現実 https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/512649/ 512649 Wed, 27 May 2020 12:28:18 +0900 昨今、頻繁に耳にする「AGA」という言葉。薄毛、ハゲ…。呼び名は変われどいつの時代も髪の悩みは存在する。しかし、科学技術が進歩した現代には、自らの髪を利用することで自然に薄毛を治すことができる「自毛植毛」という治療法方法がある。その施術数がコロナウイルスによるリモート化によって増加傾向にあるのだとか…。 自毛植毛における権威であり、電子書籍『植毛の進化論! 本気で薄毛に向き合う人が読む本』を上梓したばかりの親和クリニック総院長・音田正光医師(※以下「音田氏」と表記する)に話を訊いた。

■リモートで顕著になった『人の印象は見た目が9割』という事実

新型コロナウイルス感染拡大による「外出自粛」を受けて、私たちの生活は公私ともに大きく変わった。多くの企業がテレワークを導入し、学校教育ではオンライン授業へのシフトチェンジがはじまり、プライベートにおいても「ZOOM飲み」などと称されるリモート飲みが定着しつつある。 これらのICT化には変化に伴うストレスこそあるものの、可処分時間の増加や経済的なメリットも実在するため、コロナウイルス収束後も我々の生活に根ざす可能性が高いと予測される。 しかし、そこには一つ問題もある。それは、リモート下においては「見た目の印象」がこれまで以上に重要になってくるということだ。 もちろんリアルの場でも見た目は大切だが、リモートではモニターに映るバストアップの固定された“絵”で人の印象がほぼ決まってしまう。マスクを着用している状況ならば、鼻から上の印象が全てと言っても過言ではないだろう。旧知の間柄ならそれでも良いのだが、リモートでの初対面となれば“写り”には相当気を使う必要があるはず。これが、薄毛に悩む人にとっては切実な問題になっているようなのだ。 「コロナウイルスによって患者さんが増えるというのは予想外でしたが、考えてみれば納得です。残念ながら人の印象は『見た目が9割』、モニターに映る『髪』はその人の印象を大きく左右します」 そう話してくれたのはAGA治療の最適解とも言われる「自毛植毛」において数々の実績を持つトップドクター、親和クリニックの総院長を務める医学博士・音田正光医師だ(※以下「音田氏」と表記する)。 自毛植毛とは文字通り、自身の後頭部から自分の髪の毛を再分配するAGA治療法であり、その自然な仕上がりと確かな効果が注目されている。その領域のトップドクターである音田氏によれば、かかるコロナ禍で、自毛植毛を行う人が増えているというのである。

■外出自粛が推進したICTとAGA治療

リモートを機に人に会う場が増えてきたので… ファッションや雰囲気で誤魔化せないから… 「このような患者さんのお話を聞いていると、憎きコロナではありますが…それがAGAに悩んできた方々の背中を押すターニングポイントになっていると感じます」 音田氏のもとへは様々な人が訪れるが、その多くはAGAに関する多すぎる情報に惑わされ、効果の弱い治療や自身に合っていない治療法を選んでしまいがちだという。そして、結果的に貴重な費用と時間を浪費してしまう。 しかし、AGAは進行性であるため、悩んだり無駄な治療をしている間にも症状は悪化してしまうのだ。 「悩んでいる時間が一番もったいないと感じます。早く来てもらえれば、その分移植する髪も少なくて済みます。つまり、手術時間や費用といった患者様のご負担を抑えることができるのです。『もっと早くやれば良かった』というのが、アフターケアで来院された患者様からよく聞く言葉です。もちろん嬉しいのですが、私としては『もっと早く相談に来ていただけていれば…』とも思ってしまうのです」

■新型コロナで社会が変化する中、自分は何を変えられるのか

残念ながら、新型コロナウイルスとの付き合いはもうしばらく続くことになりそうだが、人類はこれまでにも数多の困難を乗り越え、成長・繁栄してきた。事実、かつては「治らなかった薄毛」にも、今は「自毛植毛」という解決策が存在している。 「自毛植毛によって、薄毛は誤魔化したり隠したりするのではなく『治す』ことが可能になりました。私は医師ですが、薄毛に悩まれてきた方々に、髪とともに自らの人生を取り戻してもらうことが最大のミッションだと考えています。リモートをきっかけに、1人でも多くの薄毛難民がアフターコロナの人生を謳歌してもらえるようになれば、この上ない喜びです」 新型コロナウイルスによって失われたものがある反面、これを機に髪の毛を取り戻す。そして、それによって、自らの人生を好転させる。 「薄毛は病気ではありませんが、その悩みが大きいと心身に良くない影響を及ぼすこともあります。たかが髪、されど髪。コンプレックスを克服すれば自信がついて明るくなり、前へ進む力が生まれます。そして、それだけで人生が大きく変わることもあるのです。特に若い方は薄毛の悩みを解消することで、多くの可能性が拓かれる印象がありますし、年々増えている中高年や女性の患者様からも、術後、嬉しい報告を受けています」 ストレスフルな「#ステイホーム」期間の過ごし方については多くの著名人やアスリート、文化人が提案を続けている。また、この時間を前向きに捉えて、資格取得に励んだり健康的なライフスタイルへ変える方も多い。それと同じように、薄毛難民の方にとって「今」は、これまで悩み続けてきたAGAとお別れする最適なタイミングと言えるかもしれない。 一刻も早いコロナウイルスの収束と、薄毛に悩む方が前向きな一歩を踏み出せることを祈るばかりである。 [caption id="attachment_510499" align="alignnone" width="433"] 今回お話を伺った親和クリニック総院長・音田正光医師[/caption]]]>
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ちょい足し? 引き立て役? 美女ジャケ中の“男の後ろ姿”の役割 https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/509108/ 509108 Wed, 27 May 2020 17:38:29 +0900 「美女ジャケ」とは演奏者や歌っている歌手とはまったく無関係な美人モデルをジャケットにしたレコードのこと。1950年代のアメリカでは良質な美女ジャケに溢れており、ギリギリセーフなエロ表現で“ジャケ買い”ユーザーを魅了していたという。このたび『Venus on Vinyl 美女ジャケの誘惑』を上梓したデザイナー・長澤均が、魅惑の美女ジャケについて独自の考察を語る。  

■ロマンスの神さま、この男でしょうか

1960年代までの美女ジャケ黄金期には、男女の抱擁ジャケというのがけっこうあった。そういうロマンティシズムがまだまだ人々の心をくすぐったのだ。 ところが1970年代に入ると、ひとりの美女の大写しといったような、わかりやすく即物的なものばかりが多くなってしまう。なぜ、男女が抱擁するジャケは人気がなくなってしまったのだろう? それを探るには映画での「抱擁」の歴史をさかのぼってみることが、ヒントになる。   映画の草創期、抱擁やキスは一種の冒険でもあった。映画が発明されて間のない1896年のこと、あのトーマス・エディソンのスタジオは「The Kiss」という50秒の短編をつくる。これは劇場演劇でのキスシーンをそのまま撮ったものだが、話題騒然、大人気となった。 若くも美しくもない男女がキスし続ける映画なのだが、カトリック団体や婦人団体がこれに噛みついた。「人前で不必要に長いキスをすることは、公序良俗に反する」という趣旨で。結果、「The Kiss」は映画史上初めての上映中止作品となった。   しかし、人々が観たいものを提供するのが映画という娯楽だ。 キスシーンは1910年代には当たり前になり、男女の抱擁シーンは、1920年代後半からはどんどん扇情的になる。そこに大恐慌が来て、映画産業は観客減少を食い止めるために、より刺激的なシーンを盛り込むようになった。1929年から1934年までのハリウッド映画には、かなり扇情的なものや倒錯的な雰囲気を醸し出すものが多い。 そうなるとまたカトリック団体や婦人団体が抗議し出す。その抗議に対して映画産業が自主規制のカタチでつくったのが、1934年に施行される「ヘイズ・コード」と呼ばれる倫理規制条項だった。だから1934年以降の映画では、性的な表現は抑制されたものになる。   ヘイズ・コードは、映画での表現規制を事細かに決めた条文で成り立っているが、そこには異人種間の性的関係を示唆してはいけないとか、キスの仕方についてまで細かな指示を入れていた。 馬鹿げたことにキスシーンはフィルムの長さにして1フィート(約30センチ)以内と定められた。 保守派のモラルというのは、今も昔もともかく細かいところにまでじつにうるさいのだ。 だからヘイズ・コードが有効だった1950年代までのアメリカ映画のキス・シーンは短いし、上品さを保っている。ヒッチコックはキスシーンを短めにカットして検閲を逃れながら、それをうまくつないで情熱的なキスになるように編集した。   1960年代後半からはヘイズ・コードが効力を失い、キスや抱擁の演出にも規制がかからなくなったが、人間というのは規制が存在したほうが、その規制の限界を試みようとするものだ。ハードコアのポルノが解禁された1970年代初頭には、逆にキスや抱擁そのものが映画のなかで衰えていった。 同時期、“アメリカン・ニューシネマ”と呼ばれる一群の映画が登場する。ロマンスに収斂されてゆくハリウッド映画に対し、鋭利に現代を切りとる姿勢がこの種の映画の斬新さだったが、それは甘美なロマンティシズムを葬り去る役目も果たした。 これ以降、映画はロマンスは添えられはするもののアクションやホラーなど、より強い刺激に、あるいはよりシリアスなドラマとなって、古典映画の大恋愛や悲恋のようなものは、めっきり減ってしまった。だから映画そのものから古典的なラヴシーンが失われてしまったのである。   前振りが長くなったが、1950~60年代の美女ジャケに男女が抱擁写真が多いのは、まだロマンス健在という時代背景があってのことだ。 さて50~60年代に数多くリリースされた、ロマンティックな抱擁写真を使った美女ジャケの1枚がジョニー・ガルニエリの「Cheerful Little Earful」。モノトーン写真の地にピンクを敷いて、お洒落でモダーンな雰囲気だ。 [caption id="attachment_509109" align="aligncenter" width="640"]Cheerful Little Earful 「Cheerful Little Earful」[/caption]   ピアニスト、ガルニエリの演奏はジャズだが、タイトル曲はもともと歌詞がある曲で、内容は「ほら、耳元で繰り返されるちょっとした楽しい言葉があるでしょう。それは...きみを愛している...というフレーズ」といったようなもの。この写真は男性が耳元で「愛している」と言った瞬間なのである。 デザイン的に言うなら、後ろ姿の男性のトリミング、女性の顔のジャケに占める分量など、じつに見事。   ポール・ウェストンの「music for Romancing」もよく似た構図の写真だが、女性をジャケの下半分に入れ込んで、上にタイトルを置くための空間をつくっている。 [caption id="attachment_509110" align="aligncenter" width="640"]music for Romancing 「music for Romancing」[/caption]   この2枚を比べると、デザイン的にモダーンで新しい時代を感じさせるのは、圧倒的にガルニエリのアルバムのほうだ。 対象を大きく扱って即物的にしたほうがモダーンに感じる。デザインにおけるモダニズムとはそのようなもの。 ところでどちらも男は哀れというくらいに添え物扱いだ。美女の表情を、さらに彼女の情感を際立たせるための演出だから、これはしょうがない。   やはりモダーンで、さらにカジュアルな雰囲気もあるレス・バクスターの「Love is fabulous thing」では、男は無理矢理、顔を隠している印象だ。ともかく彼女の恋愛的情感の高揚がわかればいい、といった具合で、男はもう女性の頸(くび)に巻いた手だけでも充分という感じでもある。 [caption id="attachment_509111" align="aligncenter" width="640"]Love is fabulous thing 「Love is fabulous thing」[/caption]   ここまで紹介した3枚をデザイン視点で比べてみるとよくわかるのだが、ガルニエリとバクスターのアルバムの写真は、タイトル文字を置くための空間をつくってない。文字は、写真のどこかにレイアウトしているのだ。 それに対してポール・ウェストンのジャケ写真や、これから紹介する5枚のジャケ写真は、どれもタイトル文字を置く空間をつくっている。 デザイン的にモダーンだと感じさせるのは、圧倒的にガルニエリとバクスター。ということは、タイトル文字の配置を気にせずに写真を優位に立たせ、文字はさほど大きくなく、どこかに入れ込むといった手法のほうがデザインはモダーンになるということだ。 そしてもうひとつ、女性の顔を上向かせてセクシーに魅力的に撮るには、やはり男は女性の頸のあたりを責めないとね、ということ。 そんな攻略をしているとき、唇を閉じている女性なんてまずいない。ほら、みんな開いているでしょう?   そしてもっと情熱的な愛の瞬間を捉えたのが、こちらもポール・ウェストン楽団の「Music for a rainy night」。ちょっと古くさい雰囲気ながら、これはかなりエロいとも言える。 [caption id="attachment_509112" align="aligncenter" width="640"]Music for a rainy night 「Music for a rainy night」[/caption]   女性の喜悦にむせぶような表情(と「喜悦」なんて単語を思い浮かべるからエロく思ってしまうのか……)、そして雨の滴がしたたる濡れた窓。女性の顔の部分だけ、窓ガラスを拭いたという設定だが、おそらくこれは精妙な合成だと思う。 なぜなら滴は垂れるわけだし、女性の表情も最高の一瞬を捉え、拭いた箇所に滴が垂れてこない状態を撮るのは至難の業だから。 情熱的に手を回された男のほうは、されるがまま、なんか木偶の坊のようでもある。女性の圧倒的な情熱を前に躊躇している妻子持ちの男、なんてストーリーが浮かぶようだ。

■男の肉体は過去の思想の遺物にすぎない?

そうか! 美女ジャケには積極的な男はあまり登場しないのだ! 連載第5回でも取り上げた、巨大なパンを抱えて立つザビア・クガートのように、男が女性に興味を持っていそうだとエロオヤジに見えてしまう。センスの良い美女ジャケは、いかに美女を際立たせるかを第一にして、その他のものを控えめにしているからセンス良く見えるということなのだ。 ますます影のように、亡霊のようにしか存在しえない美女ジャケのなかでの恋愛模様の男たち。こちらもレス・バクスターの「Thinking of You」での男は、まさに亡霊、というかちょっと不気味。 [caption id="attachment_509113" align="aligncenter" width="640"]Thinking of You 「Thinking of You」[/caption]   ライティングに凝りまくるCapitolレコードの制作部は、このアルバムでも極端な光景をつくりだしている。これは合成写真なのだ。男性と女性はそれぞれ別々にライティングして撮っている。そうでないと女性の顔にこれだけ光を回しながら、そばの男性を暗く落とすことはできない。ブルーのバックも発色を良くするために合成している。 そして女性の上部にタイトルを入れる空間をつくるために、男性よりもかなり下に女性の顔がくることになってしまった。モダーン・デザインではなく古典的デザインなのである。 合成の証拠はもうひとつ、女性の目線が男性に向かっているようで、じつはかなりずれていることでもわかる。 いかにもな流し目を強調するための表情であり、これはけっして目の前の男を見ているわけではないのだ。そして、男は合成されたのだから実際にはそこにいなかった。 そんなわけで男はますます亡霊のように存在しているだけになってしまったのである。男の顔にも少し光を回しているのは、シルエットだけにしてしまうとあまりに不気味になってしまうので、少し表情も見せたということだろう。計算されている。   ところが男をシルエットにして、素晴らしい写真にしたジャケットもある。デヴィッド・キャロル楽団の「WALTZES, WINE AND CANDLELIGHT」。 [caption id="attachment_509114" align="aligncenter" width="640"]WALTZES, WINE AND CANDLELIGHT 「WALTZES, WINE AND CANDLELIGHT」[/caption]   カフェで再会のシーンだろうか?「やぁ、元気かい?」「そうね、あなたは?」なんて会話が聞こえてきそうだ。 スタジオ撮影で用意した小さなテーブルに、タイトルに合わせるように不釣り合いなキャンドルが置いてあるのが微笑ましい。そして女性はホルターネックのドレス。 筆者がいかにホルターネック・フェチかは、この連載で毎回のようにしつこく書いているが、やはり女性をセクシーに、かつ上品に魅力的に見せる最良のドレスは、ホルターネックでしょう! このジャケット写真は構図のうまさ、明暗の対比、どこをとっても一級だ。写真をモノトーンにしたのも正解で、これがレス・バクスターの「Thinking of You」のように発色の良いカラー写真だったら、かなり興ざめになったはずだ。 ここでは男は影ではあっても亡霊ではない。デザイン的、物語的に重要な「シルエット=輪郭」なのである。 ただしこのアルバムは音楽の企画内容からジャケまで、ある作品のパクリというか二番煎じだった。その作品とは、ムード・ミュージック界で「ワルツの王様」と謳われたウェイン・キング楽団の「MELODY OF Love」である。 [caption id="attachment_509115" align="aligncenter" width="640"]MELODY OF Love 「MELODY OF Love」[/caption]   デヴィッド・キャロル楽団のアルバムと同じ年、少し前にリリースされたこちらは、ソファの背もたれ越しに女性が男性に話しかけている。「ねえ、踊らない?」といった感じだろうか。 モノトーンの写真で女性がホルターネックのドレスという共通点。しかもワルツ専門でもないデヴィッド・キャロル楽団がワルツのダンス・アルバムをつくったのは、あきらかにウェイン・キング楽団の人気を意識してのことだった。 デザイン的には文字の置き方、フォントのセンスで「MELODY OF Love」のほうが勝っていると言えるだろう。1950年代の古典的美学が見事に集約されたような写真とジャケット・デザインである。 ウェイン・キング楽団にはもう1枚、男女のロマンスをジャケにしたアルバムがある。やはり全編ワルツのムード・ミュージック、「the night is young」だ。 [caption id="attachment_509116" align="aligncenter" width="640"]the night is young 「the night is young」[/caption]   こちらもモノトーン写真だが、構図的にはむしろレス・バクスターの「Thinking of You」に近い。女性はイヴニング・ドレスで盛装しているから、パーティ会場の階段だろうか。男性はほんの少しの後ろ姿だが、木偶の坊でも亡霊でもなく、なにやらプレーボーイくさい。そんな男に強烈な流し目を送る女性。その眼力たるや!   いやはや、男なんてものはどんなシチュエーションでも、女をひきたたせるための添え物にすぎないのかもね。ともあれ、美女ジャケで流し目されたり、あるいは抱擁する男は、みなトリミングされてほんの一部しかジャケの画面には残らない。 いや、ほんとうはいなくてもいいのかもしれないが、女の愛の物語を補完するためにじつに控えめに存在している。 まるで主人公たる美女に言われているようだ。「私の物語の一部として、画面の隅に少しだけ入れさせてあげるわ」なんてね。 かつて漫画家のひさうちみちおが、いみじくもその漫画のふき出しに書いたように「男の肉体は過去の思想の遺物にすぎない」ということなのだろう。]]>
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ルームメイトは国際色豊かな4人の女性たち https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/11301/ 467492 Wed, 27 May 2020 15:39:35 +0900 FC2でライブ配信を行い、2019年6月に公然わいせつの容疑で逮捕された広瀬ゆうさん。彼女は配信で7000万円ものチップを稼いだと報道されたが、その真相はどうなのか? 彼女が配信を始めたきっかけから、配信生活について、そして逮捕から留置所の生活や取り調べについてなど、この連載では配信の裏側とともに全部まとめてお送りします!  

 ■留置所で出会ったルームメイトたち♪

 
  にこにこハロー♪ FC2でアダルト配信して逮捕されちゃったYouTuber・広瀬ゆうです。   この連載ではまさにタイトル通りのことを綴っていくものなんですけど、前回は留置所生活のタイムテーブルを紹介しましたが、今回は“同室”になった、愉快なルームメイトたちをご紹介しましょう。   同じ部屋にいたのは、私の他に4人。   1人目は、東京の弁護士事務所で働いてた事務員さん。40代後半の女性です。   数年前に犯した何かの事件の共犯者として捕まって、北海道からわざわざ連れて来られたとか!?   留置に入ったのも初めてではなく、実は何度もあるというベテランさんで、「そんなにあるんかーい( ゚Д゚)」と驚きました。   仕事柄、法律に結構詳しくて、私の事件に関してもあれこれアドバイスをしてくれて、不安な毎日を過ごす中、心の支えになりました。       2人目は、ベトナム人女性。30歳の誕生日を留置所の中で迎えたアラサーちゃんです。   オーバーステイで捕まったそうです。   カタコトの日本語で、一番最初に話しかけてくれた人です。   「アナタはナニジンデスカ?」 「日本人だよ」 「ナマエはナンてイウンデスカ?」 「……」   名前は言えるわけないだろー(-_-;) と思いましたが。。。       3人目は、40歳のフィリピン人。とても40歳には見えないキレイな人。   子供が3人いるお母さんだそうですが、なんと罪状は大麻の所持。   でも本人曰く、友達から預かっただけで、使ってはいなかったとのこと。   最初に留置場に来たときは、「子どもがまだ小さいのに家に置いて来ちゃった。パパにも事情説明しないまま来てるから、驚かせちゃう。どうしよう」   そう言って、目が腫れるくらいに泣き崩れていました。   その姿を見ていたら私までもらい泣きしそうでしたよ(涙)       4人目は、50代後半の中国人女性。   翌日、故郷の上海へ旦那さんと帰る予定だったところ、窃盗罪で捕まったそうです。   この方も初犯ではありませんでした。5年前にも1回、同じようなことをして捕まったと言ってました。   塀の中の懲りない面々って本当にあるんだなーと驚くばかり。   みんな他の人がどんな罪状で入ってきたのかが気になりますよね。   狭い部屋の中で1日中一緒にいると、当然聞き合います。で、お互いのことをすごく詳しくなるのです。   罪状以外にもいろんな話をしました。   「普段はどんな生活してるの?」とか、「もし外に出たら何がしたい? 何が食べたい?」とか。

■ルームメイトたちの「外に出たら一番やりたいこと」

 
  「外に出たら一番やりたいこと」については、他の人は、「故郷に帰りたい」とか、「早く子どもに会いたい」でしたが、私は「自然の空気を吸いたい」でした。海を眺めたり、森林浴したり……。   朝から晩まで外の空気を吸わないでいると、こんな風に感じるもんなんだなぁ、と思いました。   「外に出たら食べたいもの」ランキングに上がったメニューはケンタッキーフライドチキン、焼き鳥、ビール、ポテトチップス、お菓子……などなど。   私は、美味し~いお寿司か、ミックスナッツが無性に食べたかったですね(^^;)   それにしても、食べ物系の話題はどこにいても盛り上がるものなんですね(笑)   そんなこんなで暗い話はほとんどしなかったな。       (なぜか、あだ名で呼ぶ習慣があるみたいで、私もあだ名をつけられました。「めいちゃん」です(笑)。どこからどう「めいちゃん」に行きついたのかは不明ですが……( ̄▽ ̄;))   なので、部屋では時々大笑いも起こります。すると、「〇室うるさい! 静かにして!」と、担当さん(女性刑務官)から怒りの声が飛んできます……。   なんだか学校みたいですね。   留置場の中は必ず数人の刑務官が滞在していて、交代で見回りをしたり、事務管理をしたり。   別室での取り調べのために、手錠をしてから連れ出して、担当警察へ引き渡したすのも刑務官の仕事です。   業務がたくさんあるお仕事なんですね。毎日忙しそうでした。   だから、忙しそうなときに、「担当さん、ティッシュ下さい」とか「おりものシート下さい」とか頼み事をすると、すごいイライラしながら渡してきたりするので、これでも結構、気を使ってましたよ(笑)   本当にいつもお疲れ様です。お世話になりました。   あっ、おりものシートで思い出しましたが、女の子の事情の“生理”の話です。   生理が来たのは、釈放される3日前。「え~! まさかのこのタイミングで来るとは」朝起きたら血が出ていてズボンにも染みていて……。   お風呂に入れる日じゃなかったので、キツかったですね(トホホ)。   当番の女性警察官に伝えると、「(衣類は)自分で洗って」と言われて、(お湯は出ないので)水でゴシゴシ洗いました。   さすがに、洗い終わると乾燥機にはかけてくれました。   もうひとつ印象的だったのは、留置所内で薬を飲む人が多いこと。私は一切飲まず、同室の人も飲む人は少なかったのですが、他の部屋では、毎朝毎晩、睡眠薬や頭痛薬、便秘薬、精神安定剤、その他様々な処方薬……。   「飲みすぎは体に良くないでしょ」って思うくらい飲んでました(汗)   全体的な感想として、私の部屋は平和だったのではないでしょうか。お陰様で平穏無事に過ごせましたって感じですね!   というわけで留置所ライフをお送りいたしました。       次回からは取り調べなどをお伝えしていきますので、お楽しみに!  ]]>
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逮捕後に移送された先は……沢尻エリカさんと同じ湾岸署! https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/11295/ 467142 Wed, 27 May 2020 15:40:51 +0900 FC2でライブ配信を行い、2019年6月に公然わいせつの容疑で逮捕された広瀬ゆうさん。彼女は配信で7000万円ものチップを稼いだと報道されたが、その真相はどうなのか? 彼女が配信を始めたきっかけから、配信生活について、そして逮捕から留置所の生活や取り調べについてなど、この連載では配信の裏側とともに全部まとめてお送りします!  

■まずは留置所のタイムテーブルをご紹介!

 
  にこにこハロー♪ FC2でアダルト配信して逮捕されちゃったYouTuber・広瀬ゆうです。 この連載ではまさにタイトル通りのことを綴っていくものなんですけど、今回からは、いよいよ! 逮捕されちゃった感たっぷりの留置所生活について書いていきたいと思います。       ちなみにこのコラムを読んでいる皆様ですが、逮捕されちゃった方とか留置されちゃった方ってそんなにいないのではないでしょうか?   「留置所ってこんな感じになってて~」とか日常会話でも話さないでしょうから、きっと中のコトを見聞きする機会は人生でも多くないはず。というわけで、私の留置所ライフをご紹介してきますね。       さて、最初は綾瀬警察署に連れていかれた私ですが、移送されて留置されたのは湾岸警察署でした。 移送前には、「湾岸署の留置場は特に厳しいから」と、綾瀬警察署の警察官や留置場で一緒だった人から聞かされていました。   「えー、そうなんだ~。イヤだな……」と思いつつ、実際収容されてみると、確かに、警察署の中は慌ただしく、毎日ピリピリモード。   担当さんによって違いはありますが、いろいろ厳しかったように思います。       まずはタイムスケジュールについて書いてみます。   【6:00】起床 朝が早いんです……。 起きたら布団を片付けて、順番に歯磨きと洗面。 その後は、読書。担当の刑務官からタイトル名と著作者名が100個ほど記載してある用紙を渡されるので、その中から1冊選べる仕組みです。       【7:00】朝食 手作り弁当です。 ご飯、みそ汁(即席みそ汁です……)、漬物がちょこっと、オカズはハムカツ、コロッケなど揚げ物が多かったです。 私は普段、朝食を食べないので、ほとんど残していました。 いや、他の人も残していることが多かったですけどね……。だって朝から揚げ物って、なかなかヘビーですよね。 ちなみに朝食時間はあっという間。10分くらいで終わりです(・・;)   朝食の他に、温かいお茶と白湯が出ます。 これがとても大事。 だってその後、昼食までの数時間、水分を摂るチャンスがないんです!! だから、ここでたくさん(といっても2、3杯ですが)飲み溜めします。 目玉のおやじが入ってるようなお碗で(笑) 普段、私は毎日2リットルくらい水分を摂るので、うちの冷蔵庫の中身の大半は、炭酸水とお茶!! だから最初の頃は「飲みたいときに飲めない」というのがめっちゃキツかったです……(;´д`)       で、午前は本とか読んで時間を潰して。 お風呂に入れる日は入浴です。 でも、これもまたキツくてキツくて……。だって、入れるのが週に2回だけなんですよ! 私は1日に数回シャワーを浴びるくらいのきれい好き……。だから、夏の時機でしたし、ホントに過酷でした(;´・ω・)   ここに関しては最後まで耐えられるか心配でしたが、留置所内はクーラーがきいていて、あまり汗をかかなかったことが救いでした(笑) 1回のお風呂の時間は20分。この短い間に、髪と体は3回ずつ洗いました。 毎日入れないので、洗い溜めです(苦笑) それにしても抜け毛がいっぱいでびっくりでした……(笑) 毎日洗えないからなのか、ストレスなのか、それは今でも謎です。   そして、着替えも1週間に2回です。 着替えをするだけで気分も変わり、リフレッシュしますので、断らずに必ずしていました。
  【12:00】お昼のランチ メニューは毎日同じ。食パン3枚、ジャム、マーガリン、250mlのジュース、白湯。   ここでみなさんに質問です。 ……トーストされてない食パン、毎日3枚食べられます?(笑) ゆうは2枚で精一杯でした( ̄▽ ̄;)   あと、意外と違和感があるのが、ご飯を食べ終わる時までずっと監視されてること。 これは、食べづらかったなぁ(笑)。 そこまで監視されるんだ(-_-;)……と思いましたね。   その後は、警察の取り調べ以外は、ひたすら本を読んだり。 その他、運動不足にならないように、ストレッチや筋トレなど体のケアをしていました。 そのうちに同じ部屋の人達も、真似して一緒にやるようになってきましたので、みんなで和気あいあいと運動していました。   そして、そんなこんなしていると夕食の時間がやってきます。 12時の昼食後に約4時間半くらいしか間がないのに……はやっ!! 警察の取り調べがある時は動いていないので、お腹が空いていない状態からの、美味しくないお弁当です……((+_+)) 内容は、白米に揚げ物中心。おかずは、コロッケ、ハムカツ、鳥の唐揚げなど。   ちなみに、衣、多めです( ;∀;) 野菜は、漬物が少しとキャベツの千切りが少し。生野菜とか果物食べた~い"(-""-)"ってなりました。 そして、冷めているんです。夏だったからまだいいですが、冬はつらいだろうなあ。 そんなこんなで、夕食もほとんど残してしまいます。   なのですが、17時以降は何も食べられないのです。おやつ好きのゆうは、夜中お腹ペコリんでした(笑)。 なんせ、次の食事は朝7時。14時間も空きますから。   やせてしまう……( ;∀;)   夕食もすぐに食べ終わり、かなり暇な1日が終わって就寝です。 就寝前は、部屋の人たちと雑談しながら寝る前のストレッチをしたり、就寝前の洗顔や歯磨き。布団は別の部屋から各自持ってきて敷きます。       【21:00】就寝時間 早いですよねー。 今時、小学生でもこんな時間に寝ないですよね。普段は夜型なので、すぐには寝つけない日々でした。 部屋の人たちとは就寝時間帯は話してはいけないことになっていたので、眠れないときはまたまたストレッチ。留置場で1日何回ストレッチしてるんだろ(笑)   そうそう。この就寝時間帯に、隣の部屋からものすごい悲鳴が聞こえてきたことがありました……。   「なんだ、なんだ!?」と飛び起きて聞き耳を立てていたら、刑務官が2~3人駆け寄って、事情を聞いていました。 どうやら原因は、隣の部屋の女性が寝ていた女性を襲ったとか何とか……。 その後、叫び声を上げた人が騒ぎ出して、手や足でドンドン音を鳴らして叫んだりと……パニック状態。 刑務官が連れて行き、一件落着となりましたが、その夜は全然寝れなかったです。 少し後に、同じことがもう一度起こりました。最悪でした(-_-;)  ]]>
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安倍晋三はなぜ平気で嘘をつけるのか。安倍政権に巣食う諸悪の根源を暴く。「政治家の条件とは」「言葉の信頼性とは」 https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/3722/ 456206 笑うに笑えない!安倍政権の残酷すぎる真実。
作家・哲学者の適菜収が最新刊『安倍でもわかる政治思想入門』を満を持して発売する。
政治家の条件とはなにか? 言葉の持つ信頼性とは何か?
この大きな問いをなにも意識することなく政治家を続ける安倍晋三の正体を暴く。
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Wed, 27 May 2020 10:22:36 +0900 [caption id="attachment_516376" align="aligncenter" width="639"] 我が国の総理大臣、安倍晋三[/caption]
政治とはなにか? それは国を治めるということです。 権力を動かすということです。 権力の動かし方を間違えると、大変なことになります。 戦争になったり、国が貧乏になったり、社会が混乱する。 だから政治家の責任は重大です。 私は必ずしも政治家に歴史や経済、文化に関わる高度な知識が必要だと は思いません。 政治家には判断能力があればいい。 判断の基盤となるのは、常識です。それと人間を知ることです。 とくに議会主義を採用しているわが国においては、フェアな議論を行うことができる人間が求められます。 もっと言えば、普通の人間であればいい。 きちんと挨拶ができる、人の話をきちんと聞く、お行儀よく食事をする。 それと、小中学校の社会科の授業で習う程度の知識があれば十分です。 でも、この程度のハードルさえクリアできない人たちがいる。 一九四五年七月二六日、アメリカ合衆国大統領、イギリス首相、中華民国主席の名において大日本帝国にポツダム宣言が突きつけられます。 八月六日にはアメリカ軍により広島に、八月九日には長崎に原子爆弾が投下される。 そして八月一五日、玉音放送により、日本の降伏が国民に公表されます。 義務教育で習う、一般常識です。 しかし、本文でも述べるように、「ポツダム宣言というのは、米国が原子爆弾を二発も落として日本に大変な惨状を与えた後、『どうだ』とばかり(に)たたきつけたものだ」などと語るような人間が政治家をやっている。そして、不幸と間違いが重なれば総理大臣にまで上り詰めてしまう。 これは危険です。 二〇一〇年八月一九日、総理大臣の菅直人は「昨日事前に予習しましたら(防衛)大臣は自衛官ではないんだそうですね」「改めて法律を調べてみたら(総理大臣は)自衛隊に対する最高の指揮監督権を有すると規定されている」と発言。文民統制も自分が自衛隊の指揮権を持っていることも知らずに総理大臣をやっていたわけです。アメリカやロシアの大統領が、自分が軍隊のトップであることを知らなかったら、世界は一瞬でひっくり返る。 二〇一六年五月一六日、総理大臣の安倍晋三は、他党の議員を「勉強不 足」と罵倒しながら、「私は立法府の長」と発言。 自分の権限を知らない人間が、わが国では権力を動かしている。 世界はすでにひっくり返っています。   本書の目的は、安倍個人をバカにしたり揶揄することではありません。 たしかに安倍には基礎的な素養はないが、そこを指摘して溜飲を下げていても仕方がない。 病んでいるのは、ああいうものを増長させたわれわれの社会です。 本書では現在のわが国が抱える問題をあぶり出すために、安倍の発言を検証していく。 ドイツの哲学者フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(一八四四~一九〇〇年)は言います。 「ただ私は個人を強力な拡大鏡として利用するだけだ。危機状況というものは広く行きわたっていてもこっそりしのび歩くのでなかなかつかまらない。ところが個人という拡大鏡を使うとこれがよく見えて来るのである」(『この人を見よ』) 「またこれと同じ意味において私はヴァーグナーを攻撃した。もっと正確に言うと、すれっからしの人を豊かな人と取り違え、もうろくした老いぼれを偉人と取り違えているドイツ『文化』の虚偽、その本能−雑種性を私は攻撃した」(同前) 安倍という個人を通して見えてくるものはなにか? われわれはその「虚偽」を直視する責任がある。      ]]>
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