BEST TIMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ https://www.kk-bestsellers.com/ ja Copyright(c) 2003 - 2020 BEST TIMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ All rights reserved. Fri, 29 May 2020 11:34:31 +0900 20代の賢い買い分け「コンビニ、スーパー、ドラッグストアで、何を買って何を買わない?」 https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/512628/ 00512628 本当に高齢者向けだけでいいの? 若者にも楽しいコンビニの方が、皆さんにとって魅力的じゃない? もちろん、現状のコンビニのメイン客層は40~50代となっていて、高齢化社会に、寄り添った施策が人口動態とともに多くなっているのは、昨年末に発刊した、渡辺広明氏の最新作『コンビニが消えたなら』で述べてきた。でも…。 自身らも50代コンビである、著者:渡辺広明氏&編集担当者は、本書では書ききれなかった新たな命題、「以前は、何があるんだろうって、もっとドキドキワクワクしてコンビニ行ってなかった?」「今の若者感性の品揃えにも注力すれば、さらに魅力的になっていくのでは?」という仮説に気づいてしまったのです。 そこで、若者研究マーケティングアナリストの第一人者、原田曜平先生に対談をオファー。原田先生が率いる20代のインターン研究員5人も参加して、様々なアイデアを練ってみました。 昨年末に発刊した『コンビニが日本から消えたなら』を自ら否定するわけではありません。ただただ素直に、その先がどうしても見たくなってしまったのです。デジタル版でのスピンオフ企画で、この欲求を補完してみました。 では、連載第2回目をどうぞ!!
[caption id="attachment_512630" align="aligncenter" width="640"] 著者:渡辺広明氏、原田曜平先生、今回の対談に参加してくださった大学生インターン研究生:佐藤利奈さん(青山学院大学4年生)、宮本恵理子さん(早稲田大学4年生)、相馬海里さん(明治大学4年生)、内山澪さん(東洋大学4年生)、伊藤光輝さん(法政大学4年生)[/caption]

■20代の消費行動と心理から、コンビニで「買い」な商品が見えてくる 佐藤お菓子はスーパードリンクはドラッグストアコスメとお酒はドン・キホーテ。ジャンルごとに価格が安くなっている所へ買い物に行きます。 原田:大学生にとって安さというのは前提となっているから。 渡辺:原田先生、今お小遣いってどうなっているんですか? 原田:バイト代の収入(注1)とか合わせると、大学生の平均は6万円くらいでしょうか。ここは、あまり変わってないです。携帯も彼らの世代にとっては昔からあるんで、携帯代も親が出している率が日本は高いですよ。収入はここ10年~15年くらいでそんなに変わってないですよ。 ※注1:独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)の平成28年度学生生活調査より 学生のアルバイト収入は2万9675円/月 相馬:スーパーは品揃えが豊富なので、「何を飲むか決まっていないけど、お酒を買いたい」という時に行きます。デザートや惣菜、お菓子もこれという目標がない時はスーパーに行きますね。 渡辺:スーパーのデザートを買うって珍しいような気もするけど。 相馬:時間とかで安くなったりするじゃないですか。夕方の50%OFFとか。とりあえず値段重視な時にはよく行きます。 原田:経済観念のより強い子、例えば、一人暮らしをしている子などは若者でもスーパーに行く。安さという部分では、コンビニはスーパーに取られちゃっているんだね。 渡辺:逆に、スイーツだけは、コンビニの方が付加価値ありってなってるんだね。   宮本:ドラッグストアでは化粧品を。コスメは特に安さよりも自分に合った欲しいものを選びたいので品揃え重視です。お酒とお菓子は安さ重視でドンキで買います。ドンキは店舗数が多くはないので、完全に目的意識を持って買いに行くぞ~って感じです。逆に、コンビニはこれを買いに行くぞって目的がなくなっていますね。 原田:コンビニは最終手段か暇潰し、という意味合いが強いのかな。 渡辺:ふらりと寄るってことはあるの? 一同:あります。 原田:以前のスタイルは、もっとふらりだったんですよ。雑誌立ち読みしたり、新商品あるかな~って。もっとドッキドキする所だったんですよ。今は競合も増えているので、最終手段的な側面も増えているのかもしれないね。 渡辺コンビニって若者世代の店って言われていたんですよ。1990年代まで。 一同:え~っ???     渡辺:今はシニアの店になっちゃったんですよ。昔は女子高生の意見をマーケティングして商品開発してたんですよ。安室奈美恵ブームのあたりは。   Column 渡辺広明氏著『コンビニが日本から消えたなら』より抜粋 来客店の3人に1人が50歳以上! いまやコンビニはシニア層が主力客 1970年、日本は「高齢化社会」に突入しました。その後も高齢化率は上昇を続け、1994年に「高齢社会」、そして2007年からはついに「超高齢社会」 を迎えています。高齢者とは65歳以上の人を指します。総人口に占める高齢者の割合(高齢化率) によって高齢化の進行具合を示す呼び方が変わり、高齢化率が7%を超えると高齢化社会、14%を超えると高齢社会、21%を超えると超高齢社会と呼ばれます。 内閣府が発表した「令和元年版高齢社会白書」によれば、2018年10月1日現在、日本の総人口は1億2644万人。そのうち高齢者は3558万人で、高齢化率は 28・1%です。今後も高齢化率は増加傾向が続き、2036年には 33・3%、 つまり3人に1人が高齢者になると予測されています。 社会の縮図たるコンビニにも、当然ながら高齢化の波が押し寄せています。 下の数字は、セブン-イレブンが公表している来店客の年齢分布です(図④)。 最も高い年齢層が50歳以上という括りのため、高齢者より若い層も含まれていますが、年齢分布の変化は歴然です。 1989年は、20歳未満と20~29歳だけで6割を占めていて、50 歳以上は1割未満でした。しかし2004年になると、50歳以上の来店客が2割を超えるようになり、2017年に至っては4割に届こうかという勢いです。つまり、この30年の間に、コンビニの主力客が若者から高齢者へと一変したのです。 ただし、高齢者の来店が増えた理由は、 単純に高齢化率が高くなったからだけではありません。国土交通省「健康・医療・福祉のまちづくりの推進ガイドライン」 によると、高齢者が休憩をしないで歩ける歩行継続距離は約500~700メートルだそうです。 生活圏が狭まったとき、スーパーとコンビニのどちらが生活圏内で利用しやすいかというと、当然店舗数で上回るコンビニなのです(※コンビニは全国5万8669店舗、スーパーは全国約2万2217店舗)。 また、コンビニは単身者の利用が多いため、取り扱っている食品も単身者を意識 した小分け包装を多く用意しています。これが、高齢者の需要を満たしたという点も大きいのです。「令和元年版高齢社会白書」によると、 65歳以上の人がいる世帯 は2378万7000世帯。このうち、夫婦のみの世帯が 32・5%と最も高く、次いで単独世帯が 26・4%です。老夫婦や単身高齢者にとって、少人数用の商品が並ぶコンビニは〝ちょうどいい〟のです。

■スイーツとワンハンドが「コンビニ買い!」のキーワード

原田:では、若者はコンビニへ何を買いに行くのか? 佐藤:コンビニで買うのは、コンビニスイーツ。新商品の情報やお得なクーポンが届けられたり、新商品の試食会などのイベントに参加できるなど、コンビニスイーツをテーマとした一般ファン参加型のSNSによる情報発信プロジェクトが各コンビニで盛り上がっていて、それがすごく話題となっています。 原田:どこのが一番美味しいとかあるの? 内山:個人的にはローソンですね。 渡辺ロールケーキで始まって、去年バスチーをヒットさせて。ゴディバとのコラボもね。ローソンとファミマは女性向けの商品開発に力を入れています。ただし、男性もターゲットに含んだ定番スイーツが少なくなってきているんですよ。27年間、僕が買い続けたエクレアがなくなったんです、ファミマの店頭から。ファミマに行く回数が減っちゃいましたね。 原田:女子ウケのものの方がインスタに載って広がっていく可能性が高いから。 渡辺:女子に火が点いたものには男子がファンとなっていくので、間違った戦略ではないのですが。さまざまなタイプのお客さんの日常に応えるというコンビニの方向性を鑑みると、男女比のバランス感覚を見直すべき時が来ているというのが、私の見解です。 原田:実はこの数年、様々な業界で「男性消費」へ注目が集まっています。化粧品業界でも、まだまだ数は物足りないのかもしれないけれど、男性化粧品が続々と生まれています。よく考えてみると、これは良いことかどうかは分かりませんが、男性の方が収入は多いし、コンビニにおいても男性の方が消費単価が高いはずです。 渡辺:各社男女の客単価は公表していませんが、業界では、財布の紐は女性より男性が緩いので、タバコ単品買いの購買者を除くと10%程度高いと言われています。 宮本:あと、おにぎりとかの軽食も買います。 原田:コンビニのご飯って美味しいの? 宮本:美味しいです。 渡辺:コンビニ食は相当進化しています。僕らの頃は、コンビニでお弁当を買っていたんですけど、若い世代のみなさんは、弁当じゃないんですよ。ワンハンドでいけるもの。 原田:スマホを四六時中触っているジェネレーションZのみなさんにとっては、ワンハンドがキーですよね。だからタピオカが流行ったという側面もある。 宮本:おにぎりとか肉まんとか。確かに弁当を買っているのはサラリーマンの方しか見たことないかも。 伊藤:僕買ってます。帰ってから家で食べる時。 原田:美味しい? 一同:美味しいです。 渡辺:セブン美味しいって言う人多いよね。 一同:セブン美味しい~!! 原田:そんなに差がある? 一同:あります!! 内山:私もお弁当を買います。普通のも買うんですけど、『金の』でおなじみのセブンプレミアムゴールドや、ファミリーマートのお母さん食堂の商品の方が頻度高く買いますね。レンジで温めるだけなのに、すごく美味しいので、コンビニも進化しているなって、買うたびに感じます。 渡辺:家庭でお皿に盛り付けしたなら、これ、手作りとしか思えないですよね。ただしファミマの惣菜パッケージはもう少し若者向けになるとみなさん的には嬉しいのでは…。セブン-イレブンは、価値のあるPB商品をという号令を出し、セブンプレミアムゴールドをスタートしました。このプロジェクトは素晴らしいことですよね。  

■コンビニでしか買えない限定モノはクオリティが高くウケている。そして「シェアできる」モノも購買意欲を掻き立てる

佐藤:あとは、雑誌のコンビニ限定付録など、コラボ商品が最近すごくあり、これも私たちの周りでは話題になっています。他にはお泊りセット緊急用とローソンで売っているミニコスメを購入しています。 渡辺:コンビニでしか買えない限定商品が多いからね。ローソン限定ポーチイン つながるインテグレートとか。二つに分かれているやつ。可愛いですよね。   [caption id="attachment_512643" align="aligncenter" width="320"] ローソン限定 ポーチインコスメ つながるプチクレヨンシリーズ インテグレート ボリュームバームリップ N ミニセット 550円(税込)
色っぽい唇を簡単に描けるペンシル形状の2色セット。コレクション16までのカラーバリエーションで発売中。つながるクレヨンシリーズのアイシャドウ、チークともつなげることができ、自分好みの組み合わせにして、持ち運びが楽![/caption]   佐藤:そうです。それすごく便利です! 原田:これも安いものか、付加価値の高い商材、どっちかを買うって感じか。 渡辺:ここでしか買えないというポイントがあると買うんですよね。セブン-イレブンの中本の蒙古タンメンのカップラーメンみたいな。 原田:我々の青春時代は、なんでも買えるという、コンビニの普及期。いつ行っても、こんなに買えるってことに感動した世代なんだけど、今の子たちは、それがベースで当たり前になっているんで、そこでしか買えないっていう付加価値がないと行かなくなっているという。この時代の変化は大きいですよね。 渡辺中本の蒙古タンメンのカップラーメンや一番搾りのセブン-イレブン限定BOSSのローソン限定ハーゲンダッツのファミリーマート限定といったものが売れている。NPB(ナショナルプライベート)商品がとても人気ですね。   Column  渡辺広明氏著『コンビニが消えたなら』より抜粋 コンビニ限定のコラボ商品「NPB」と「トライアングルPB」とは? コンビニの魅力を取り戻すため、今後は各社ともに新たなPB開発に力を注ぐ必要があります。それは、私が「NPB(ナショナルプライベートブランド)」や「トライアングルPB」と呼んでいる商品です。 NPBとは、PBのようにその店舗にしか置いていないコンビニ限定のNB(ナショナルブランド)です。たとえば、2018年10月、セブン-イレブンはサントリーと共同開発して缶コーヒー「BOSS」の店舗限定商品「セブンプレミアム× サントリーBOSS『セブンズボス』」シリーズを発売しました。既存のブランドイメージにコンビニ限定という付加価値を与え、さらに価格もNBの「BOSS」 より安く設定されています。 一方、トライアングルPBとは、コンビニを含めた3社によるコラボ商品です。 セブン-イレブンでは、2000年代初頭から札幌ラーメンの人気店すみれと日清食品と共同開発してカップラーメンを販売するなど、早い段階からトライアングル PBの開発を行っています。 また、セブン-イレブンでは冷凍食品においても「蒙古タンメン中本」とコラボ商品を開発するなど、魅力的な商品づくりが目立ちます。近年は冷凍技術の進歩によって味も著しく向上しています。このため、コラボ商品では従来の商品よりも単価を高く設定しても十分な購買が見込めます。 なお、コンビニには商品開発のプロジェクトチームが存在します。1つの商品を開発するために、食品メーカーと原材料メーカー、そして工場などと協力しているのです。一方、それ以外にも、もう少しライトなマーチャンダイジングのチームがあり、同じく原材料メーカーや工場と協力しています。私がローソンのバイヤーを務めていたときも、日本製粉や日本ハム、キユーピーなど5社とチームをつくり、 ベーカリーの開発を行っていました。   伊藤:最近、友達を観察していて気づいたのが、ほとんどの女子は授業の合間の休み時間にみんなで分けられるプチお菓子を買っているということ。 原田:みんなで分けられるってところが重要なポイント? 伊藤:いろんな味を楽しめるのがいいと。さらに高校に隣接したコンビニで観察してみると、男子の運動部の子たちが、紙パック、 ペットボトルの飲料を買っていて、女子はジップロックタイプの少量のお菓子を買っていました。短時間で食べ切れ飲み切れる物、ということもキーワードだと感じました。 原田:女子には「お菓子をシェアする」カルチャーが昔からあったと思います。さらに、SNSの普及により、シェアする様子やシェアしたモノをSNSで他の人ともシェアする文化が広まった。シェアをシェアすれば、友達が多いことを周りの人にもアピールできる。SNSでの繋がりが増えたからシェアする機会がさらに頻繁となっているのでしょう。なので「見栄を張れるモノ消費」から「友達とシェアできるコト消費」の方向へと、君たちジェネレーションZの購買衝動は強くシフトしていったということなんだね。今後、アフターコロナの時代、安全にシェアするための包装形式は進化する必要があるだろうけど、友達と繋がっていたいというみんなの気持ちは強いまま変わらないだろうからね。 第3回へ続く]]>
Sat, 30 May 2020 19:00:00 +0900 Fri, 29 May 2020 11:34:31 +0900 1 コンビニ コンビニが消えたなら マーケティング 原田曜平 大学生研究員 column
【日本ダービー】コントレイルで鉄板!? 皐月賞を回避して鞍上にルメール騎手で万全のワーケアに注目! https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/520774/ 00520774 ■皐月賞2着馬サリオスの逆転はナシ!? ここぞの大一番でノーザンFの出番か⁉
今回の重賞予想は5月31日(日)に行われる【日本ダービー 東京 芝2400m】を取り上げる。征木由基人氏の結論ははたして……?
さぁ今週はいよいよ日本ダービー。他のスポーツがこぞって開催を自粛していることもあり、今週のスポーツ新聞は例年以上に日本ダービーを1面に持ってくることが多かったように思う。 それだけ熱の入った日本ダービーなのだが、残念ながら無観客競馬。奇しくも日本ダービー史上最多入場者数を記録したのが平成2年で19万6517人。そして令和2年が0人。 令和の時代がいかに厳しくなるかを象徴しているような数字ではないだろうか? …とはいっても、平成2年といえばバブル崩壊の直前。そのあと平成が終わるまで日本は不景気のドン底を味わうことを考えれば、 昭和→太平洋戦争、平成→バブル後の経済破綻、令和→ウイルスとの戦い と、いつの時代も厳しい時期はあるもので、前半にこれだけ大きなパニックを味わっていれば、残った令和時代は平穏に進むこともある。そんなことを祈りながら第87回日本ダービーを予想していこう。 1番人気はコントレイルになるだろう。皐月賞では私も軽視したが、最内枠で包まれて今までにない展開になりながら、コースロス覚悟で外に回して楽に差し切った。自分の競馬をしっかりしたサリオスだったが、あっさり交わされたのだから、ここは力が違うと考えるのが自然だろう。 よってコントレイルは切れない。その代わり、2着のサリオスには強さを感じなかったというのが率直な感想。デビューから3戦連続でマイル戦を使っており、ダービー向きだと陣営が考えているようには思えない。コントレイルを信用する以上、思い切って切るのも手だと考える。 そこで相手筆頭として気になるのがワーケア。今年は牡馬牝馬クラシックともにノーザンF生産馬が勝てていないという緊急事態。本来、1つの牧場が次々にGIを勝つこと自体が異常な状況だが、馬のクオリティー、お金の費やし方を考えると、本来は結果が出ていて当然であり、批判めいたコメントをする評論家も多いのだ。 そんな中、シルクRのオーソリティを青葉賞で勝たせたのは、見事なレース選択とも言えるだろう。弥生賞3着馬でオープン勝ちは中山の芙蓉Sの1回のみ。常識で考えれば「皐月賞が勝負レースで日本ダービーは不向き」と考えることが自然な判断になりそうだろうが、そこを皐月賞をパスして青葉賞を狙うというのは“そろばん弾き”の天才たちの勘が鈍っていないことを証明している。 コントレイルにぶつかって大敗するなら、弱メン揃いの青葉賞で5000万円稼いだほうが良いに決まっている。その後の故障までは予期していなかったが、この状況で最大限に稼いだのだから、ノーザンFの不運もそろそろ弱まるのでは?と考えることができる。 そこで狙いたいのはワーケア。この馬も弥生賞2着のあと、早々に皐月賞回避を発表して日本ダービーへとやってきた。いくら叩き台、前哨戦の意味がなくなってきたとはいえ、この大一番を前に常識はずれのローテーション。万が一、ここで大敗したら『7月のラジオNIKKEI賞の叩き台としてダービーを使ったの?』と揶揄されるだろう。少なくとも私はする(笑)。 そしてルメール騎手を確保できたことも魅力十分とみてよいだろう。コントレイルの相手筆頭はワーケアを狙いたい。 もう1頭気になるのがサトノインプレッサ。前走のNHKマイルCは7枠⑰番に入った時点で陣営は諦めたのではないだろうか。次のダービーを見据えていたのだから無理する必要はない。そこで運を使わなかったおかげで、今回は最内枠をゲット。大穴として日に日に輝きが増してきたようだ。
<『競馬最強の法則』編集部による“最強”予想  > ◎⑤コントレイル 〇①ワーケア ▲③サトノインプレッサ △⑥ヴェルトライゼンデ △⑨ダーリントンホール △⑪ガロアクリーク △⑭マイラプソディ △⑮サトノフラッグ 【3連複】 ⑤ = ① ③ = ① ③ ⑥ ⑨ ⑪ ⑭ ⑮]]>
Sat, 30 May 2020 15:00:00 +0900 Fri, 29 May 2020 23:04:12 +0900 1 2冠馬 JRA コントレイル ダービー ワーケア sports
岩田健太郎医師「科学は検証を経て、真実に少しずつ近づいていく」【緊急連載④最終回】 https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/521889/ 00521889 京都大学教授で元内閣参与だった藤井聡氏が、感染症対策専門家会議尾身茂先生と、感染症数理モデルの専門家として情報の発信と政府への助言をしている西浦博先生に対して、批判文と公開質問状をネットで公開しました。内容は以下になります(以下【当該資料】参照)。 【当該資料】2020年5月21日『「新」経世済民新聞』【藤井聡】【正式の回答を要請します】わたしは、西浦・尾身氏らによる「GW空けの緊急事態延長」支持は「大罪」であると考えます。 https://38news.jp/economy/15951   藤井氏の意見と質問状のポイントを整理すると、さらに以下になります。 (1)「4月7日時点」の「8割自粛戦略という判断」そのものは「結果論」では責められない  (2)実証的事後検証は「8割自粛戦略は、無意味で不要だった」事を明らかにした  (3)8割自粛戦略は、無意味で不要だっただけでなく、単に「有害」だった(経済的に「有害」だった)(倒産や失業をたくさん出す結果になった)  (4)4月7日の「緊急事態宣言/8割自粛」の政府判断は「間違い」だった(次に感染の第二波が来たとしたら、より経済的被害の少ない対策を取るべきである。例:「100人以上のイベントのみ中止」など)  (5)西浦氏・専門家委員会が「GW空けの緊急事態解除」を科学者として主張しなかったのは国家経済破壊の「大罪」である(GW明けには実効再生産数<1がわかっていたはずである) また新潟県前知事の米山隆一氏三浦瑠麗氏堀江貴文氏などメディアでの発言力が大きい人たちまでが参戦し、藤井氏と同じような議論を展開しはじめています。 藤井聡氏による、尾身氏、西浦氏に対する批判とはいったい何を根拠に語っているのか? またその批判する考え方そのものはどういう意味があるのか? 「感染の問題」と「経済の問題」を混乱させたまま進む議論に対して、感染症専門医の第一人者・岩田健太郎氏に、一度議論の内容を整理していただき、感染症専門家の立場から藤井氏の意見に対する見解をうかがった————

◼️ 誰が決めているのかわからない

[caption id="attachment_521944" align="alignnone" width="640"] 2月4日、日本外国特派員協会で記者会見する北海道大学の西浦博教授 (© Rodrigo Reyes Marin/ZUMA Wire/アフロ)[/caption] 日本の場合は「専門家会議」と呼ばれている団体が、どこまで政策決定に寄与しているのかが非常に不透明です。 例えば「3月23日に関西三府県で緊急事態宣言を解除するという方向で調整中。3月21日に専門家による諮問委員会を開いて最終決定する」という内容をNHKのニュースなどが報道していました。これでは、緊急事態宣言の解除を決めているのが専門家なのか、官僚なのか、政治家なのかが全然わからないですよね。 いかにも判断を専門家にかけてるんですが、要するに出来レースなわけです。ちゃんと根回しして「ここでGOを出しましょう」と宣言を出す段取りまでを整えちゃってるわけですよね。 我々にもそこまではわかるんだけど、だれがシナリオをつくっているかはさっぱりわからない。西浦先生なのか、尾身先生なのか、官僚なのか、大臣なのか、さっぱりわからないですね。 これは日本の感染症対策では昔からある問題です。科学の、行政の、政治の役割がどこからどこまでかというのが全然決まっていない。端的に言うとCDC(アメリカ他諸外国で設置されている、感染症対策の専門機関)が無いので、不透明なままで決めている。専門家会議の資料だって、どこまでが専門家の自筆で、どこからが官僚の作文で、どの部分が政治家の横槍だか分からない。 まあ、その意思決定プロセスの不透明さは日本の大きな問題です。いずれにしても、そのようにどこにだれの責任があるか明確でない意思決定について、西浦先生など個々人にその責任を全部投げるのは不適切です。西浦先生だって、この文章は我が意を得たり、この部分は不本意ながら、というのがあるとは思いますし。 藤井先生がもし「GW明けの緊急事態解除の延長」そのものを批判するのなら、そう批判すればいいのであり、「コト」の問題を「ヒト」の問題に転化するのはフェアな議論だとは思いません。 それとは別に、延長を決定したのはなんなのか、だれなのかも明確にすべきですね。それがジャーナリストの役割か政治家の役割かはわかりませんけど。 それがわからない状況で個々人を責めるのは不適当だし、第1回で申し上げた通り「西浦先生がいない世界」と「いる世界」では、「いる世界」のほうが遥かに、遥かに、遥かにマシです。それは西浦先生の計算が正しくても、間違っていてもそうなんです(<―ここは繰り返しますが、非常に重要なポイントです)。 これは官僚の方にお会いする時にも言うことですけれど、西浦先生が出すモデルやひとつひとつの計算結果は、我々がものを考える上での「土台」として存在しています。その土台はとっても大事で、必要なんですよ。

◼️対応を検証し、第二波に備える

[caption id="attachment_521947" align="alignnone" width="640"] 緊急連載取材での岩田健太郎医師。5月24日ZOOMにて取材[/caption] 藤井先生の議論の中でぼくが「正しいな」と思ったのは、今回の対応についてこのままスルーしてはいけない、検証しないといけないということです。 「〇〇さんの大罪だ」みたいな言い方をするのはよくないと思うんですけど、かといって「これは終わったことだから、もういいじゃないか」っていうのも、やっぱり間違いです。第一波を乗り越えたこの一連の流れは、「志村けんさんがお亡くなりになった」などの偶然の要素も大きい可能性もあるわけです。それは、換言するならば一種の「まぐれ」の可能性です。全面的に「まぐれ」ではないにしても、そういう「要素」があった可能性は十分にあります。 緊急事態宣言そのものは罰則規定もなにもないスローガンみたいなもので、効果はみなさんの気持ちに依存していました。だからどうなるかは蓋を開けてみるまで誰にもわからなかった。幸か不幸か日本の場合は、だんだんみんなが自粛モードになって、ある意味「過剰な自粛」もしたので「案外」うまくいったところがあります。 ぼくの実家の島根県なんかではほとんど感染者がでてないのに、軒並みお店が閉じて、公園も閉じて、誰も外に出なくなった地域もあったそうです。「そこまで過剰にやる必要はなかった」と言われれば、なかったとも思うんですけど、日本の場合は同調圧力が非常に強いので、それが多分感染症のコントロールという観点からは「いい方向」に作用した。 それが経済的に有害だったかというと、もちろん有害だったに決まっています。ぼく自身4月に入ってから「少なくとも東京ではロックダウンすべきだ」と主張しましたが、もちろんロックダウンは経済へのダメージがすごく大きい。 ぼくの意見では、感染がすごく激しい地域でもっと激しいロックダウンをして、ズバッと短期的に感染者を減らしてパッと解除するほうが望ましかったと思っています。これは今後いろんなシミュレーションをして、いろいろなパターンのロックダウンのもたらす感染予防効果や経済への影響を比較すれば、解析・検証できることでしょう。 同じように、藤井先生のご指摘の通り、GW明けにさらに延期する意味があったかについても検証の余地があると思います。 どの辺が狙った通りで、どの辺が計算違いだったのか。経済活動の抑制はどの辺がやらなすぎで、どの辺がやりすぎだったのか。47都道府県みんな一律に扱うやり方が本当に適切だったのか、違うシナリオのほうがベターだったのか。きちんと検証して、第二波の可能性に備えるべきでしょう。 この連載の第3回で「報告の遅れ」の問題を紹介しました。報告の遅れが生じなければ、もっとリアルタイムに「いまなにが起きているか」が理解できたはずですが、それをもたらしたのは現場の非効率です。 つまり、保健所が使い叩かれた。「保健所を介さないと何も起きない」という非常に非効率なスキームのために、東京では情報が麻痺して混乱が起きたのは間違いないですから、第二波が来るまでにこの問題は絶対に解決すべきです。 保健所の職員だってあれだけ多忙を極めれば、病気にもなるし、倒れたりもします。「同じやり方でもう一度やってくれ」と言われたら、多分ほとんどの職員の方は「勘弁してくれ」と音をあげるでしょう。 「感染者数をFAXで報告する」という伝統的な文化もそうですし、いちいち電話で連絡するのもそうです。保健所ではお互いに電話がつながらない状況が延々と続き、時間的に大変な非効率を生んでいました。例えばLINEでグループつくって送ってしまえば、手間をかけずに複数の関係各位に同時に情報が伝達できたはずなのに、「電話とFAX」というとんでもなく古典的なやり方に依存してしまった。 あるいは、これは後で改善されましたけれど、保健所を介さないとPCRができないなど、いろいろな問題がありましたね。PCR検査をできなかった人が大勢いたことをはじめとして、西浦先生のグラフに出ていない感染者がデータの背後にたくさんいたことは、まず間違いないでしょう。 そういうものを全部含めてこの第一波をどう議論し、総括し、反省し、改善できるか。できることはたくさんあると思います。 日本の感染症対策は、伝統的に「結果的にうまくいったからよかったんだ」という話でこういったことをスルーしがちなので、それは絶対やめたほうがいい。 医療現場では局面局面で「もうだめだ」と思うところが多々あり、本当に際どいところでした。例えば「ホテルへの患者移動があと数日遅れていたらもうだめだったかもしれない」と思っている医療従事者は大勢いるはずです。 そういう綱渡りだったところを忘れて、「イタリアやアメリカをみろ!日本はすごくよくやったじゃないか」みたいな、変な「物語」に落とし込まれないようにしてほしいと思っています。

◼️いろんな知恵によって前進していく

ですからぼく自身は、藤井先生を含めていろんな学知をお持ちの方がいろんなことをおっしゃってくれるのは素晴らしいことだと思っています。 山中伸弥先生がWebサイトを作っていろいろなことを提言されているのもそうですし、実効再生産数に関しても、数理モデルや数学の専門家、あるいはこの領域のアマチュアなマニアの方々がそれを補正したり、異なる条件下での感度分析的なグラフなどを作って、実名ないし匿名でWeb上で公開されています。これはソーシャルネットワークが発達した世界における素晴らしいことですよね。 べつに感染症が専門の方じゃなくてもいいんです。やっぱり一部には見当違いな問題設定や、背景を知らない故の失敗はあるんですけれど、いろんな方がいろんな知恵を出していくことで、どんどん物事が前に進んでいく。 それも含めて、西浦先生がああやって「実効再生産数」という概念をパンと示したからこそ議論が起きたわけで、やっぱり西浦先生がいらっしゃらなかった時と比べると段違いなわけです。 そもそも、これはすべての領域に言えることですが、あるひとつの研究・ひとつの論文ですべてを解決することなんて、土台不可能なんです。 例えば治療薬ひとつとってみても、はじめに「この薬を3人に使ってみたら効果があった」という報告がなされる。そうすると「3人に試しただけじゃ有効性はわからないじゃないか」っていう話になって、次は70人くらいに使ってみる。それで良さそうなら、今度はプラセボ群と比較する。 いま効果を検証しているアビガンレムデシビルも、こういう過程で少しずつ吟味をしながら前進しているんです。 「少しずつ前進している」ということは、ひとつひとつの研究では全部は解決しないということです。 はじめに「3人に試してみたら良かったよ」という報告があった時に、「3人なんか意味ないじゃないか」と非難するようなことが時々ありますね。それはまったくナンセンスで、「3人に試す」というエピソードがあったからこそ、「もっとたくさんの人で試してみよう」「ランダム化比較試験をやってみよう」と、その先へと進んでいく「萌芽」が出てきたわけですよ。 最初からパーフェクトな答えを出す研究なんて、できっこない。少しずつ前進して、正しい答えへと漸近していくしかないんです。そして、仮にランダム化比較試験で「この薬は効果なし」という結果が出たとしても、「3例では有効だった」と報告した方に対して「デマを撒き散らした」といった誹謗中傷をしてはいけません。それは現実的制約の中での誠実な報告であり、決して「デマ」ではありません。 西浦先生のモデルが出てきたからこそ次の改善ができる。「報告の遅れを補正しよう」みたいに少しずつモデルが精緻になっていくわけで、最初から100%の形で出てくることはない。はじめから100%のものをつくろうとすると何年もかかりますよ。すべてが終わった後で「3年前はこうなってました」みたいに説明を受けてもしょうがないでしょう。 いまは「ここがあかん、あそこがいけない」みたいに攻撃感情が強くなっているところがありますけど、第一波のパニックが過ぎて落ち着きを取り戻した段階で、もう少し冷静に科学的な議論を進められたらなと思っています。

◼️真実に少しずつ近づいていく

例えば「コロナウイルスはこういうウイルスで、こうやって診断して、治療して、対応すればいい」とか、「ロックダウンは〇月〇日にこういうレベルでやって、△月△日に解除すればいい」という正解があると仮定しましょう。でも、その真実は誰にもわからないわけですよね。カント(Immanuel Kant:1724-1804)が「物自体」という概念を提唱していますが、それと同じく、真実は誰にも見えないわけです。 [caption id="attachment_521949" align="alignnone" width="640"] イマヌエル・カント(Immanuel Kant:1724-1804)/写真:パブリックドメイン[/caption] けれども、「見えない」というのは「何もできない」ことではない。これまでの歴史の中で我々人類は何百年、何千年とかけて、その真実に近づこうと努力をしてきたわけであり、そのひとつの形が科学なわけですよね。 ニュートンとかによる力学の原理がなかった時代より、ある時代のほうがはるかに我々は前進しています。相対性理論がなかった時代よりはある時代、量子力学がなかった時代よりはある時代、そしてPCRがなかった時代よりはある時代のほうがはるかに進歩している。 PCRはたくさん間違えるし、失敗もあるけれど、PCRがなかった時代に比べるとそれこそ驚異的な前進ですよ。なんと言っても「ウイルスが見つけられている」わけですから。 1918年のスペイン風邪の時代にはそもそもインフルエンザウイルス感染症という概念すら確立していませんでした。我々はものすごく進化した形で議論している。「PCRにはこんな欠点があるよ」という議論ができるということがそもそも、1918年のスペイン風邪の時代とは全然違う次元の議論を我々がしている証左ですよね。 我々には真実は見えないけれども、確実に近づいてはいる。ですから、そうやって「近づいていく」ことを続けていくことがとても大事なんです。 本【緊急連載】おわり。(本文構成:甲斐荘秀生) ]]>
Sat, 30 May 2020 12:00:00 +0900 Sat, 30 May 2020 11:55:49 +0900 1 感染経路 新型コロナウィルス column
アフターコロナは汗がニオいやすい衝撃事実!今年は職場と家庭でニオイマナーが必須に https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/518065/ 00518065 新型コロナウイルス対策のための「緊急事態宣言」が全国的に解除されましたが、政府は3密を避ける「新しい生活様式」の継続を求めており、引き続き不要不急の外出の自粛など、元通りの生活に戻るのはまだ先となりそうです。 久々の出勤で、身だしなみのマナーには気を使うと思いますが、見落としがちなのが“ニオイ”ケア。「今年の汗は例年以上にクサくなりやすいので、ニオイケアは必須です」と語るのはニオイ研究の第一人者である五味クリニック院長の五味常明先生です。 また、在宅時間が長くなることで夫婦関係が悪化する「コロナ離婚」が話題となっているように、今年は特に、家庭内においてもマナーが必要です。「家族に不快な思いをさせないために、家庭内マナーを見直して穏やかに過ごしましょう」と、数多くの指導実績を持つベテランマナー講師、岩下宣子先生はアドバイスします。 アフターコロナの人間関係を良好に保つために必須な、職場と家庭で必要になるマナーについて専門家に伺いました。

■アフターコロナは汗腺機能の低下や精神性発汗でクサイ汗をかきやすい!運動不足もニオイの原因に

今年は、巣ごもり生活により例年より汗をかく機会が少なく、汗腺機能が落ちている可能性があり、ニオイの元となる成分濃度の濃い汗がでやすい状態です」と五味先生は指摘します。 また、リモートワークが明けて生活リズムががらりと変わった事による緊張や、なかなか外出ができず、自宅にいる事へのイライラやストレスが、精神性発汗につながります。 「精神性発汗は、一気にドッとかく汗のため、体温調節でじっくりとかく汗とは違い、濃い汗がでやすくニオいやすいのが特徴です。精神性発汗が起こりやすいワキは、汗がこもりやすいので特にニオイに注意が必要です」と五味先生。更に、巣ごもり生活での運動不足は、クサイ足汗につながるそう。五味先生は、「運動不足による筋力低下で血行が悪くなり足がむくむと、足にアンモニアが溜まりやすくなります。溜まったアンモニアは汗として排出されるので、ニオイのきつい汗となります。アンモニア臭には、ミョウバン入りの制汗剤が効果的です。」と語ります。  

■同居男性がクサくてストレスに感じている女性が多数!家庭内でもマナーが必要

制汗デオドランドブランド「デオナチュレ」を販売するするシービックが、男性と同居する30~50代の女性約300名に実施した調査によると、約7割が同居男性をクサいと思っていることがわかりました。さらに、その中の約半数はニオイがストレスとなっていると回答しています。 「ニオイについては、家族であっても言い出しづらく、お互いに我慢をしている事がストレスとなり、それが更なる精神性発汗を起こし負のスパイラルにつながります。家の中であっても、制汗剤などでニオイの対策をすることが必要です」と五味先生はアドバイスします。 また、家庭内マナーについて、マナー講師の岩下先生は、「家庭内マナーは難しく考える必要はありません。もし何か不満があったとしても、相手は大切な家族であることを思い出し、思いやりの心で接することが大切です」と語ります。  

■日頃のコミュニケーション不足がコロナ離婚の危機を招く

「新婚時代はお互いに気をつかいコミュニケーションが多くなりますが、慣れてくると連絡事項しか言わなくなります。すると、一緒にいる時間が多いのに、いつものように連絡事項しか言わないとお互い腹が立つものです。実は日頃からコミュケーションをしっかりとっている家庭は、このような事態になってもうまくやっています。この時期、家族関係がうまくいかないのは日頃のコミュニケーション不足かもしれません。しかし、今からでも大丈夫です。心の言葉で話せば、家庭内マナーの達人になれます」と岩下先生。  

■家族は自分を映す鏡。相手を大切にしなければ、自分も大切にされない

「家族は自分を映す鏡です。自分が相手を大切にしていなければ、相手からも大切にされません。忙しいという字は、心を失うと書きます。家族が家にいると、家事が増えるのは当然。忙しくて、自分自身に温かさがなくなっているのではないでしょうか? 男性も同様です。在宅勤務といえども忙しい仕事は変わらず、家族に無関心になっているのでは? それは“愛”がない証拠。“愛”の反対は“無関心”なのです」と岩下先生。  

■「1日パジャマはNG!家庭内で身だしなみを整えるのも最低限のマナー

身だしなみを整えることも、この時期に大切な家庭内マナーです。 「自粛生活だからといってパジャマで1日いるのはやめておきましょう。誰でもだらしない人よりさわやかな人の方が好きですよね? 相手を不快な気持ちさせないことは、基本です。マナーは“相手も大切、自分も大切”にすること。社会の最小単位である家族が思いやりをもてば世界も平和になると思います」岩下先生。 家庭内でのストレスの原因や、他人からの嫌悪感に繋がる「ニオイ」ですが、この機会に家庭内外でのマナーを見直してアフターコロナの人間関係を良好に保ちましょう。]]>
Sat, 30 May 2020 12:00:00 +0900 Fri, 29 May 2020 10:41:34 +0900 1 アフターコロナ ニオイケア リモートワーク 巣ごもり生活 column
岩田健太郎医師「感染対策も分析も西浦先生だけに『依存』してはいけない」【緊急連載③】 https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/520357/ 00520357 京都大学教授で元内閣参与だった藤井聡氏が、感染症対策専門家会議尾身茂先生と、感染症数理モデルの専門家として情報の発信と政府への助言をしている西浦博先生に対して、批判文と公開質問状をネットで公開しました。内容は以下になります(以下【当該資料】参照)。 【当該資料】2020年5月21日『「新」経世済民新聞』【藤井聡】【正式の回答を要請します】わたしは、西浦・尾身氏らによる「GW空けの緊急事態延長」支持は「大罪」であると考えます。 https://38news.jp/economy/15951   藤井氏の意見と質問状のポイントを整理すると、さらに以下になります。 (1)「4月7日時点」の「8割自粛戦略という判断」そのものは「結果論」では責められない  (2)実証的事後検証は「8割自粛戦略は、無意味で不要だった」事を明らかにした  (3)8割自粛戦略は、無意味で不要だっただけでなく、単に「有害」だった(経済的に「有害」だった)(倒産や失業をたくさん出す結果になった)  (4)4月7日の「緊急事態宣言/8割自粛」の政府判断は「間違い」だった(次に感染の第二波が来たとしたら、より経済的被害の少ない対策を取るべきである。例:「100人以上のイベントのみ中止」など)  (5)西浦氏・専門家委員会が「GW空けの緊急事態解除」を科学者として主張しなかったのは国家経済破壊の「大罪」である(GW明けには実効再生産数<1がわかっていたはずである) また新潟県前知事の米山隆一氏三浦瑠麗氏堀江貴文氏などメディアでの発言力が大きい人たちまでが参戦し、藤井氏と同じような議論を展開しはじめています。 藤井聡氏による、尾身氏、西浦氏に対する批判とはいったい何を根拠に語っているのか? またその批判する考え方そのものはどういう意味があるのか? 「感染の問題」と「経済の問題」を混乱させたまま進む議論に対して、感染症専門医の第一人者・岩田健太郎氏に、一度議論の内容を整理していただき、感染症専門家の立場から藤井氏の意見に対する見解をうかがった————

◼️西浦先生のグラフの後ろにあるもの

[caption id="attachment_520360" align="alignnone" width="640"] 2月4日、日本外国特派員協会で記者会見する北海道大学の西浦博教授(写真:ZUMA Press/アフロ)[/caption] 藤井先生は、西浦先生の理論とグラフを根拠にして「間違っていた」ということを主張するわけですけれど、そこがそもそもおかしいとぼくは思います。 というのも、数理モデルだけでは感染対策の是非は決められないからです。西浦先生がいいとか悪いとか言う以前に、あるひとつのグラフだけで全部が説明できることはないんですよ。 『東洋経済オンライン』が日本国内の新型コロナの感染データ(「新型コロナウイルス 感染の状況」)をまとめていて、その中で都道府県ごとの実効再生産数を公表しています。 https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/covid19/ それをみると兵庫県では、実効再生産数が最も高かったピークは4月15日頃、その後急激に下がって4月18日に1以下になっています。(下記引用【図表】参照) [caption id="attachment_520579" align="alignnone" width="640"] 【図表】兵庫県の実効再生産数を表すグラフ(引用出典:『東洋経済オンライン』より)[/caption] つまり、藤井先生は全国平均のグラフを見て「3月29日にすでに下降線にあった」というわけですが、そこには例えば感染者が一例も出ていない岩手県や、ほとんど患者がいなかった山陰とかをひっくるめた数字です。 でも実際には、感染者がたくさん出ている地域と出ていない地域のデコボコがあったわけで、それを無視して緊急事態宣言を解除するどうこうの議論はできません。 さらに、リアルタイムでは感染が確認された日から報告日までに遅れが生じていました。西浦先生たちのグラフでは、報告の遅れを加味して感染が起きた日を修正しています。 『東洋経済オンライン』における東京都のデータを見ると、普通に「報告日」をベースに再生産数を計算しているので、4月以降までRtは1以上を続けています。西浦先生のグラフでは、どうもボランティアとかを活用して、診断から報告までの遅れを数式のなかに組み込む作業を事後的にやって、後から「感染時期」のグラフを作成されているんです。 じつは当時、ぼくもこのことをよく理解していませんでした。というのも兵庫県では、病院がPCR陽性を保健所に届けると遅くても翌日、週末にかかると翌々日には報告に反映されていて、東京みたいに一週間も報告が遅れるなんてことは起きていなかったからです。そういうことが東京でわりとたくさん起きていたことを、西浦先生のプレゼンを聞いてぼくも初めて知りました。 ですから事前にそういうことをすべて理解して、「3月中にRtが1以下になっていた」ということを理解するのは困難だったわけですし、地域によっては4月以降も実効再生産数1以上だったところも結構あるわけです。 したがって、藤井先生がおっしゃるように「3月の時点ですでに大丈夫になっていた」というのは、西浦先生の全体の一枚の図から解釈しているだけなんです。本当はもっとデコボコした地域差をちゃんと見なきゃいけないわけですよ。西浦先生を批判しているわりには、西浦先生のデータだけが根拠になっている。 本来だったら他のいろいろなデータをみた上で批判しなければいけないわけで、つまり「西浦先生だけに依存しちゃダメ」なんです。

◼️データの背後にいる感染者

[caption id="attachment_520361" align="alignnone" width="640"] 岩田健太郎医師。5月24日ZOOMにて取材[/caption] 現在いろいろなところで抗体検査が始まっています。抗体検査にはいろんな問題もあり、どれぐらいの感染者がいたかを正確に把握するのは難しいんですけど、数々の抗体検査が共通して示唆しているのは、「少なくともPCRで我々が認識している患者よりははるかに多くの患者がいたであろう」こと。ここはほぼ間違いないでしょう。そもそも、国の施策だと、感染者全員を診断しようとははなから思っていなかったわけで、だからこそPCR検査を行う基準が世界一といっていいくらい厳しかったのですから。東京などでは、熱が出てあちこちに行って保健所に頼んでも、検査を受けさせてもらえない人もいらっしゃいました。 つまり、PCR検査では見つかっていない患者さんだって大勢いるわけです。 西浦モデルはPCRによる患者数をもとに解析して、それで「増えた、減った」といってるわけですけれども、患者さんがぐっと増えた時には、じつは検査で見つかっていない患者さんの割合も増えている可能性が高い。しかし、そこは計算に入れてないんですね。 そうすると「実効再生産数」をはじめ、あの西浦モデルの計算だけですべてを説明するのはちょっと危険です。データの背後にいる隠れた患者さんの増加も考慮に入れないといけない。 「3月29日にRtが下がっているから、もうなにもしなくていいんだ」というのは数字とグラフしか見ていない人の言い分で、その裏にいるであろう、もっとたくさんの感染者を勘定に入れると、それは怖くてできない実験です。 スウェーデンなんかはそういう実験的に対応をとって、「いいじゃないか、外に感染者がたくさんいても」というスタイルをとっているけれど、やっぱりたくさんの方がお亡くなりになっています。本稿準備時点で4000人以上の方がお亡くなりになっています。 日本だって「死亡者が少ない」って言いますけど、すでに800人以上の方がお亡くなりになっていますし、その数は第一波だけでも、もう少し増える可能性が高い。 ですので、4月の時点で「緊急事態宣言解除」「なにもしない」という、そこまでの「壮大な実験」的な態度をとるのは、非常に危険だったと思います。 このように、数理モデルは当然見ないといけないんですが、数理モデルだけで全部決めるってのは無理筋で、併せて他のいろんなデータを見なければいけないわけです。

◼️新型コロナはなぜ医療崩壊を引き起こすのか

今回の流行で大変だったもののひとつは、医療現場の状態です。実際、医療現場は非常に大変な状態にありました。重症患者が増えて、地域によっては医療崩壊寸前だったんです。 データだけを見る人がよく「病床数は結構余ってるじゃないか」って言うんですけど、病床数が余るようになったのは緊急事態宣言が出てから数週間経った、流行の後のほうになってからで、それ以前の本当にヤバい時は、バケツがひっくり返る瀬戸際みたいな状況にあったんです。 そんな状況になってしまった理由のひとつに、今回の新型コロナウイルス感染の「長引く」特徴にあります。 軽症でも重症でも、長引くんです。軽症だったらPCRが2回陰性になったら退院になりますが、なかなか2回陰性にならないから、何週間もずっと入院することになる。 重症患者は呼吸不全が起きて挿管されるわけですが、お亡くなりになる方でも、回復される方でも、ものすごく時間がかかる。だから集中治療室のベッドがすぐに埋まってしまうんです。 よくある勘違いとして、例えば東京都のデータを見て「新規の重症患者がだんだん減り続けているじゃないか」とかいう意見がありました。しかしこの「減り続けている」というのは、あくまで「発見される人」が減っているだけで、実際にはなかなか退院できないから、入院している患者さんの数は累積してだんだん増えていたんです。 緊急事態宣言が出てしばらく経ってから、兵庫県などいくつかの自治体では、ホテルなどを活用して軽症患者さんを退院させるスキームができました。しかし流行の当初にはその仕組みがなかったので、入院する患者さんの数がどんどん増え続けました。 そうなると本当に医療崩壊寸前になって、医療スタッフはものすごく疲弊します。ただでさえものすごく重苦しいPPE(個人防護具)を着て、自分が感染するかもしれないストレスの中でケアをやらないといけない。そして実際に、東京都を含めていろいろなところで院内感染が起きてしまっています。 院内感染が起こると当然、感染した医療スタッフが患者に転じて、患者数がドンと増えます。 それから感染した本人はもちろん、一緒に働いていた同僚なんかもみんな濃厚接触者になり、14日間程度の健康監視をしないといけない。その間は、当然職場に戻れない。ということは、医療のキャパシティがガクンと落ちる。 そうするとその病院は大きくキャパシティを失ってしまいます。よって、外来を閉じたり、病棟を閉鎖したり、手術をやめたりするわけです。 当然、手術が必要な患者さんが消えてなくなるわけじゃないですから、周りの病院が手術を肩代わりしたり、入院患者や外来患者を肩代わりしたりするわけです。そうすると周辺の、コロナを診ていない病院も患者さんで溢れかえることになる。 そうすると今度は診てもらえない患者さんが増えてきて、病院の外の地域コミュニティにも影響が出てきます。「医療崩壊というのは医療セクターだけの問題で、他の人たちが知ったことか」というのは大きな間違いで、医療が崩壊すれば当然一般市民も困るわけです。 この影響は、ドミノ倒しのようにじわじわ出てくるのであって、これは長期に渡るケアが必要な新型コロナの特徴がもたらす、累積的に出てくる影響なんです。 これには「軽症患者をできるだけ早く退院させるスキームが遅れた」などの政策的な問題の影響もありますから、全部が全部、感染の増加によるものではありません。 だからといって「新規で見つかる感染者が減ってるから全然問題ないんだ」というのは大間違いです。 新たな患者さんが発生し続けている限りは、医療機関は逼迫する。少なくとも、緊急事態宣言が出てからしばらく経った時に、そういった大変な状況にあったことは間違いありません。 そして、こういった医療機関の困窮は、西浦先生のグラフには全然出てきません。 それは西浦先生が悪いわけでもなんでもない。西浦先生のモデルやグラフだけで全部説明しようとするのが、そもそもの間違いなんです。 藤井先生や米山先生の議論が間違っているのはそこで、「西浦先生は間違っている」と主張している割には西浦先生に依存しているのは大きな矛盾でしょう。 同じことは厚労省にも言えて、本来だったら西浦先生のグラフだけではなく、もっといろんなところを見るべきだったんです。ぼくは2月くらいからずっと、「とにかくPCR2回で退院させるスキームをやめて、どんどん患者さんを病院から家に帰れる、あるいはホテルに宿泊できるようにしないと大変なことになる」と警告していたのに、4月になるまで動きませんでした。そういう人災的なところもあって、医療機関はずっとしんどかった部分があるわけです。 このように感染症の対策には、単純な感染者数に表れないいろんな要素が絡んでいます。ですから「西浦先生のグラフが正しい、間違っている」という以前に、そもそも西浦先生のグラフだけで感染症のすべてを説明しよう、あるいは対策を決めようとすることが土台無理なんだということを、ぜひ理解してください。 次回、最終回は「真実を見つけていく態度こそ進歩の条件」を語ります。(本文構成:甲斐荘秀生) ]]>
Thu, 28 May 2020 12:00:00 +0900 Sat, 30 May 2020 19:12:18 +0900 1 感染経路 新型コロナウィルス column
岩田健太郎医師「日本で感染爆発が押さえられた要因とはなんだったのか」【緊急連載②】 https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/518809/ 00518809 京都大学教授で元内閣参与だった藤井聡氏が、感染症対策専門家会議尾身茂先生と、感染症数理モデルの専門家として情報の発信と政府への助言をしている西浦博先生に対して、批判文と公開質問状をネットで公開しました。内容は以下になります(以下【当該資料】参照)。 【当該資料】2020年5月21日『「新」経世済民新聞』【藤井聡】【正式の回答を要請します】わたしは、西浦・尾身氏らによる「GW空けの緊急事態延長」支持は「大罪」であると考えます。 https://38news.jp/economy/15951   藤井氏の意見と質問状のポイントを整理すると、さらに以下になります。 (1)「4月7日時点」の「8割自粛戦略という判断」そのものは「結果論」では責められない  (2)実証的事後検証は「8割自粛戦略は、無意味で不要だった」事を明らかにした  (3)8割自粛戦略は、無意味で不要だっただけでなく、単に「有害」だった(経済的に「有害」だった)(倒産や失業をたくさん出す結果になった)  (4)4月7日の「緊急事態宣言/8割自粛」の政府判断は「間違い」だった(次に感染の第二波が来たとしたら、より経済的被害の少ない対策を取るべきである。例:「100人以上のイベントのみ中止」など)  (5)西浦氏・専門家委員会が「GW空けの緊急事態解除」を科学者として主張しなかったのは国家経済破壊の「大罪」である(GW明けには実効再生産数<1がわかっていたはずである) また新潟県前知事の米山隆一氏三浦瑠麗氏堀江貴文氏などメディアでの発言力が大きい人たちまでが参戦し、藤井氏と同じような議論を展開しはじめています。 藤井聡氏による、尾身氏、西浦氏に対する批判とはいったい何を根拠に語っているのか? またその批判する考え方そのものはどういう意味があるのか? 「感染の問題」と「経済の問題」を混乱させたまま進む議論に対して、感染症専門医の第一人者・岩田健太郎氏に、一度議論の内容を整理していただき、感染症専門家の立場から藤井氏の意見に対する見解をうかがった————

◼️新型コロナの「基本再生産数」は正確には決められない

[caption id="attachment_518834" align="alignnone" width="640"] 岩田健太郎医師。5月24日ZOOMにて取材[/caption] 藤井先生の議論の他に、新潟県の前知事である米山隆一先生が展開されているような「数理モデルのパラメータとして、基本再生産数(R0)=2.5を使うのが、そもそもおかしいじゃないか」という議論があります。 ぼくは、その議論は違うと思います。 前回もお話しした通り、「正しい判断をする」という観点から言えばこのような議論は起こらないですし、特に今回のコロナの場合、「基本再生産数(R0)」は静的で変化しない数字ではないからです。 R0(basic reproduction number、R zeroと読まれる)とは、「感染者が存在していないコミュニティにひとりの感染者が入ってきて、感染を拡げたときに、平均してひとりが何人に感染させているか、の数字」という定義になります。 これは、公衆衛生の政策を議論する中で、例えば「麻疹はひとりからこれだけの人数に感染してしまうから、これだけの割合の人にワクチンを接種すれば押さえられます」みたいな話の中で使うことが多い概念です。 その意味で、実際にどれだけの人が感染したかの観測値から計算し、刹那刹那、時点単位での現状把握のために用いる「実効再生産数Rt(effective reproduction number)」とは異なります。 たしかに少し前までは、例えば「麻疹ウイルスのR0はこれくらいです」「季節性のインフルエンザのR0はこれくらいです」みたいな基準となる値があって、それを用いて「ワクチンでこれだけの人に免疫がつけば感染はどんどん収束します」「接触する人数が多いと感染はどんどん拡がります」という議論をするものだと、我々も学校で教わってきました。 ところが今回の新型コロナウイルスでは、中国やヨーロッパなどいろいろな事例で基本再生産数が計算されているのですが、それらにものすごく差があるんです。 つまり、我々はともすると「ウイルスがひとりから何人に新しく感染するか」というのを、「ウイルスが単独でつくった属性」のように理解しがちです。例えば「麻疹ウイルスは空気感染でどんどん拡がるから、基本再生産数がたくさんあるぞ」みたいに考えるわけですね。 けれども、この新型コロナウイルスに関して言うと、「人のファクター」のほうが大きいようなんです。 つまり、感染者や周りの人がどのようにふるまうかによって、ひとりから4人にも10人にも感染させることがあり得る一方で、ほとんど他人に感染させないままの場合もあるんです。例えばクルーズ船の中では「ひとりの人から、ものすごくたくさんの人が感染した」と推測されていますし、北海道では「ほとんどの方は誰にも感染させなかった」と推測されていて、非常にばらつきがあります。 ということは、「ある基本再生産数に基づいて、こういうモデルで計算をする」という時の「正しい基本再生産数」なんて、こと今回のコロナウイルスでは存在しないんですよ。 事後的にいうと「日本では1.7だった」という説もありますけれど、それも「ある時点での日本」の話です。日本人の行動だって変わりますから、日にちが経つに従ってある観察環境下でのR0は上がったり下がったりします。 それにこれは平均値であって、実際に起きている感染は、例えば施設や病院でクラスターが発生することもあれば、全然感染させない場所がある。日本全国には感染のまったくない地域もあれば、クラスター感染が頻発している地域もある。それを全部合わせた平均が「基本再生産数」なわけです。 つまり今回のコロナでは、「基本再生産数はいくつが正しい」という議論はあくまで事後的なものですし、その数字すらもその後の人の行動によって変化してしまうものです。ですから「1.7がより妥当だった」という議論はそもそもおかしいとぼくは思います。

◼️「実効再生産数」はそもそも静的ではない

[caption id="attachment_518835" align="alignnone" width="640"] 2020年5月26日緊急事態宣言が解除された品川駅構内の様子(写真:森田直樹/アフロ)[/caption] 実効再生産数について、藤井聡先生は以下のように仰っています。 (以下、藤井先生の記事より引用) なぜなら、感染症の数理分析には、「一人の感染者が平均で何人に移すのか?」という再生産数という概念があるのですが、この値は状況変化が無ければ基本的に一定値を取り、かつ、それが1を下回っていれば、感染者数がゼロに収束していくことは数理的に自明だからです。つまり、この西浦氏作成データは、日本の(実効)再生産数が3月下旬以降「1を下回る」状況になっており、したがって3月下旬以降は、特に何の取り組みをしなくても、必然的にゼロに収束する状況になっていた事を意味しているのです。 (引用終わり) この議論は間違いです。 先ほど説明した「基本再生産数」R0の場合はその議論も成り立ちます。古典的な議論では「R0が1以下であればどんどん感染者は減り、ついには感染者がゼロになる」と言うことができます。 ところが「実効再生産数」Rtというのは、刹那刹那で変わる「その日の時点での再生産数」を言っているわけで、次の日には違う再生産数になってしまいます。定義からして動的な数値ですから、なにもしなくても毎日同じRtがでてくるわけではありません。 しかもこの新型コロナウイルスでいうと、前回も説明した通りうつりやすさが一定ではありません。ひとりの方が5人にも6人にも感染させる事例があったり、だれにも感染させない事例があったりと、バラバラです。日本中でそういうデコボコした感染が起きているのを平たく直した結果、みなさんがご覧になっているグラフのカーブになっているわけです。 ひとりから多くの方に感染させるような事例を「スーパースプレッダー(Super Spreader)」と呼びますが、そのような事例が多発し、ある日ある時ぎゅっと感染者が増える、ということが当然起こり得るわけです。 それが起きないようにすることが大事ですから、そのためにはこの実効再生産数Rtを1以下に「押さえ続けること」が重要になってくるわけです。油断してRtが戻ってしまっては元の木阿弥です。

◼️いろいろな事件が感染を押さえた

藤井先生は「3月下旬以降は、特に何の取り組みをしなくても収束する状況だった」と言いますけれど、3月下旬までに日本ではいろんなことが起きています。「4月7日に緊急事態宣言を出しました」といっても、緊急事態宣言以前と以後で世の中がドーンと変わったわけではありません。 でも今回の新型コロナウイルス対策の場合は、緊急事態宣言というのでどんと何かが変わったわけではなくて、その前後でいろんなことが起きましたね。 東京オリンピックが延期になったのが3月24日でした。 小池東京都知事が「不要不急の外出を自粛しましょう」と言ったのが3月25日です。 志村けんさんがお亡くなりになったのは3月29日です。 西浦先生が「対策がゼロだったら40万人死亡するかもしれない」と発表されたのは4月15日です。 ぼくも4月3日に「少なくとも東京都ではロックダウンしたほうがいい」と主張しています。 つまり、緊急事態宣言の前後でいろんなことが五月雨式に起きていたわけです。 また、今回の緊急事態宣言には罰則規定がありませんので、その効果も即座に表れるわけではありませんでした。 皆さんも実感されているでしょうし、ぼくも兵庫県で観察してて思ったんですが、緊急事態宣言が出てから2週間くらいは、街の雰囲気はそんなに変わってなかったですよね。外に出る人も多かったし、みんなわりと通勤していたし、罰則規定がないですからお店も開いてた。 その前後で、たとえば西浦先生が「40万人死ぬかもしれない」と言ってみたり、いろいろな人が「STAY HOME」というメッセージを出してみたり、また志村けんさんや岡江久美子さんがお亡くなりになったりといろいろなことが起こって、緊急事態宣言から2週間くらい経った時には、気が付くと外を歩いている人がほとんどいない状態、電車に乗ってもガラガラな状態が徐々につくられていったわけです。 ですから、緊急事態宣言を出した4月7日以前と以後を直接比較して、例えば時系列解析をして、新規感染者のトレンドや切片に変化がないことを議論するのはふさわしくありません。 緊急事態宣言の前後でもいろいろなことがなされていて、それの総体として増加率が減少したんです。 基本的に感染症、特にコロナの場合は、感染経路を遮断すれば感染が減るし、感染経路を遮断しなければ感染は拡がります。一旦感染が拡がった状況では、感染経路を遮断する一番いい方法は「家にいる」ことなわけで、上に挙げたいろいろなことが「家にいること」を促すように働いたわけですよね。 そこでなにもしないで普通の生活をして、経済活動をガンガン回していたら、やっぱり感染が拡がっていた可能性のほうがはるかに高い。今度は収拾がつかなくなるくらい感染者が増えて、イタリアやアメリカのようになってしまうリスクは十分にあったわけです。事実、緊急事態宣言を解除、緩和したあとも、北九州のように感染者が再び発生することもあれば、フランスのようにロックダウンのレベルを再び上げねばならなかったところもあります。 いまでこそ「アジア人のほうが死亡率は低いんじゃないか」という議論がなされています。もちろんこれも、いまだに確認がとれていないひとつの仮説にすぎませんが、3月の下旬から4月の頭にかけては、「アジア人のほうが死ににくい」なんてことは広く言われていませんでした。それどころか「中国人のウイルスだから」とか「韓国ですごく拡がって」といういろいろな話があったので、むしろ「アジア人のほうが危ないんじゃないか」ということも言われていました。これはこれで間違った仮説の立て方ですが。現在でも、アジア人のほうが死亡リスクが低い、というのは仮説の一つに過ぎず、立証されたわけではありません。 ですから、「Rtが1を下回ったんだからほっとけばよかったんだ」というのは、端的に言うと間違いと言わざるを得ません。抑えたものは、抑え続けなければいけないんです。 第3回では「西浦先生だけに依存してはいけない」について語ります。(本文構成:甲斐荘秀生) ]]>
Thu, 28 May 2020 12:00:00 +0900 Sat, 30 May 2020 19:10:52 +0900 1 感染経路 新型コロナウィルス column
岩田健太郎医師「感染爆発を押さえた西浦博先生の『本当の貢献』とは」【緊急連載①】 https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/517429/ 00517429 京都大学教授で元内閣参与だった藤井聡氏が、感染症対策専門家会議尾身茂先生と、感染症数理モデルの専門家として情報の発信と政府への助言をしている西浦博先生に対して、批判文と公開質問状をネットで公開しました。内容は以下になります(以下【当該資料】参照)。 【当該資料】2020年5月21日『「新」経世済民新聞』【藤井聡】【正式の回答を要請します】わたしは、西浦・尾身氏らによる「GW空けの緊急事態延長」支持は「大罪」であると考えます。 https://38news.jp/economy/15951   藤井氏の意見と質問状のポイントを整理すると、さらに以下になります。 (1)「4月7日時点」の「8割自粛戦略という判断」そのものは「結果論」では責められない  (2)実証的事後検証は「8割自粛戦略は、無意味で不要だった」事を明らかにした  (3)8割自粛戦略は、無意味で不要だっただけでなく、単に「有害」だった(経済的に「有害」だった)(倒産や失業をたくさん出す結果になった)  (4)4月7日の「緊急事態宣言/8割自粛」の政府判断は「間違い」だった(次に感染の第二波が来たとしたら、より経済的被害の少ない対策を取るべきである。例:「100人以上のイベントのみ中止」など)  (5)西浦氏・専門家委員会が「GW空けの緊急事態解除」を科学者として主張しなかったのは国家経済破壊の「大罪」である(GW明けには実効再生産数<1がわかっていたはずである) また新潟県前知事の米山隆一氏三浦瑠麗氏堀江貴文氏などメディアでの発言力が大きい人たちまでが参戦し、藤井氏と同じような議論を展開しはじめています。 藤井聡氏による、尾身氏、西浦氏に対する批判とはいったい何を根拠に語っているのか? またその批判する考え方そのものはどういう意味があるのか? 「感染の問題」と「経済の問題」を混乱させたまま進む議論に対して、感染症専門医の第一人者・岩田健太郎氏に、一度議論の内容を整理していただき、感染症専門家の立場から藤井氏の意見に対する見解をうかがった————

◼️はじめに——緊急連載における議論の整理

[caption id="attachment_517591" align="alignnone" width="640"] 緊急連載取材での岩田健太郎医師。5月24日ZOOMにて取材[/caption] 今回の藤井聡先生の質問書、そしてそこで批判がなされた西浦博先生についてでですが、両者のいずれについても、全面的にどちらが正しいとか間違ってるという話とは違うと思います。 藤井先生のような異なる専門性をお持ちの方がこういった批判的な提言をされることは素晴らしいことです。ぼくも、藤井先生が主張している「検証の必要性」については「正しいな」と思うところもあります。一方で再生産数に関する議論や、「西浦・尾身氏による~「大罪」だ」というのは話が違うと考えます。 個別の論点に関して、藤井先生に近い議論をされている方は他にも多くいらっしゃいますから、この緊急連載(連続全4回5/27〜30)ではぼくなりに議論を整理をしてみます。

◼️西浦先生の「本当の貢献」——日本の感染症対策の巨大な前進

まずはじめに確認したいのですが、西浦博先生が日本の感染対策にもたらした貢献はものすごく大きいと、ぼくは思っています。今回の日本におけるコロナの第一波が、少なくとも先進国のなかでは相当よく押さえつけられていた理由は複数あると思っていますが、少なくともその一因が西浦先生にあるのは、まず間違いないと思います。 [caption id="attachment_517608" align="alignnone" width="640"] 2月4日、日本外国特派員協会で記者会見する北海道大学の西浦博教授(写真:ZUMA Press/アフロ)February 4, 2020,[/caption] ただしその「貢献」というのは(ここでよく話がすり替わるのですが)「西浦先生の意見が正しい、間違っている」とか「議論・データ・推論が正確だ、不正確だ」とか、そういう意味での貢献度の話ではありません。 そもそも科学の世界においては、誰かが「100%正しい」「100%間違っている」というのはまずありえないことです。どんな科学者だって、正しかったり、正しくなかったりする。カッティングエッジな未知の領域を切り開いていく科学領域においては、特に今回のような新興感染症については当然のことです。その中で「全く間違えない」人がいたとしたら、その人は科学領域という観点からは「何もやっていない」のです。 ですから、提唱する仮説が事後的に正しかったか、間違っていたかという側面において人物を評価することはナンセンスだとぼくは思っています。「貢献度が非常に大きい」というのと、データや分析が逐一正しかったか間違っていたかは分けて考えなければいけません。 今回のコロナ対策における西浦先生の貢献は、反実仮想によって、「西浦先生がいらっしゃらなかった日本だったら、どうなっていたか」という視点で考えるべきなんです。 西浦先生が厚労省の背後でいろいろなデータを解析するお手伝いを始めたのは、ぼくには正確な時期はわかりませんが、多分2014年のアフリカのエボラとか、2015年の韓国のMERSの頃だと想像しています。 2009年の新型インフルエンザの時には、西浦先生はまだ国の政策に対してほとんどコミットしていなかったと思います。そして、あの時は、西浦先生がされているような数理モデルを活用した感染対策なんてほとんどなかったんです。 当時を思い返すと、厚労省が勝手に描いた「死亡率2%のインフルエンザ」というポンチ絵を根拠に全部計画を立てました。もちろん、この「2」という数字はさしたる根拠もない「シナリオの一つ」に過ぎないのですが、厚労省はともすると、自分の想定した物語をあたかも真実であるかのように振る舞う悪弊が昔からあります。 当時は、現実・データ・ファクト・サイエンスといったものを基に政策を決めることがなく、むしろ観念や手続き、形式が優先されていたわけです(今でも、多分にそうです)。蓋を開けてみたら死亡率2%でもなんでもなかったのですが、そのせいで方向転換も遅くなって現場も大変でした。軽症、あるいはすでに治癒したインフル患者を重症扱いで対応しなければならなかったからです。 そこから考えると今回の新型コロナウイルスの対策では、データやモデルを活用し、それを基にした推論を根拠にして、いわばevidence-based health policy(エビデンスに基づいた医療政策)でいきましょう、という流れができたわけです。これは大きな前進です。 今回、専門家会議が招集される前は、政府の人たちは「コロナ対策として〇〇をします」とは言うんですが、「なぜ〇〇するのか」を説明しないし、「〇〇をすることで、△△というアウトカムを出す」という目標や狙いを一切言いませんでした。典型的にはダイヤモンド・プリンセスの感染対策がそうでした。理由や目標を言わないので、どんな結果がでてきても、感染者が増えたり、DMATや厚労省、検疫所の感染者がでても「失敗した」「間違っている」という結果にはならない。「適切だった」「問題はなかった」と言い抜けることもできました。 しかし専門家会議の招集後は、安倍首相も記者会見で「〇〇というデータに基づいて、△△の目標を目指しましょう」と明言するようになりました。例えば「8割の人の外出を減らす」などの見通しが、きちんと立つようになりました。 今までだったら目標がないんだから、現実にはどんなに失敗していてもアナウンスの上では百戦百勝なわけですが、今回は「この目標を目指します」と明言したからこそ、「うまくいった、いかなかった」という議論ができるわけです。 このように議論の土台を作り、「評価が可能になった」こと自体が、日本の感染症対策においては巨大な前進なんです。 それなのに「西浦先生が言っていた数字、違ってたじゃない」みたいなことをあげつらって袋叩きにしていたら、「じゃあ数字なんて出すな」って話になり、また元に戻ってしまう。 検証可能な数字で議論をせず、「一生懸命やります」「頑張ります」「最善を尽くします」とだけ言っていれば、なにが起きても「失敗した」という結果にはならない。そっちに戻ったほうがいいのかって話ですよ。そんなわけないでしょう。 だから、「西浦先生がいらっしゃらない世界」と「いらっしゃる世界」のどっちがまともな世界かというと、当然いらっしゃったほうがいいに決まってるんです。 我々感染症の専門家は、それ以前の暗黒時代をよく知っているので、「そっちに戻すのは論外だ」と申し上げたいんです。 今回の第一波に関して、「うまく乗り切った」と言っていいかは様々な意見があるでしょうが、少なくとも「最悪の事態は免れた」と言ってもいいでしょう。想定できるいくつかのシナリオの中で一番悪いシナリオにならなかったことは間違いない。ニューヨーク市やイタリアのような悲劇は日本では起きなかったのですから。そして、その悲劇は「最悪のシナリオの可能性」として関係諸氏の頭には常にあったはずです。 そこにはもちろんいろいろな人の貢献があります。西浦先生の貢献だけがすべてだと申し上げるつもりはまったくないのですけど、ここまで挙げてきた理由で、「西浦先生がいらっしゃらなかったらこうはならなかった、もっと悪い話になっていた可能性が高い」というのは間違いない。 これが議論の前提です。

◼️科学者の役割と、その限界

[caption id="attachment_517667" align="alignnone" width="640"] 2020年5月26日、緊急事態宣言が解除された新宿駅東口アルタ前(写真:つのだよしお/アフロ)[/caption] 西浦先生は、ドイツの感染データに基づく「R0 = 2.5」R0:基本再生産数。次回詳しく取り上げます)という前提に基づいて、「その場合に、こういう対策をまったくとらなければ、死亡数が42万人になりますよ」というシナリオを示されたわけですが、これは「R0 = 2.5です」とか、あるいは「日本では死人が42万人出ます」という予測をしたわけではなくて、「こういう条件下では、こうなります」と言ったに過ぎないわけです。 ですから、その結果にならなかったのは当たり前です。「対策をまったくとらない」なんてシナリオはありえないわけですから。 これは科学論文の世界ではよくやることで、例えばダイヤモンド・プリンセスでの感染に関しても、「対策をまったくとらなかった場合には感染者は〇〇人だっただろう」というシナリオが作られています。「それに比べて日本政府は検疫をこうやったので、こうなりました」という形で評価をするわけです。 このように、「こういう条件下では〇〇という計算値がでました」ということを言い続けることは、科学者の責務です。 前提条件の正確さには当然限界がありますし、数理モデルは現実に起きていることを完全に表現することはできません。ただし、仮説として何かを代入しなければ話が全然できないので、まず話の俎上に「こういう条件下ではこうなりますよ」というものを置くわけです。 だから「条件を変えてやれば当然違う結果が起きますよ」ということを、モデルと条件と結果を、提示された我々一人ひとりが議論すればいい。前提をまったく見ないで、その結果だけを見て「NO」というのは乱暴な議論です。西浦先生は前提条件をちゃんと開示しているわけですから、少なくとも西浦先生の問題ではない。それは読み手の問題、解釈者の問題だと言うべきでしょう。 日本には疫学における数理モデルの専門家が非常に少ないですし、厚労省も西浦先生のグループにべったりで解析・助言を頼んでいます。 ですから西浦先生が数字を出すと、厚労省も含めて我々はつい「魔法の箱の中から数字がぼんぼん出てくる」かのようなイメージで見がちです。 けれども本来は、その前提としている条件を含めて、解釈者もちゃんと吟味しないといけない。完全なる予測などないから、当然外れることもあるわけですよ。だから「外れる」という前提でプランを立てればいいだけの話であって、外れたことをもって西浦先生を批判するのは数理モデルというものに対する、また科学者の役割に対する期待過剰だと思います。

◼️「正しい予測」ではなく「正しい判断」を

さらに言えば、普通は未来の予測をする場合は、最悪のシナリオを想定して、「そうならないようにしましょう」と警告を立てるのが定石です。だから「いいほうの数字で計算すればもっといい話になっていたはずだ」みたいなのはまったく間違った考え方で、プロっていうのは普通は、「悪いほうのシナリオ」で想定を立てて対策を打ち、「そうならなくてよかったね」という状況に持っていくわけです。 例えば「胸が痛い」と言って病院に来た患者さんに対して、医者はまず「心筋梗塞はないか」と考えて、例えば患者さんを入院させて一晩様子をみて、その間に血液検査で酵素の数値を確認して、「心筋梗塞でした」「そうじゃありませんでした」と判断します。つまり、実際に心筋梗塞だった時に、「心筋梗塞の患者さんを家に帰して、そのまま家で亡くなってしまう」という最悪の結果を避けるための判断をしているわけです。 ですから検査の結果、あとから「やっぱり心筋梗塞じゃありませんでした」となったときに、「じゃあなんで入院させたんだ!」って怒り出すのは間違った考え方ですよね。 医療従事者にとって大事なことは「正しい予測をする」ことではなくて、拙著『新型コロナウイルスの真実』(KKベストセラーズ、2020)の中でも強調したように、「正しい判断をする」ことなんです。 「正しい判断」とは、必ずしも「未来を正しく予測する」ことではなく、いくつかの未来予測のシナリオがあった時に、どのシナリオが来た時でも破局的な結果にならない、最悪のシナリオを免れるために手を打つことです。 我々は魔法使いではないので、未来を正確に予測することなんてできっこない。当然、西浦先生にだってできっこないですよ。それができると思っているほうがおかしい。 ただし、正しい判断をすることはできる。最悪なシナリオを想定して、それを回避しようとすることです。 ですので、最悪のシナリオを想定して、その回避にかかった西浦先生の判断そのものはまったく正しかったわけで、その最悪のシナリオがやってこなかったらから怒るというのは話が違う。心筋梗塞のシナリオでいうと、「なんで、この患者さんは心筋梗塞じゃなかったのに、家に帰さなかったんだ」と後付けで文句を言ってるのと同じなんです。 第2回では「感染爆発を押さえられた要因について」語ります(本文構成:甲斐荘秀生) ]]>
Wed, 27 May 2020 12:00:00 +0900 Sat, 30 May 2020 19:09:20 +0900 1 感染経路 新型コロナウィルス column