■三人寄れば…?「文殊の智慧」で難関突破を叶える

 仏教で智慧の仏さまといえば文殊菩薩(もんじゅぼさつ)。
 童子の姿で表されることもあるので本当に頼りになるのかなと思われるかもしれないが、観音や地蔵など数ある菩薩の中でも指導的立場にある菩薩で、お釈迦さまに代わって説教をすることもある仏さまだ。
 日本でも古くから信仰されており、「三人寄れば文殊の智慧」といったことわざもある。
 文殊菩薩像を安置する寺院は各地にあるが、その中でも古来有名なのが『安倍文殊院(奈良県桜井市)』・『智恩寺(切戸文殊、京都府宮津市)』・『大聖寺(亀岡文殊、山形県東置賜郡)』の日本三文殊である。

快慶作の本尊でも有名な安倍文殊院

 安倍文殊院は孝徳天皇の勅願により大化元年(645)に創建された古刹で、三文殊の中でも一番霊場とされている。本尊の文殊渡海像(五尊像)は快慶の作で、日本最大の文殊像でもあり、国宝に指定されている。これ以上はないといってよいくらい頼りになる文殊さまといえよう。

 智恩寺は日本三景の一つ、天橋立のほとりに建っている。平城天皇の勅願寺として大同3年(808)に創建された。雪舟の名作「天橋立図」(国宝)にも描かれている。
 伝説によると、かつてこの地には龍がいて神も人も住めない場所であったため、神々は中国の五台山より文殊菩薩を招いて龍を教化してもらったのだという。その時、文殊菩薩が手にしていた如意(にょい)が海に置かれて天橋立となったのだされる。
 まさに文殊菩薩の究極の聖地といえよう。智恩寺をお参りして天橋立を渡れば、どんな難関校も立ち向かえる智慧が授かりそうだ。

文殊菩薩の霊地ともいえる天橋立のほとりに建つ智恩寺

 大聖寺も歴史は古い。大同2年(807)に徳一上人が、平城天皇の命により五台山よりもたらされた文殊菩薩像を本尊として創建したと伝えられる。
 本堂の裏には利根水(りこんすい)と呼ばれる湧き水があり、これを飲むと文殊の智慧が授かるという。また、大聖寺で祈祷を行った「受験合格米」も門前町などで入手できる。受験生ならぜひとも入手しておきたいところだ。
 

■天神さま(菅原道真公)に祈願

|三大天神とは?

 しかし、合格祈願といえば、やっぱり天神さま(菅原道真公)が一番人気だ。総本宮の北野天満宮(京都市上京区)・太宰府天満宮(福岡県太宰府市)のほかに、各地に信仰の拠点となるような天神社・天満宮があるからだろう。
 なお、天神さまにも三大天神というのがある。このうち二つが北野天満宮と太宰府天満宮であることは揺るぎないが、三つ目には諸説がある。菅原道真公を祀る最古の神社といわれる防府天満宮(山口県防府市)とすることが多いが、亀戸天神社(江東区亀戸)・荏柄天神社(神奈川県鎌倉市)・大阪天満宮(大阪市北区)などとする説もある。

 もちろん、三大天神でなければ一流校は合格しないということはない。お近くの天神さまもご祭神は同じ菅原道真公であり、ご神徳は同じだ。
 しかし、どうせお参りするのなら由緒あるところという気持ちもおありだろう。そこで、上記の三大天神に次いでお勧めの天神社・天満宮(あくまで個人的な判断に基づくもの)をご紹介することにしたい。
 

|お勧めの天神社・天満宮

菅原道真公の叔母が住んでいたと伝えられる道明寺天満宮

 まずは大阪府藤井寺市の道明寺天満宮。
 お寺とも神社ともつかない不思議な社号と思われるかもしれないが、もともとこの地は土師(はじ)氏の所領で、氏寺の土師寺が建てられていた。菅原氏も土師氏の一族で、道真公の叔母の覚信尼も住していた。道真公は太宰府に赴く途中で土師寺に立ち寄り、叔母に自刻の肖像を預け、寺を道明寺と名づけたとされる。
 その後、天満宮が道明寺の境内に建立されたが、明治の神仏分離に伴い道明寺は西に移転し、境内全体が天満宮とされた。
 菅原道真公ゆかりの地に鎮座するだけあって、道明寺天満宮は古くから信仰を集めてきた。織田信長・豊臣秀吉・徳川家康からも寄進を受けている。
 なお、桜餅に用いられる道明寺粉は、道明寺の尼が発明した保存食である。

錦市場に鎮座する錦天満宮

 京の台所とも呼ばれる錦市場の突き当たりに鎮座する錦天満宮も歴史は古い。
 その起源は菅原道真公の生家に長保5年(1003)に創建された歓喜寺にあるとされ、豊臣秀吉が行った都市改造に伴って現在地に移転したという。
 以後、学問・学芸の神さまとして崇敬されてきたが、場所柄、商売の神さまとして信仰する人も多い。
 境内には名水として名高い錦の水が湧いており、これをいただくと知恵や商才が身につくとされている。

一橋大学も近くご利益で受かった人も多いという谷保天満宮

 東京都国立市の谷保天満宮は菅原道真公の第三子道武公が配流されたところで、道武公が父を思って刻んだ像をお祀りしたことに始まるという。建治3年(1277)には宇多天皇より「天満宮」の勅額も賜わっている。
 以後、関東の武士などの信仰を集めたが、次のようなユニークなエピソードもある。
 江戸時代、神無月と呼ばれる10月に目白で開帳を行ったところ、大田蜀山人が「神ならば出雲の国に行くべきに 目白で開帳やぼのてんじん」という狂歌を作り、ここから「野暮天」という言葉が生まれた、というものだ。
 ちょっとトホホな逸話であるが、これは谷保天満宮が庶民にも親しまれたことを示すものといえよう。霊験が信じられていたからこそ、こんな軽口も広まったのだ。
 

 さあ試験本番まであと少し。
 受験生のみなさんには、自らの努力と神仏を信じて難関を突破していただきたい。


<交通ガイド>

◆『宇治神社』
 京阪宇治線宇治駅より徒歩5分
◆『小野照崎神社』
 東京メトロ日比谷線入谷駅より徒歩3分
◆『上野大仏(上野公園内)』
 JR上野駅より徒歩5分
◆『気象神社(高円寺氷川神社)』
 JR中央線高円寺駅より徒歩2分
◆『安倍文殊院』
 JR桜井線・近鉄大阪線桜井駅より徒歩20分
◆『智恩寺』
 北近畿タンゴ鉄道天橋立駅より徒歩5分
◆『大聖寺』
 JR高畠駅より車で15分
◆『道明寺天満宮』
 近鉄大阪線道明寺駅より徒歩3分
◆『錦天満宮』
 阪急京都線河原町駅より徒歩3分
◆『谷保天満宮』
 JR南武線谷保駅より徒歩3分