■着物のオーダーメード…考えられないような贅沢

 いっぽう、庶民は男女ともに、古着屋で着物を買うのが一般的である。裏長屋の娘、あるいは貧農の娘が反物から着物をあつらえるなど、ありえないことだった。

 ところが、遊女であれば、着物のオーダーメードもできたのである。

 このように、遊女であれば衣食住の全般において、裏長屋や農村にいたときには考えられないような贅沢ができた。

 戯作『四季の花』(文化11年)に、貧農出身の遊女について――

遠き田舎より売られ来ておいらんとなり、よき客に受け出され、思わぬ玉の輿に乗るもあり。田舎に居らば一生、土をほじりて暮らすべきを、親に売られて出世するも人の運にこそ。

 と、田舎にとどまっていたら貧しい農民の女房となり、一生、田畑を耕す人生である。しかし、親に売られて吉原の遊女になれば、運がよければ花魁に出世し、さらに富裕な客に身請けされることもある、と。

 

 遊女であれば衣食住で贅沢ができたと先述したが、もっと大きいのは、農作業や家事労働をまったくしなくてよいことだった。

 たとえば、貧農の女房になれば、農作業、家事、育児、舅姑の世話など、労働に追いまくられる人生だった。出産、育児、労働に疲れ果て、老いさらばえて、五十前後で死亡する。

 しかし、遊女はいわゆる炊事洗濯掃除などの家事労働は、いっさいしなくてよかった。

写真を拡大 図2『両個女児郭花笠』(松亭金水著、天保7年)

 図2は、花魁が三つ布団に腹ばいになり、按摩に腰をもませているところである。

 裏長屋や農村の女にはけっしてできない贅沢だった。

 もちろん、遊女には日々、複数の客を性的に満足させねばならない「労働」があった。

 女の人生として、農村にとどまるのと、売られて吉原の遊女になるのと、はたして、どちらがしあわせだったであろうか。