■妓楼の台所は大忙し!

 現代の風俗店でいえば、入口をはいると、まず台所があり、そこで従業員のまかないを作っており、煮炊きをする湯気や匂いが濃厚に立ち込めていることになろうか。客にそんな舞台裏の光景を見せるなど、現代ではとうてい考えられない。

 だが、一階に台所があり、客に丸見えなのは、吉原の妓楼に共通する構造だった。

大見世ともなると、遊女と各種の奉公人など、その人数は百人前後にもなった。惣菜は粗末とはいえ、日々のまかない料理の量は膨大だった。

 さらに、客に出す料理もある。酒の燗もしなければならない。

 妓楼の台所は多忙だった。

写真を拡大 図3『春の文かしくの草紙』(山東京山著、嘉永6年)

 ただし、宴席に出す豪華な料理は、台屋と呼ばれる仕出料理屋から取り寄せるのが普通だった。
 図3に、台屋の若い者が妓楼に料理を届けにきたところが描かれている。
 第9回『深夜、宴席の残飯をあさる遊女の切実さ』の図2に、台屋の厨房が描かれていた。こうした厨房で作られた料理が、妓楼に届けられたのである。