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最果ての地を目指す旅

思い出のヨーロッパの鉄道紀行

ストックホルム中央駅

 ロシアをのぞくヨーロッパ最北端の駅はノルウェーのナルヴィク駅である。ただし、首都のオスロからはノルウェー国内を出ることなしにはたどり着けない。ナルヴィク駅に向かう線路は隣国スウェーデンから続いていて、最後の僅かな区間のみノルウェー領を走るのだ。ともかく、この最果ての地に行きたいと思い、スウェーデンの首都ストックホルムの中央駅から夜行列車に乗った。もう30年も前の話である。

 当時、ストックホルムからナルヴィクへ向かう列車はノルドピーレン Nordpilen (「北の矢」の意味)という愛称を持っていて、夕方の17時43分発だった。夜を徹して走るので座席車では苦痛だと思い、何日か前に寝台券を駅の窓口で購入した。

 余裕をもって発車時刻の30分も前にホームに着いたのだが、列車は中々入線しない。気が付くと発車表示板の時刻は18時00分に変わっていた。やっとのことで長い14両編成の客車が電気機関車に引かれて到着。その11両目が指定された1等寝台車だった。全部で個室が10あり、上段寝台をセットすれば2人で利用できる。各部屋に洗面台はあるが、トイレは客車の片隅にあって共用だった。トイレの奥にはシャワーもあり、ホテルの部屋と同様のスタイルなのだが、共用なので大いに違和感がある。

ストックホルム中央駅の発車案内板

 荷物をもって個室に入り、一息ついたところで発車。時計を見ると、18時10分だった。大きな中央駅の構内をゆっくりと進み、やがてストックホルムの郊外へ。車窓には森や牧場、湖水など北欧らしい情景が流れていく。こんな景色を心ゆくまで眺めるには、夜行列車はふさわしくない。昼間の列車を乗り継いでいこうかと当初は考えたのだが、スケジュール的に無理とわかり、やむなく夜行列車ノルドピーレンにしたのだった。ところが、乗ってみて分かったのだが、夏の北欧はなかなか日が暮れないのだ。午後8時を過ぎ、9時、10時を回っても列車は闇の中ではなく、いつまでも終わることのない夕方の情景の中を北に向かって走っていた。

発車前のノルドピーレン号

 小さな駅に停まると、こどもを肩車にして列車を見送る親子がいた。日本と同じような光景だが、影が異常に長いのが印象に残った。

 食堂車で簡単なディナーを済ませた以外は個室から景色に見とれていたのだが、気が付くと日付が変わろうとしていた。ようやく薄暗くなってきたので、ベッドに横たわる。意外に揺れるけれど、疲れもあっていつしか眠りについた。

  大勢の人が話す声で目が覚めた。カーテンを開けると、すでに外は明るい。北欧の短い夜はとっくに終わっていた。しばらく走ってボーデンBoden に到着。時計と時刻表を見比べると定時だ。長距離列車だけあって、夜通し走るうちに遅れを取り戻したようだった。20分ほど停車する間にルレオ行きの客車を何両か切り離し、進行方向を逆にして発車した。車端にあるトイレに向かおうとすると、私の乗った車両が最後尾になっていて、通路の窓から線路がどんどん遠くへ流れ去っていくのがはっきり見える。人家はなく、原生林の中を北へ向かってひた走っていた。

一夜明けてボーデン駅に到着

 そろそろ北極圏に入るはずだ。その瞬間を見て写真を撮らなければと思い、通りがかった車掌に尋ねるも分からないという。むしろ通路の窓を開けて写真を撮っていた2人連れのドイツ人旅行者の方が詳しかった。どうやら鉄道ファンのようで、時計を見ながら、通過予定時刻を教えてくれた。

 そうこうするうちに、ほかにも乗客が個室から出てきて窓を開ける。私も窓を開けて、カメラを構える。まもなく、原生林の中に忽然と白い看板が現れた。

「北極圏」とスウェーデン語、英語、ドイツ語で書いてあった。一斉にシャッターを切る音が静かな原野にこだまする。そして短いホームがあるだけの小さな駅が現れる。駅名標に目を凝らすとPolcirkeln(北極圏)の文字。通過すると、列車はスピードを上げ、北極圏内をさらに北へと進む。

北極圏に入る

 鉄鉱石の鉱山があるキルナに到着。寝台車はこの駅止まりなので、座席車に移らなければならない。編成が短くなったので、コンパートメントは満員だ。窮屈な思いをしながらも車窓を眺める。

 スカンジナヴィア半島の背骨ともいうべき山越え区間に差しかかる。トンネルや豪雪対策のスノーシェッドをいくつもくぐる。Riksgräesenという小さな駅を通過。隣に座っていたノルウェー人が「国境」と言う意味の駅だと英語で教えてくれた。

原生林の中を北上

 説明の声をかき消すかのように長い長いスノーシェッドに突入。くぐり抜けると、そこはノルウェーだった。山荘風の家が点在し、遥か下には蒼ざめたような色合いの入り江が見える。はじめて見るフィヨルドだ。

山を越えてノルウェーへ

車窓から見えたフィヨルド

 ストックホルム中央駅を出てほぼ21時間後の15時05分。最果ての駅ナルヴィクにほぼダイヤ通りに到着した。

もうすぐナルヴィク

ナルヴィクに到着

 最北端の終着駅というからには、ホームの端で線路がぷっつりと途切れ、その先は港というような寂しげな情景を期待していたのだが、そうした予想を裏切るように線路はまだ先に続いていた。ちっとも終着駅らしくないと思いながら駅の写真を撮っていたら、線路の先の方から重量級の電気機関車に牽引された貨物列車がやってきて、乗ってきた列車の後ろの線路を通過していった。駅の少し先にある港に鉄鉱石を運んでいった貨物列車が積み下ろしを終わってキルナに戻るところのようだ。この路線の本来の建設目的は、キルナ鉱山の鉄鉱石を冬でも凍らないナルヴィク港へ運ぶためであって、今なお貨物輸送がメインであり、旅客列車の運行はおまけなのだ。

ナルヴィク駅を通過する貨物列車

 到着記念の証明書を買おうとしたが、その日は日曜だったのでお休み。しかたがないのでホテルに行き、購入できたのは翌日だった。

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野田 隆

のだ たかし

1952年名古屋生まれ。日本旅行作家協会理事。早稲田大学大学院修了。 蒸気機関車D51を見て育った生まれつきの鉄道ファン。国内はもとよりヨーロッパの鉄道の旅に関する著書多数。近著に『ニッポンの「ざんねん」な鉄道』『シニア鉄道旅のすすめ』など。 ホームページ http://homepage3.nifty.com/nodatch/

 

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