■「ふる」のは一概に非難できない

 廻しは理不尽な制度だった。とくに「ふる」のは、商道徳に反する、詐欺行為といってもよかろう。

 しかし、この廻しで、遊女が客を「ふる」のを、わがままや怠慢と非難するのは必ずしもあたらない。

 遊女にしてみれば、同一時間帯に複数の男にすべてサービスしていたら、体がもたなかった。客の男を「ふる」のは、遊女の自己防衛の側面もあったのだ。

 廻しは妓楼が売り上げを伸ばすため、遊女に過重労働を強いていたことにほかならない。

 元凶は江戸の妓楼の経営方針にあった。廻しは吉原、そして江戸の遊里の悪弊だった。
 紀州藩の医師が江戸の見聞を記した『江戸自慢』(幕末)に――

 娼婦ハ廻しと言事あり、一人の女郎ニて一夜ニ客三四人も引受、彼方より此方、此方より彼方と順々廻り、乗せて下して又乗せて、渡し舟の如く……

 と、江戸の廻しを、「渡し舟のように乗せて、おろして、また乗せて」の状態だとあきれている。

 というのも、京都や大坂など上方の遊里には廻しはなかったからである。

 いや、江戸どころか、昭和の吉原も前述したように「東京方式」と称して、廻しをおこなっていたのである。