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夢に終わった日本海軍の「漸減邀撃戦」

「艦隊のワークホース」こと万能軍艦の実像に迫る!②

 駆逐艦に搭載された93式酸素魚雷は、速力を41ノットに設定すれば約33000mを駛走するが、同時期にアメリカ海軍が駆逐艦に搭載していたMk15魚雷は、45ノットだとわずか5500mしか駛走しなかった。また、93式の炸薬重量が480kgだったのに対して、Mk15は375kgにしか過ぎなかった。

 

 そしてこの酸素魚雷を主要兵器とするため、魚雷発射管9門を備える特型駆逐艦など、艦隊駆逐艦の重雷装化が進められた。

 太平洋戦争が勃発すると、酸素魚雷は絶大な威力を発揮。そのためアメリカ側は、日本側の魚雷を「ロング・ランス(Long Lance。「長槍」の意)」と呼んで恐れた。

 だが、当初日本海軍が予想していた敵の大艦隊目指して駆逐艦の大群が勇猛果敢な雷撃戦を挑むという、「漸減邀撃戦」の構図は夢に終わった。皮肉にも、現実的に日本の駆逐艦がもっとも活躍し、相応の成果を収めたのは、蒼海を疾走して縦横無尽に戦うことではなかったのである。

 軍艦としては小柄な駆逐艦の少ない余剰スペースに、兵員や補給物資をスシ詰めに積載。アメリカ側に見つからぬよう、夜陰に乗じてコソコソとそれらを運ぶ、ガダルカナル島を含むソロモン諸島の戦いで多用された、その名も「鼠輸送」で活躍したのだ。ちなみに、アメリカ側は鼠輸送をTokyo Expressと称していた。

 ソロモン方面の戦いの期間中の約半年ほどの間に、駆逐艦14隻が撃沈されて延べ約60隻が大~中破するという、地味で犠牲の多い任務だった。しかしこの鼠輸送により、飢餓の島の「餓島(ガダルカナル島の別称)」で戦う日本軍将兵に幾許かの補給物資を供することができただけでなく、最終的には同島からの撤退にも役立ったというのもまた事実である。

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白石 光

しらいし ひかる

戦史研究家。1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。


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