■書店開店。色濃く見える「場所作り」の思い

 小高に自宅を購入した柳さんは、その場所で書店を開くことを決断する。書店名も早くから決まっていたようだ。『フルハウス』(文藝春秋、96・6)は柳さんにとって初の小説単行本である。ばらばらになった家族を再び集めるために新築の一軒家を建てた父親のアグレッシブな行動から開始される物語は、父親の目論みが外れ、家族全員が立ち去った後、誰もない家の窓辺のレースのカーテンが揺れているホラータッチのシーンに到る。フルハウスはポーカーの手役だが、「大入り満員」の意味もある。『フルハウス』における「離散した家族の再結成」のストーリーは、その後かたちを変えて、前出『家族シネマ』へと受け継がれていくことになる。初期の代表作『フルハウス』のタイトルとストーリーに投影されたさまざまな思いが、本屋フルハウスという店名にはこめられている。

 自宅を改装し、書店を開店することは決まった。次に出てきたのが資金問題である。震災の影響によってあちこちに破損が生じている自宅の改修費用とは別に、お店の改装費や什器費用や初期在庫のための資金をどうするのか。フルハウス・プロジェクトは理念先行の企画である。少ない本数の電車を小高駅で待つ高校生たちのために、本を読んだり宿題をしたりする場所を作りたい。避難生活を送る人たちや高齢者が気軽に立ち寄れる場所を作りたい。現地に住む人たちと、この土地以外からやって来る人たちとの交流の場所を作りたい。場所を作ることで根拠地を作ること。フルハウスの理念の出発点には「場所作り」の思想が色濃く窺える。

 この十年、街から本屋が急速に消え、同時に読書離れが加速している。危機的状況は、街の小さな書店だけにとどまらない。1980年にオープンした青山ブックセンター六本木店が、今年の6月下旬で閉店するとの直近のニュースに驚かれた方も多いと思う。東京の中心部で書店を経営すること自体に破綻が生じている。全国出版協会・出版科学研究所のような公的機関が提供するデータも、出版の縮小を具体的に裏づけている。理念を高らかに謳い上げたとしても、出版をめぐる厳しい現実に太刀打ちすることはできない。

 旧警戒区域の小高区内に帰還した住民の数は、震災前の数割に満たない。住民の多くは、さまざまな個別の事情と理由によって故郷の地に還ることができないでいる。縁あって、柳さんは地元の小高工業高校で自己表現と文章表現の授業を担当する機会を得た。さらに小高工業高校と小高商業高校が統合して2017年4月に開校した小高産業技術高等学校の校歌の作詞を依託される(作曲は長渕剛氏)。生徒たちの多くは小高区以外の地域に居住しており、通学の際には小高駅を利用する。朝夕、自宅前を登下校する高校生の姿を眺める柳さんが感じとった思いに、高校生の一人息子をこの地で育てた母親としての実感が含まれていたことは容易に想像がつく。

 2017年12月に、クラウドファンディング・プラットフォーム「MOTION GALLERY」で、『福島県南相馬市小高区に本屋(ブックカフェ)を――。芥川賞作家・柳美里さんと旧「警戒区域」を「世界一美しい場所」へ。』と題されたプロジェクトが開始される(既に終了)。南相馬市小高区に「世界一美しい場所」を作るプロジェクトに、多くのコレクター(プロジェクトに賛同して資金を提供するユーザー)がコミットし、最終的には573人、900万円近くもの資金が集まった。このプロジェクトに共鳴したコレクターの皆さんの篤志によって、フルハウスの開店資金は準備された。