日露協商にしても、英米があんまり圧力をかけてくるので日本はロシアと組むことで満洲の権益を守ろうとした、みたいなことを多くの人が言います。部分的にはその通りでしょう。しかし、英米にとって満洲は、所詮、経済権益です。領土、宗教、民族のからむバルカンの問題とどっちが深刻なのか、という話なのです。

 当時、アメリカという国はどういう国だったか、という話をしておきましょう。モンロー主義というのがありました。一八二三年に第五代アメリカ合衆国大統領ジェームズ・モンローが、年次教書演説で発表した外交姿勢です。うちもヨーロッパのことに干渉しないから、ヨーロッパも南北アメリカ大陸に干渉するなよ、と言ったわけですが、こんなものは誰も相手にしません。

 なぜなら、アメリカには力がなかったからです。ヨーロッパの五大国である英仏独墺露の、どの国にもかなわない小国でした。例えば、ナポレオン三世の傀儡帝政を一八六七年に倒して以来、メキシコでは革命が流行り病のようになっていました。ヨーロッパ諸国から「干渉するなよと言うならメキシコを止めてみろよ。こっちは遠いけど、君は隣国だろう」と言われてもアメリカは何もできない、そんな体たらくでした。

 アメリカは資源大国であり経済大国として成長していましたが、まだまだ大国には及ばない新興国でした。

 そんなアメリカが、日清戦争と日露戦争の合間に起きた一八九八年の米西戦争で勝利します。この頃には、スペインというヨーロッパの老大国には勝てるくらいの地域大国になったわけです。パナマを奪い、キューバを奪い、ついでにフィリピンも奪いました。フィリピンだけはアジアですが、あとは中米です。南米まではいけないのです。

 時の米大統領セオドア・ルーズベルトが中米に影響力を行使することはイギリスもドイツも黙認します。なぜなら、両国間の対立が激しくなってきていたからです。イギリスもドイツもアメリカを敵にはまわしたくないという状況でした。

 セオドア・ルーズベルトはイギリスとドイツの対立バランスの中、その恩恵を受けて、地域大国への道を歩んでいる真っ最中といったところです。それなのに、お隣のメキシコは、すぐ革命が勃発して動乱状態になってしまうという厄介な国でした。従って、メキシコと満洲と、アメリカにとってはどちらが大事か。明らかでしょう。

 満洲で日本と対峙していたロシアでさえ、バルカンの方が大事なのです。世界の大国の中で、満洲を自国の国益の最優先事項としているのは、日本だけです。そこに米英は口先だけの介入はしてきます。そんなものは「だから、何?」です。真に受けているのは、現代の日本近代史家だけです。

 一九〇九(明治四十二)年に、アメリカのP.C.ノックス国務長官が満洲鉄道全線中立化を提案したことがあります。満鉄を国際的な組織で買収して所有権を清に一旦移し、資金借款中はその組織が運営する、といった提案でした。こんなものは、イギリスからしても「正気か?」です。

 満鉄は日本がロシアと戦争して勝って獲った権益です。戦争で獲ったものを力ずくで取り上げるという真似は、日清戦争後に三国干渉した、あの時点での状況ほどの圧倒的な国力の差がないと無理に決まっています。小国相手でも戦争を覚悟してやらなければいけません。つまりはアメリカがこんなことを言ったところで、どうせ口先だけに決まっているのは明らかですから、「だから、何?」で終了です。

『学校では教えられない 歴史講義 満洲事変 ~世界と日本の歴史を変えた二日間 』より抜粋)

次回は、シリーズ⑥日本は何もしなくていい大国、無敵状態だった! です。