戦後76年の平和日本は、なぜひとりの「大隈重信」を生み出せなかったのか。【福田和也】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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戦後76年の平和日本は、なぜひとりの「大隈重信」を生み出せなかったのか。【福田和也】

福田和也「乱世を生きる眼」

 

1870年当時の大隈重信

 

 

■大隈重信は、江戸の統治が生んだ、典型的な秀才

 

 前述した大隈重信などは、江戸の統治が生んだ、典型的な秀才といっていいでしょう。

 彼を生んだ佐賀鍋島藩は、もともと藩士教育について熱心でした。

 熱心な余り、成績不良な学生の家禄を半分にする、といった罰則まで設けていました。

 受験地獄というのは、いまや、やや懐かしい言葉になりましたが、いくら厳しい試験だとはいえ、失敗すると親の給料まで半分にされてしまうというような事はありません。

 それほど、当時の藩の経営は厳しく、また武士たるものの責任は重かったのです。

 ご存じの通り大隈は、後に早稲田大学を作るのですが、鍋島藩の教育方針への強い反発から自由闊達な学問の府を作ろうとしたといわれています。早稲田の自由な気風が、その後、一人の大隈を生んだか、というと意地が悪いですが。慶應義塾とて、一人の福沢を生んだわけではないので、偉そうな事は云えませんけれど。

 いずれにしろ、こうした厳しい鍋島藩の教育から、幕末から明治にかけて活躍した大隈重信、江藤新平といった俊英が生まれました。

 大隈重信という人は、おそらく官僚としては近代以降では一番優秀な人だったのではないでしょうか。外交が出来て、経済がわかって、財政を弁えて、産業振興にも一家言ある。今日ではお目にかかることが望めない、きわめて大柄な官僚でした。

 スーパー官僚中のスーパー官僚、と云ってよい存在です。

 驚くべきは、二百五十年の泰平をへて、このような大器を徳川の統治は、明治に残せたということです。

 それは、やはり、ある種の奇跡としか云い様がありません。

 その奇跡は一体、どうして可能だったのか。

 翻って、戦後七十六年の平和は、奇跡的経済成長を成し遂げた後、急速に翳りを増していきました。

 その核心に人材の払底がある事は、疑いをいれないことでしょう。

 なぜ、戦後七十六年の平和は、大隈重信を生めなかったのか。

 この問いは、「時代が違う」といった安易な回答に陥ることなく、今一度、問いかけなおしてみる価値があると思います。

 たしかに、佐賀藩は極端な例であるとしても、各藩の藩士教育は、厳しいものでした。

 薩摩藩の「郷中」と呼ばれる六歳から二十四、五歳までの少年、青年たちの自治教育組織は、絶対に負けない、卑怯なことをしない、命をかけても名誉を守る、弱い者いじめをしない、という武士道を徹底的に実践させたのですが、そこから西郷隆盛、大久保利通ら英雄が澎湃(ほうはい)として現れてきたのは、御存じの通りです。

 その教育ぶりは、厳しいうえにも厳しいものであり、目上の命令に背く事、仲間を裏切る事、弱い者苛めをする事、なによりも卑怯な振る舞いをすることは禁止され、違反したときは、子供であっても腹を切らされました。

 

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福田 和也

ふくだ かずや

1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。同大学院修士課程修了。慶應義塾大学環境情報学部教授。93年『日本の家郷』で三島由紀夫賞、96年『甘美な人生』で平林たい子賞、2002『地ひらく 石原莞爾と昭和の夢』で山本七平賞、06年『悪女の美食術』で講談社エッセイ賞を受賞。著書に『昭和天皇』(全七部)、『悪と徳と 岸信介と未完の日本』『大宰相 原敬』『闘う書評』『罰あたりパラダイス』『人でなし稼業』『現代人は救われ得るか』『人間の器量』『死ぬことを学ぶ』『総理の値打ち』『総理の女』等がある。

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